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欲望=魔物  作者: クニクニ
3章
47/172

作戦会議

5/20 (土) 午後  喫茶店


 商店区に1件だけある喫茶店、その名も『珈琲館(コーヒーかん)』。レンガ造りで店内の照明は電球色を使い、少し薄暗い感じはするが、それがまた落ち着く。

 多くの生徒はお茶をするなら店内が明るく、広さもあり、メニューも豊富なファミレスのほうに行くので、必然こちらの客の入りはまばらだ。

 だが、人目を嫌う生徒や教師、学園で働く職員には密かに人気のある店で、お忍びのカップルもけっこう来るとのウワサだ。

 人見知りの僕も、お客の入りが少ない店と聞いて休日に1度だけモーニングを食べに来店したことがある。もちろん1人で。

 そのときもお客は1人しかいなかった。


 店の一番奥のテーブル席に腰掛け、お店を1人で切り盛りするおばちゃんにメニューを注文する。

 店内はいつもどおりガラガラで、カウンター席に中年の作業着姿の男性が1人、コーヒーを飲みながら新聞に目を通している。


 おばちゃんが持ってきてくれたお冷をちびちび飲んでいると、店の扉に付いた錆びついた鈴が”カランカラン”と低めの乾いた音を鳴らし、待ち合わせの相手が店内に顔を見せた。

 向こうも僕に気付き、まっすぐ奥の席に来る。


「待たせたかしら」


「いや、僕もいま来たところだよ」


 ジーンズにジャケットとシンプルな格好ながら、その女性的なプロポーションは色気を感じる。

 真黒なショートヘアと四角いレンズのメガネに切れ長の目が、知的で品のある印象を見る者に与える。


「いらっしゃい。ご注文は?」


 宮ノ本(みやのもと)が僕の向かいに座ると、おばちゃんがお冷を持って注文を取りに来た。


「彼と同じものをください」


 伝票に注文を書き込み、おばちゃんはカウンターの中へと戻る。


「わざわざすまないね、呼び出して」


「ほんとよ。こんなとこ誰かに見られたらどうするのよ。まったく」


 憎まれ口は相変わらずだが、以前のような刺々しさはほとんどない。


「だったら俺のウチのほうがよかったかな?」


「冗談でしょ。ナニされるかわかったもんじゃないわ」


「そりゃそーだ。知らない男の家にホイホイ来る女なんてロクなもんじゃない」


「ここに来てあげただけでも感謝して欲しいものね」


 確かにそうだ。彼女は万屋(よろずや)さんを守りたいのに、それを邪魔する立場の僕にわざわざこうして会いに来てくれた。

 このあいだの件も、宮ノ本の反対を押し切って万屋さんと友達になったのに、結局握徒(あくと)から助けてくれたのは他でもない彼女だ。


「ああ、ほんと感謝してるよ。ありがとう、宮ノ本」


「なっ……なによそれ。バカにしてるの?」


 素直に感謝の意を表したのに、宮ノ本は怒ったような口調で切り返す。


「いいや、本心だよ。反対押し切って万屋さんと仲良くなったものの、握徒が出てきたら結局お前におんぶにだっこだ。情けないもんさ」


「あれは……べつに理紀(りき)を守っただけで、その……」


「でも四六時中お前が万屋さんを守っていくのは不可能だろ? だから万屋さんと握徒の関係を改善しなきゃ意味がない」


 カウンターにいたお客がレジをすませ、店を出ていく。店の客は僕らだけになった。


「万屋さんから聞いたよ。彼女のお父さんのこと」


「そう……」


 それだけ言って宮ノ本は黙り込む。


「お前は万屋さんに触っても握徒は出てこないだろ? だから握徒を説得するのは全く可能性がないわけじゃあない。おそらくは彼女の父親が暴力を振るってたことから、握徒は彼女に触る人間はすべて危険だと思い込んでやってるんじゃないかな。

