守るべきはキャラクター
5/15 (月) 放課後 霧真者知華職員室
コンコン
と、小林君が扉を軽く2度ノックする。
「はーい。どうぞー」
部屋の中から霧真者先生の声がする。
放課後、私と小林君は先生に言われた通り、2人で職員室を訪れた。
この学園の職員室とは教師1人1人に割り当てられた個室のことで、先生たちが1部屋に集まるタイプとは違う。
職員会議室という部屋もあり、先生同士の会議や打ち合わせは主にそこで行われる。
「失礼します」
「失礼します」
小林君のあとに続いて私も部屋に入る。
中は結構な広さで、事務処理用の机はもちろん、温水器付きの小さな流しにコンロ、来客用のソファセットにテーブル、書類の収納キャビンに簡易クローゼットと、ここで暮らせるんではないかと思えるほどの快適そうな空間だ。
事務机で書類を書いていた霧真者先生は立ち上がり、私たちにソファを勧める。
「さあ、2人ともそこに座って。今コーヒー入れるからね」
言って先生は流し台の横にあるコーヒーメーカーのポットを取り、2組のソーサー付きカップとマグカップにコーヒーを注ぐ。
ソーサー付きの白いカップを私たちの前に置き、マグカップを持ったまま1人掛けのソファーに座る。
「さあ、冷めないうちにどうぞー。砂糖とミルクは好きに入れてね」
先生と小林君はブラックで、私はスティックシュガーとポーションタイプのミルクを入れて熱々のコーヒーをすする。
何か私だけお子さま全開といった感じで恥ずかしいな。
カップから立ち上るイイ薫りは、普段私が飲むインスタントとはくらべものにならない。香ばしい匂いが鼻孔を刺激する。もちろん味も格別だ。
「それで、今日の実習で何があったの?」
先生の質問に小林君が詳しいいきさつを説明した。
「なるほどねー。でもなんで憑依状態なのに万屋さんは普人君の手を握り潰そうとしたのかな? 憑依すると魔物の意志は無くなる筈でしょ?」
「それは僕も不思議でして」
2人が私に答えを求めて眼差しを向ける。
それが、実際のところ私にも理由がわからなかった。
「憑依したときに握徒の意志は全くないんですが、なんでか無性にものを壊したくなったんです。なんとゆーか……痒いところを掻きたくなる感覚に似ていました」
霧真者先生は脚を組んで、マグカップから漂う香りを楽しみながら考え込む。
「なるほど。それで万屋さんの憑依能力はどんなのだったかな?」
「あ、はい。どうやら空間を掴むというか、握るというか……近くの空間をねじったり引っ張ったりできるみたいです」
「へー、すごい能力だね。つまり空間ごと捻じれば硬い金属なんかも簡単に壊せるってこと?」
小林君が感心したような口ぶりで言う。
実習室での出来事のあと、小林君は私に能力のことについては何も聞いてこなかった。私が小林君を攻撃しようとした理由もだ。
たぶん私に気を使ってのことだろう。
「う、うん。たぶんね。まるでわたし自身が握徒に変身するみたいな能力でしょ」
本当はもっと違った能力、小林君みたいな他人を傷つけないものを期待したのだけれど……
小林君はすこし不思議そうな顔をし、私を見つめている。強い能力なのにどうして喜ばないのか疑問に思ってるのかな?
「たしかに強力な能力ね。おそらくその分、デメリットが生じたんじゃないかしら。なんでも壊せるけど憑依者には破壊衝動がつきまとう、つまりコントロールが難しい能力ってことだと思うわ」
霧真者先生の説明に納得すると同時に、私には手に余る能力のような気もした。召喚での魔物のコントロールさえできない私が、そんなリスクの大きいチカラを扱えるだろうか?
「だからって能力を使うのをためらっちゃダメよ、万屋さん。」
まるで私の心の内を読んだかのような先生の発現に、一瞬ドキッとする。
「リスクの大きいチカラこそ、自分のものにしないとね。失敗するのが怖いからって使わないでいると、いざって時に自分の無力さを痛感することになっちゃうわよ。
自分の嫌な部分から逃げてると、やがては自分を傷つけ、周りを傷つけ、最後には自分が大嫌いな自分しか残らなくなっちゃうわ」
霧真者先生はいつもと変わらぬ笑顔で話すが、その言葉はわたしにはとても重く、痛く感じる。まるで力いっぱい往復ビンタされたくらいの衝撃だった。
いままでの私の人生をすべて見透かされ、これからの私の人生を的確に予言されたように感じた。
全部なくなる。
両子ちゃんも、柵平君も、小林君も……わたしのせいで……
……握徒と2人きり……人殺しのバケモノとずっと2人……
全身から血の気が引いていくのがわかる。背筋に悪寒がはしり、ピクッと体が反応する。
自然と徐々に視線が下がってゆき、スカートの上で握った自分の両手を見たまま、時間が止まる。
そんな私を先生の声が現実に引き戻す。
「それでー、普人君の方はどんな憑依能力だったの? 先生詳しく知りたいなー」
霧真者先生が悪戯っぽく小林君に尋ねる。
「い、いやぁ、さっきちょこっと説明した通りですよ。相手に触れることで魔力を移動できるって能力でして。正確には触れてなくても近距離にある魔力を移動できるチカラ……なんですが、今の僕じゃ触れなきゃダメみたいですね」
「へー、それもかなりすごい能力よねー。どお、先生の魔力も吸い取ってみる?」
言いながら先生はソファーに座った脚を組み替える。
腰にぴったりフィットしたスカートから伸びる長く白い脚に、鼻の下をのばした小林君の目が釘付けになる。
その光景になんだかイラッとしてしまう。
「小林君、先生の脚見すぎだよ」
「ん? あ、ああ、ゴメン……あっ、い、いやっ、そんな見てないよ。全然1ミリたりとも見てないよ。おパンティー見えるかもとか思ってないよ」
そこまで言ってないよ。
「今日の先生のパンツ何色だっ?」
霧真者先生、あんまり生徒をからかうのはよろしくないんじゃ……
「青です。ちょい暗めの色の、紫にちかい青です」
……
……
……
こいつ何言ってんの? さっき全然見る気ない的なこといってたじゃん。色合いまで正確にいってんじゃん!
「せいかいでーす」
楽しそうに言う先生は、目を細めながらペロッと舌なめずりをしてみせる。
私の中でなにかがブチ切れる。
ガタンッと慌てて立ったので膝が机にぶつかり、飲みかけのコーヒーもこぼれてしまうがおかまいなしだ。
制服のスカートの端を両手でつかみ、顔を真っ赤にしながらわけのわかんないことを口走っていた。
「こばやしくんっ! わたしのパンツも見るっ!?」
目の前の2人は慌てて私を制止する。
「万屋さん、冗談だから! ちょっとした大人の小粋な冗談だから!」
「ダメダメッ、万屋さん! 見たいけどキャラがちがうから! 万屋さんはお上品なキャラ設定だから、ねっ! キャラは守ろう、ねっ!」




