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欲望=魔物  作者: クニクニ
3章
42/172

守るべきはキャラクター

5/15 (月) 放課後  霧真者知華職員室


 コンコン


 と、小林君が扉を軽く2度ノックする。


「はーい。どうぞー」


 部屋の中から霧真者(きりまじゃ)先生の声がする。


 放課後、私と小林君は先生に言われた通り、2人で職員室を訪れた。

 この学園の職員室とは教師1人1人に割り当てられた個室のことで、先生たちが1部屋に集まるタイプとは違う。

 職員会議室という部屋もあり、先生同士の会議や打ち合わせは主にそこで行われる。


「失礼します」


「失礼します」


 小林君のあとに続いて私も部屋に入る。

 中は結構な広さで、事務処理用の机はもちろん、温水器付きの小さな流しにコンロ、来客用のソファセットにテーブル、書類の収納キャビンに簡易クローゼットと、ここで暮らせるんではないかと思えるほどの快適そうな空間だ。


 事務机で書類を書いていた霧真者先生は立ち上がり、私たちにソファを勧める。


「さあ、2人ともそこに座って。今コーヒー入れるからね」


 言って先生は流し台の横にあるコーヒーメーカーのポットを取り、2組のソーサー付きカップとマグカップにコーヒーを注ぐ。

 ソーサー付きの白いカップを私たちの前に置き、マグカップを持ったまま1人掛けのソファーに座る。


「さあ、冷めないうちにどうぞー。砂糖とミルクは好きに入れてね」


 先生と小林君はブラックで、私はスティックシュガーとポーションタイプのミルクを入れて熱々のコーヒーをすする。

 何か私だけお子さま全開といった感じで恥ずかしいな。


 カップから立ち上るイイ薫りは、普段私が飲むインスタントとはくらべものにならない。香ばしい匂いが鼻孔を刺激する。もちろん味も格別だ。


「それで、今日の実習で何があったの?」


 先生の質問に小林君が詳しいいきさつを説明した。



「なるほどねー。でもなんで憑依状態なのに万屋(よろずや)さんは普人(しんと)君の手を握り潰そうとしたのかな? 憑依すると魔物の意志は無くなる筈でしょ?」


「それは僕も不思議でして」


 2人が私に答えを求めて眼差しを向ける。

 それが、実際のところ私にも理由がわからなかった。


「憑依したときに握徒(あくと)の意志は全くないんですが、なんでか無性(むしょう)にものを壊したくなったんです。なんとゆーか……痒(かゆ)いところを掻(か)きたくなる感覚に似ていました」


 霧真者先生は脚を組んで、マグカップから漂う香りを楽しみながら考え込む。


「なるほど。それで万屋さんの憑依能力はどんなのだったかな?」


「あ、はい。どうやら空間を掴むというか、握るというか……近くの空間をねじったり引っ張ったりできるみたいです」


「へー、すごい能力だね。つまり空間ごと捻じれば硬い金属なんかも簡単に壊せるってこと?」


 小林君が感心したような口ぶりで言う。

 実習室での出来事のあと、小林君は私に能力のことについては何も聞いてこなかった。私が小林君を攻撃しようとした理由もだ。

 たぶん私に気を使ってのことだろう。


「う、うん。たぶんね。まるでわたし自身が握徒に変身するみたいな能力でしょ」


 本当はもっと違った能力、小林君みたいな他人を傷つけないものを期待したのだけれど……

 小林君はすこし不思議そうな顔をし、私を見つめている。強い能力なのにどうして喜ばないのか疑問に思ってるのかな?


「たしかに強力な能力ね。おそらくその分、デメリットが生じたんじゃないかしら。なんでも壊せるけど憑依者には破壊衝動がつきまとう、つまりコントロールが難しい能力ってことだと思うわ」


 霧真者先生の説明に納得すると同時に、私には手に余る能力のような気もした。召喚での魔物のコントロールさえできない私が、そんなリスクの大きいチカラを扱えるだろうか?


「だからって能力を使うのをためらっちゃダメよ、万屋さん。」


 まるで私の心の内を読んだかのような先生の発現に、一瞬ドキッとする。


「リスクの大きいチカラこそ、自分のものにしないとね。失敗するのが怖いからって使わないでいると、いざって時に自分の無力さを痛感することになっちゃうわよ。

 自分の嫌な部分から逃げてると、やがては自分を傷つけ、周りを傷つけ、最後には自分が大嫌いな自分しか残らなくなっちゃうわ」


 霧真者先生はいつもと変わらぬ笑顔で話すが、その言葉はわたしにはとても重く、痛く感じる。まるで力いっぱい往復ビンタされたくらいの衝撃だった。

 いままでの私の人生をすべて見透(みす)かされ、これからの私の人生を的確に予言されたように感じた。


 全部なくなる。

 両子(りょうこ)ちゃんも、柵平(さくだいら)君も、小林君も……わたしのせいで……

 ……握徒と2人きり……人殺しのバケモノとずっと2人……


 全身から血の気が引いていくのがわかる。背筋に悪寒(おかん)がはしり、ピクッと体が反応する。

 自然と徐々に視線が下がってゆき、スカートの上で握った自分の両手を見たまま、時間が止まる。


 そんな私を先生の声が現実に引き戻す。


「それでー、普人君の方はどんな憑依能力だったの? 先生詳しく知りたいなー」


 霧真者先生が悪戯(いたずら)っぽく小林君に尋ねる。


「い、いやぁ、さっきちょこっと説明した通りですよ。相手に触れることで魔力を移動できるって能力でして。正確には触れてなくても近距離にある魔力を移動できるチカラ……なんですが、今の僕じゃ触れなきゃダメみたいですね」


「へー、それもかなりすごい能力よねー。どお、先生の魔力も吸い取ってみる?」


 言いながら先生はソファーに座った脚を組み替える。

 腰にぴったりフィットしたスカートから伸びる長く白い脚に、鼻の下をのばした小林君の目が釘付けになる。


 その光景になんだかイラッとしてしまう。


「小林君、先生の脚見すぎだよ」


「ん? あ、ああ、ゴメン……あっ、い、いやっ、そんな見てないよ。全然1ミリたりとも見てないよ。おパンティー見えるかもとか思ってないよ」


 そこまで言ってないよ。


「今日の先生のパンツ何色だっ?」


 霧真者先生、あんまり生徒をからかうのはよろしくないんじゃ……


「青です。ちょい暗めの色の、紫にちかい青です」


 ……


 ……


 ……


 こいつ何言ってんの? さっき全然見る気ない的なこといってたじゃん。色合いまで正確にいってんじゃん!


「せいかいでーす」


 楽しそうに言う先生は、目を細めながらペロッと舌なめずりをしてみせる。


 私の中でなにかがブチ切れる。


 ガタンッと慌てて立ったので膝が机にぶつかり、飲みかけのコーヒーもこぼれてしまうがおかまいなしだ。

 制服のスカートの端を両手でつかみ、顔を真っ赤にしながらわけのわかんないことを口走っていた。


「こばやしくんっ! わたしのパンツも見るっ!?」


 目の前の2人は慌てて私を制止する。


「万屋さん、冗談だから! ちょっとした大人の小粋な冗談だから!」


「ダメダメッ、万屋さん! 見たいけどキャラがちがうから! 万屋さんはお上品なキャラ設定だから、ねっ! キャラは守ろう、ねっ!」

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