三者会談
5/20 (土) 午後 万屋宅
ボクが右手で万屋さんの肩に触れた途端、右手首をどこからともなく現れた3本指の手に掴まれる。
「ピースっ!」
机の上のピースが即座に反応してボクの胸に飛び込み、そのまま吸い込まれるように消える。
憑依と同時に能力を発動させる。
必然、ボクの腕をしっかりと掴んでいた指は空を握った。
3本指の主が姿を現す。エイリアンのような容姿のそれは溢れ出るほどの魔力を纏っていて、間近で見ると恐怖で体が震える。
この魔物は強い。いや、怖い。
こいつを目にしたら誰でもそう直感するはずだ。その圧倒的な魔力のパワーに息苦しささえ覚える。
相手がボクに触れられないと分かっていても、激しく脈打つ心臓の鼓動と噴き出す冷や汗は抑えられない。
握徒はゆっくりとこちらを向く。
一瞬、普人くんのことを思い出す。ここに居ないのに、彼に助けを求めようとする自分がいる。
普人くんはこんなバケモノを相手にしようとしているのか。万屋さんはこの恐怖をずっと身近で感じてきたのか。
怖くて泣きそうになる気持ちをなんとか落着け、ボクも覚悟を決める。
「やあ、握徒」
務めて平静を装うが、声が震えてしまう。
突然、握徒がボクの首に手を伸ばす。
緊張で固まる体を、ヤツの手がすり抜ける。
「わかったかい? ボクには触れないよ」
「貴様も理紀を傷つけるつもりか」
はじめて握徒が声を発する。
「ボクも普人くんも、万屋さんを傷つけるつもりなんて最初からないよ」
目の前で握徒は立ち尽くす。攻撃できないボクをどうしたらいいか決めかねているようだ。こちらもやっと落ち着きを取り戻してきた。
今日ここに来た目的を果たさなきゃならない。友達である万屋さんのために。
万屋さんは顔面蒼白で茫然としている。
「今日は君とちょっと話したくてね。どうだい、とりあえず座らないかい」
握徒が重い口をひらく。
「貴様と話すことなどない。二度と理紀に触るな」
「いやだね」
即座につっぱねる。ここで帰られたら話し合いに持ち込めない。
「触って欲しくないのなら座ってボクと話をするんだっ!」
恐怖で震える全身に無理やり力をいれ、おなかの底から全力の大声を出す。
沈黙のあと、握徒がその場に胡坐をかいて座る。
「話を聞くだけだ」
「ああ、それでもいいよ。ありがとう、握徒」
エイリアン型の魔物からは先程のような強力な魔力は感じられない。ボクも座椅子から離れ、テーブルを挟んで握徒の正面、万屋さんの右隣に正座する。
もちろん憑依状態のままだ。
「さあ、万屋さんも落ち着いて。ボクの話を聞いて欲しいんだ」
「……うん」
万屋さんも落ち着きを取り戻した様子で、座椅子に座り直す。
「じゃあ早速本題に入ろう。握徒、君はなぜ万屋さんに触る人を無差別に攻撃するんだい?」
「決まっている。理紀を守るためだ」
予想どおりの回答だ。
「明らかに敵意のある相手だけで十分だろう? なぜそこまでする必要があるのかな」
「どんなに見てくれのいい人間でも所詮は人間だ。悪意を持たぬものなど存在しないだろう」
正論ではあるが、なにか引っかかる口ぶりだ。過去に万屋さんに何かあったのだろうか。
「まるで経験したみたいな物言いだね。よかったらそう思う理由をおしえてくれないかな」
そこで握徒は腕組みをしたまま黙り込む。確かに握徒からしたらほぼ他人のボクに、そこまで込み入った話を打ち明ける道理はない。
「俺の口からはなにも言えん」
ということは、万屋さんにすべてを委ねるということかな?