 その誤解を解くことができればあるいは……」


「無理よ」


 その一言で僕の意見は否定される。


「私が理紀の体に触れても握徒が出てこなくなるまで半年近く掛かったわ。それは握徒を説得できたからじゃないの。

 理紀が私を安全だと認めてくれたからなのよ。

 彼女は私に握徒が根負けしたと思ってるけど、握徒は彼女の意志を忠実に守ってるだけなの。

 あの子は友達を作りたいと思ってるけど、その反面まだ他人を怖がってる。そして、自分のために簡単に相手を殺せる握徒も恐怖の対象になってるの」


 すべての元凶は万屋さんの恐怖心。

 単なる魔物の思い違いと信じてた僕は、問題の深刻さを改めて目(ま)の当りにし、茫然とする。


「はい、コーヒーおまたせしました」


 おばちゃんがホットコーヒーを2つテーブルに出してくれた。

 2人はしばし無言でコーヒーをすする。


 勘違いしている魔物を説得するのと、対人恐怖症の人間を治すのとじゃまるで違う。

 いや、主の意志を間違った解釈で実行してるのだから握徒が勘違いしているのは事実でもある。つまりは両方解決しなければ万屋さんは救えない。


「とにかく握徒に攻撃をやめさせれば万屋さんは他人と関係が持てるようにはなる。他人と触れることが主の為に必要だと握徒が理解すれば、あとは万屋さん次第じゃないかな。

 宮ノ本、お前の意見を聞かせてくれ」


 宮ノ本はテーブルのコーヒーをじっと見つめ、考えを巡らせているようだ。


「無理……と言ってるだけじゃどうにも前に進まないわね。私は、半ば諦めてたのかもしれないわ、理紀にはもう私以外友達はできないと。

 でも握徒を説得するのは簡単じゃないわよ。彼はかなり頑固で、主である理紀の言葉さえ聞かないんだから。何か策はあるのかしら」


 策とはいえない無謀な方法なら1つだけある。幸いこの間の憑依実習のとき、握徒は俺と決着をつけたがってたから相手も乗り気であるのは好都合だ。


「模擬戦で万屋さんと対戦する」


「はあ? ちょっとあんたそれどうゆうことよ!」


 宮ノ本が感情的になり、大きな声を出す。その良く通る声は店内に流れる落ち着いたBGMを遮るように響き渡る。

 カウンターのおばちゃんが驚いた顔でこちらを見ている。


「あ、すみません。もう静かにしますんで。宮ノ本、落ち着いて」


 おばちゃんに愛想笑いで謝り、宮ノ本をなだめる。

 宮ノ本も顔を真っ赤にしておばちゃんにお辞儀する。


「力ずくで理紀を従わせようっての?」


「ちがうって。戦うのはあくまで握徒とだけだ。宮ノ本さんには指一本ふれないよ。

 握徒が頑固なのはたぶん自分の強さに自信があるからだろう。どんな相手でも自分ひとりで万屋さんを守れると思い込んでる。だからこないだの授業でも俺に喧嘩をふっかけてきたんだろう。

 そこで、俺が勝負に勝ったらもう万屋さんに触る人間を攻撃するのをやめるよう約束させる」


「もしあんたが負けたらどうするのよ」


「負けはない。俺が握徒を倒すか、握徒が俺を殺すかだ」


「なによそれ……カッコイイとでも思ってるの、くだらない……」


 万屋が不機嫌そうに俯(うつむ)く。


「正直それくらいしか握徒を説得する方法が思いつかない。他に何か案があるかい?」


「……」


 宮ノ本は黙り込んでしまった。何か代案を模索しているのか、テーブルに両肘を付いた状態で手を組み、その上におでこを載せて溜め息をつく。


「はい、お待ちどうさま」


 静寂を破って、おばちゃんが注文を運んでくる。

 テーブルにはチョコレートパフェが2つ置かれた。


「あ、どうもありがとうございます」


「え? あの、これ……」


 礼を言う僕とは対照的に、宮ノ本はポカンと口をあけている。


「俺が注文したんだ。宮ノ本はパフェ嫌いか?」

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