絶対回避
急にピースが鳴きだしたかと思うといきなり姿を消した。
やばい、強制帰還だ。
慌ててサックへの魔力吸収を止めるが、僕の左腕を掴んでいた両手はダラリと垂れ下がり、サックは僕の膝へ倒れ込む。
「おいっ、サック! 大丈夫か? サック!」
肩を掴み、軽く揺すってみるが反応が無い。
慌てて魔力をサックの体へと送り返す。あまり急激に流し込むのも危険と思い、掴んだ両肩からゆっくり、慎重に魔力を送り込んでゆく。
うわー、くっそ! なにやってんだ俺は! もしサックがこのまま起きなかったら俺は……
祈る様に魔力を流し込み続けるが、いまだに反応が無い。もうかなり送り込んだと思うが。気付くと僕自身も少しクラクラする。
供給をやめ、膝上に載せたサックの頭をソファにやさしく置く。腕をまくって脈を確かめるが、トクトクと正常に血液が流れている振動を指先で感じる。顔色も特に異常はない。
「よかった、気絶しただけか」
誰ともなく口にする。
寝室から毛布を運び、ソファのサックにそっと掛ける。
その安らかな寝顔を改めてみると人形のように可愛く、儚く見え、ホントに呼吸をしてるか心配になる。
そっと口元に耳を近づけると、スースーと心地よさそうな寝息が聞こえてくる。
安堵の溜め息をつき、サックの乱れた前髪を指で掻き分けると
「……ん、うん……」
微かに呻き声をあげる可愛さに、僕の心臓が激しく鼓動し始める。
「やっぱ、女の子なんだな……」
あの夜、サックの口からはっきりとは聞けなかったが、女であることをそれとはなしに知らされた。
透き通るような肌と、あどけなくも美しいマスクの柵平君の寝顔を見ると、友達でいることへの自信が僅かに揺らぐ。
「いやいやいや。サックと約束したんだから、今の関係を続けるって」
つまらない妄想を振り払い、彼が起きるまでに夕飯の買い出しに行くことにした。
「ごちそうさまー」
サックが手を合わせ、元気にそう言う。
「サックは今日は洗い物禁止です」
食器を片づけ、流しへと運ぶ背中に声を掛ける。
「えー、それは悪いよー。せっかく普人くんが夕飯つくってくれたんだからさー」
作ったと言ってもチルドパックのハンバーグを温めたくらいで、あとは冷凍の添え物野菜を加熱し、スーパーのサラダを出しただけ。ご飯は一応自分で炊いたし、味噌汁もまあ手作りしたが、たいした苦労ではない。
なによりさっきまでぶっ倒れて寝てた人間にあまりウロウロして欲しくはない。
「病人は動かない。友達なら忠告は聞くもんだよ」
そこまで言われてさすがに観念したのか、食器だけ置いてリビングの机に戻ってくる。
「しばらく休んだら家まで送るよ。明日も学校なんだから早めに寝なよ」
食器を運びながらサックに念を押す。
「おかーさんかよ。まったくもう」
文句を言いつつもソファに座り、テレビを観ている。
2人分の食器を洗い終わり、ソファでくつろぐサックの横に陣取る。
「ごめんよ、サック。危うく君をミイラにしちまうところだった。許してくれ」
改めて頭を下げる。
「なんだよ急に。調子に乗ったのはボクなんだから、普人くんが謝ることはないよ。てかミイラになるの? 魔力吸われ過ぎると」
「言葉の”あや”ってやつだよ。なんにしてもこーゆうことはしっかりしとかないとね。いいやいいやで行くと、いつか取り返しのつかないミスを起こす」
自分に言い聞かせるように強く心に刻み込む。
「うん。ボクも気を付けるよ。それじゃあボクの憑依能力教えといてあげる」
「おっと、口で言うだけだぞ。実践は今日はナシ」
大事をとって、サックが目覚めてから今日は2人とも魔物を呼ばないことに決めた。
夕飯がいつもより静かだったのは2匹の魔物が食卓にいなかったからだ。
「分かってるって。ボクの憑依能力は……残念ながらまた攻撃能力じゃなかったよ。は〜」
大きくため息をつく。
「まあそう落ち込まないで。で、どんなチカラなんだい?」
「今度は単独の回避能力……簡単に言うとボクが透明人間になるってところかな」
魔物は発現者の欲望に起因すると言うが、サックの能力も争い事を嫌う彼らしいモノということか。
まあ僕も人のことは言えない。めんどくさがりでナマケモノの僕には、あのぐにゃぐにゃっとした動きのトロいリキッドが発現したことを思えば。
「へー、つまりどんな攻撃も貫通するってこと?」
「うん。正確にはここじゃない別の位相空間に移動することで存在を無くすってとこかな? ボクも詳しい原理はわからないけど」
「じゃあ完全に別世界に行っちゃうってこと?」
「いや、ボクの影というか、姿だけはうっすら現実世界に残るし、視覚、聴覚や魔力なんかは現実世界のものを感じるんだ。つまりいくら影に攻撃してもなんの意味もないってこと。それが無敵のカラクリさ。」
なるほど。目には見えるが存在しない。幽霊みたいなものか。
「で、憑依状態でもまた宙に浮くのかい?」
「よくわかったね」
冗談で言ったんだが当たってしまったようだ。なんか恥ずかしい。
「別位相空間ではどこへでも自由に移動できるんだ。空でも地中でも、水中でも。ただし憑依を解除したときには現実世界に戻るから、空中で解除すれば墜落するし、地中や水中なんかで解除したら窒息しちゃうよ」
それはなんとも恐ろしい状況だな。
「まあ実践したことはないから何とも言えないけどね」
言ってサックが真剣な表情になる。
「このチカラで、友達を助けられればいいんだけど……」
思いやりのあるサックらしい発現だが、なんだか意味深長な言葉にも聞こえた。




