速い・硬い・強い
「握徒、出てきて」
万屋さんが呼び掛けると、目の前にエイリアン型の魔物が姿をあらわす。
「覚悟はできたか?」
「ああ、そっちはどうだい? 握徒」
正面から相対すると、2メートルを超えるであろう握徒からのプレッシャーは相当なものだ。
その源は体格差ではなく、全身から溢れ出るおぞましい魔力の質と量によるものが大きい。
これまで感じたことのない、殺気を含んだ異様な魔力の感じに、こいつが本気で僕を倒すつもりなのがわかる。
まともに受けたのでは恐怖と緊張で体が動けなくなってしまう。僕はその場でゆっくりと深呼吸し、肩の力を抜いて軽くジャンプする。
「悪いが手加減するつもりはない。死んでも恨むなよ」
言って、握徒は膝を曲げ、低く身構える。
「握徒っ、殺し合いじゃないからねっ!」
主の言葉に返事は無い。
レインコートの下の両手にリキッドを呼び出し、そのまま後ろ走りで相手を誘う。
「来いっ、握徒!」
間髪入れずに握徒が前に飛ぶ。
速い!
強力な握力は手だけではなく、足の力も同様らしい。模擬戦場に敷かれた土を大きくえぐり、こちらに向かって弾丸のように突っ込んでくる。
すぐさま右手のリキッドを投げつける。
「広がれっ!」
握徒の眼前に放られた透明な球体は一瞬で膜状に広がり、ヤツの肩口から顔にかけて”ベチャリ”と張り付く。
続けざま左手のボールも放り、今度は両脚にまとわりつかせ、自分は右方向へ横っ飛びで相手をかわす。
リキッドに全身をまとわり付かれ、握徒はバランスを崩して前のめりに地面へと倒れ込む。
チャンスだ。
すぐさま新たなリキッドを固い棒状に呼び出し、うつ伏せに倒れた握徒の背中に思いっきり振り下ろす。
バシーン
と、透明な棍棒が奴の人間のような背中に打ち付けられる。強化ゴム程度の硬度がリキッドの限界だが、それでもある程度の太い棒状にすれば木製バット並みの武器にはなる。生身の人間なら激痛で悶えるところだ。
しかし、僕の両手にはまるで金属を殴ったような衝撃が伝わる。
「くそっ、このっ、このっ!」
バシンバシンと何度も棍棒を振り下ろすが、背中には傷一つ付かず、こちらの手が痛くなるだけだ。
胸から下の、背骨がむき出したような部分も叩いてみるが、こちらもまるで傷つかない。
倒れていた握徒が、四つん這いの状態から体を起こす。その顔面に今度はフルスイングで棍棒を打ち込む。
ガギンッ
という衝撃で両手が痺れる。粘膜に覆われた奴の顔は、以前とまったく変わらない。
どーゆう硬さしてんだ、こいつの体は。
両脚にへばりついたリキッドをビリビリと破きながら握徒は左ひざを立て、何事もなかったように立ち上がる。
「リキッド、拘束しろっ」
体にまとわりついたリキッドが渾身の力で握徒の体を締め上げる。
だが、
ブチンッブチンッ
とゴムを千切るようにその拘束を力ずくで引き裂き、顔に張り付いた粘膜も指でつまんで簡単に引っぺがす。
「貴様の魔物では俺を傷つけることも、拘束することもできん。無駄なことだ」
手に持っていた棍棒を竹竿状に変形させ、回転させながら投げつける。
「巻きつけ!」
握徒に当たった瞬間、グニャグニャの紐状にさせると、遠心力で奴の体にグルグル巻きつく。
そのまま体に張り付かせ、紐を締め上げる。
だが、奴が両腕を開くと”ブチンッ”と、いとも簡単に紐が千切れる。
千切れたリキッドを伸ばし、再び融合させて拘束させるが、握徒も再び簡単に引き千切る。
今度は千切った途端に軽く屈み、こちらに飛びかかってくる。
「うわっ、くっそ!」
完全に意表を突かれた。
慌ててレインコートの内側にあらかじめ引っ付かせておいたリキッドを1つ掴み、投げつけて膜状に広げる。
だが慌てたため、今度は広げるのが一瞬遅れ、ボール状のリキッドを握徒が右手でキャッチする。そのままボールは握りつぶされるが、粘着性質に変えてあるため、奴の右手にまとわりつく。これで指同士がリキッドでくっ付き、右手で掴まれることはない。
……ってことは左手で掴みに来る。
予想通り、地面に着地したあと左手をこちらに伸ばしてくる。その左の手首を右手で掴む。
あぶないあぶない。
だが握徒は不意に、伸ばした左腕を引っ込める。掴んだ右手が引っ張られるかたちとなり、前のめりにバランスを崩される。
「フンッ!」
握徒が小さく唸り、リキッドが引っ付いたままの右の拳を振りかぶる。
やばいっ!
とっさに掴んでいた右手を放すが、崩れたバランスは戻らない。
「エアバッグだっ!」
雨合羽の内側に張り付けておいた最後のリキッドに命令すると、すぐに風船のように膨らみ、やわらかなクッションがレインコートの内側全面に張られる。
と同時に、握徒の右ストレートが俺の腹に突き刺さる。
「ぐあっ!」
バカぢからで振りぬかれたパンチは急ごしらえのエアバッグをものともせずに、みぞおちに真っ直ぐ、強烈な衝撃を与える。
逆らうな。耐えようとふんばればダメージがデカくなるだけだ。
全身の力を抜き、拳の押す力に従って後ろへと吹っ飛ばされる。
空中を横移動した体は重力に従って着地し、土の上をゴロゴロころがる。
「小林君っ!」
万屋さんの悲痛な叫びが耳に入った。