ボクは万屋さんの方を向く。握徒も主のほうを伺う。
俯いていた万屋さんは決意したのか、顔を上げ、口をひらく。
「それは私のお父さんが暴力振るってたからなの。それで私は……握徒に頼んでお父さん殺してもらったの」
聞いてはいけないことを聞き出した罪悪感に、頭のなかが真っ白になる。
「ごめんね万屋さん、嫌なこと聞いて。握徒もごめん」
「ううん、わたしこそ。実は小林君にはこの前、このこと打ち明けたんだ。柵平君に隠すつもりはなかったんだけど……」
こんな秘密、そう容易く他人に話せることではない。普人くんは万屋さんを何かと気遣っていたから打ち明けられても当然だ。
だがボクは、こんな強引なやり方で聞き出すことになってしまった。
「理紀が発現したのは父親への憎しみからだ。あいつもはじめは良き父親だったが、仕事に失敗し、酒に溺れ、理紀と母親に当たるようになった。
人間なんて所詮はそんなものだ。くだらないきっかけですぐに大切だった者を裏切る。母親の方も理紀を恐れて逃げ出した。理紀が助けてやったというのにだ。
俺が生まれたのは、そんな身勝手な奴らから理紀を守るためだ」
確かにそんな経験をすれば他人に不信感を抱くのも仕方ないだろう。だけど……
「だけど、それでも君は間違っている。ボクも普人くんも絶対に万屋さんを傷つけたりはしないし、万屋さんも友達を欲しがっている。
君がやっていることは万屋さんを守ることとは程遠いよ、握徒」
だが、握徒は譲らない。
「口ではなんとでも言える。俺はそんな言葉は信じない。信じるのは目の前の現実だ。
実の父親が娘を殴り殺そうとしたという現実だけだ」
握徒の言葉に万屋さんは俯いたまま何も言えないでいる。
彼女の心にもまだトラウマが残ってるのだろう。だから握徒を否定できないでいる。
ボクごときがいくら口先だけで説得してもこれ以上は無意味だ。
「握徒、このあいだの授業中に普人くんに言ってたよね、『決着をつける』って。あれは本心かい?」
「無論だ。あいつも貴様も、俺と意見が合うとは思えん。このまま続けても遅かれ早かれ奴が死ぬだけだ」
死という言葉に万屋さんが反応する。
「握徒、小林君を殺すつもりなの? そんなの、私は絶対許さない!」
「あいつがこのまま諦めなければの話だ。俺は理紀を守れればいい。そのために決着をつけるってことだ。
だが腕の1本や2本は覚悟してもらわないと困る」
どうやら普人くんを殺すことで万屋さんが悲しむのは理解しているようだ。
「握徒、君が負けたときには本当に無差別攻撃を止める約束ができるのかい? 魔物はその発現主がいる限り死ぬことはない。普人くんが君を倒したとしても、君が約束を守らなければ意味がない。それこそただの口約束だ」
「俺をクズな人間と一緒にする気か? 俺は約束は守る。俺が奴に倒されたならもう無差別攻撃はしない。
ちっこいの、お前もその力で俺と戦うか?」
「いいや、普人くんはそれを許さないだろう。だから普人くんが負けたときは、彼が受けたことと同じことを無条件でボクも受ける。
腕がもげたのなら腕を、脚がもげたのなら脚を。普人くんが死ぬようなことがあれば、ボクも君に殺されるよ。それでどうだい?」
「ああ、構わん。貴様の覚悟はわかった。口約束でもそれだけ聞ければ十分だ。あとは奴とやり合うだけだな」
それだけ言い残して握徒は姿を消した。
憑依を解き、ボクの胸からピースが現れ、召喚状態にもどる。
「ごめんね、万屋さん。君の秘密を無理やり聞き出したのに、ボクは結局何もできなかった」
「ううん、ありがとう柵平君。私こそ黙っててごめん。本当は私が握徒にあのくらい言わなきゃいけないんだよね」
不可抗力とはいえ、彼女の知られたくない秘密を聞いてしまった。
これはこちらも秘密を告白しなければならないだろう。
「万屋さん、君の秘密を聞いた以上、ボクの秘密も知っておいてもらったほうがいいと思うんだ」
万屋さんはじっとこちらを見つめる。
意を決し、ボクは口をひらいた。




