憑依実習
5/15 (月) 午後 第1実習室
「やあ、握徒。また会ったね」
目の前のエイリアン型の魔物は腕組みをしたまま僕を睨んでいる。
正確には睨んでいるように見える、だが。
「握徒、小林君が挨拶してくれてるよ。握徒もしたほうがイイんじゃない?」
握徒の隣りにいる万屋さんが自分の魔物へ諭すように声を掛けるが、握徒は無反応だ。
「きゅきゅうっ!」 (よろしく!)
と、僕の手のひらの上のリキッドも右手を挙げて挨拶するが、握徒の応えはないまま。
僕とリキッドは愛想笑いを浮かべながら突っ立ってるしかない。
今は憑依の実習の時間で、霧真者先生が指示した生徒同士が2人1組になってそれぞれの魔物を召喚したところだった。
おそらくこのペアは先生が暗に、僕が万屋さんの問題を解決する手助けのつもりで組ませたのだろう。
さすがは霧真者先生、行動が早い。こちらとしても願ったり叶ったりだ。
「憑依はそれほど難しいことではありません。慣れればわざわざ召喚せずに直接憑依状態を発動できるようになります。今日は簡単な、召喚状態から憑依状態へ移行する方法でやってみましょう。
では召喚した魔物を自分の体内へ取り込むイメージで、魔物の魔力を体に吸い込むように意識してみてください。肩の力を抜いて、リラックスした状態で行うのがコツですよー。」
霧真者先生の説明を受け、クラスのみんながそれぞれ自分の召喚した魔物と向き合い、憑依を試みる。無論、僕と万屋さんもそれぞれ自分の魔物と向き合い、やってみる。
「よーしリキッド、僕の胸に飛び込んで来い。憑依だ。僕に憑りつくんだ」
僕の呼びかけに応えるようにリキッドの体が光り出し、ギュルンッと僕の胸に吸い込まれるようにして消える。
全身から魔力が溢れるような感覚。これが憑依状態か。
ん? これは……これが僕の憑依能力……
「はーい、みんな憑依できたみたいねー。優秀優秀。
もう気付いてると思うけど、憑依に成功すると自然と自分の使える憑依能力がわかります。魔力のアウトプット装置である魔物と直結している状態だからです。
簡単に言うと、みんな自信が魔物に変身したようなものです。
では実際どんな能力か、少しためしてみましょう。ペアを組んだ人と軽く左手を出し合って、相手の左手に自分の右手を載せ、軽く能力をつかってみてください。
くれぐれも怪我をしないようにねー。」
先生の指示どおり、万屋さんの方を向く。
だが、彼女の様子が変だ。何か辛そうに見える。
「万屋さん、大丈夫?」
「うん、だいじょぶ……」
僕の問いに笑顔で答えるが、その笑顔はいつもの明るいものでなく、どこか怖さを感じる。
万屋さんがゆっくり左手を、掌を上にして僕に差し出す。僕も同様に左手を出し、互いに右手をその上に載せてみる。
今は握徒の意志は無いはず。魔力は万屋さんがコントロールしているのだから、このあいだのように骨を折られるなんてことはありえない。
だが、
ギリギリッと僕の両手が軋み出す。
いつの間にか万屋さんの両手が、僕の左右の手をそれぞれ凄い力で握りしめていた。
彼女の顔を見ると、ダークブラウンの瞳が赤く光り、口元は微かに笑っている。
「小林君……にげて……」
はあはあと苦しそうな息遣いの万屋さんが声を振り絞る。
だが僕を掴む力は徐々に強まっていき、振り払おうとしてもびくともしない。
くそっ、ここで僕が怪我でもしたら万屋さんがみんなの前で悪人になってしまう。
「万屋さん、少し我慢してくれ」
両手に魔力を集中させる。ぶっつけ本番だが、憑依能力を使って彼女を無力化するしかない。
「吸い上げろ!」
両手から僕の体内へどんどん魔力が蓄積されてゆく。それに比例するように、僕を掴む万屋さんの握力が弱まってゆく。
そう、僕の憑依能力は魔力転移の能力だった。相手の魔力を急速に吸い上げ、自分の体内へと移し替える。
既に僕の体からは大量の魔力が溢れ返り、全身に力がみなぎる。
当然万屋さんの方は魔力を吸い取られ、全身から力が抜けて行き、倒れ込みそうになるのを僕が受け止める。
魔力が極端に下がった万屋さんは強制的に憑依状態を解除され、背中からガバッとはじき出されるようにして握徒が出てくる。
出てきた握徒はがっくりと片膝を付き、ハアハアと辛そうに肩で息をしている。
よく見ると、顎の下あたりに口らしきものがある。やつはあそこで呼吸しているのか。
この騒ぎに周りが気付かない筈がない。
クラスのみんなが何だ何だとこちらを振り向く。だが、僕と握徒はそんなことは知ったこっちゃない。
握徒はよろけながらも立ち上がり、主の肩を抱く僕を見つめる。エイリアンのような顔で表情は分かりづらいが、友好的でないことは確かだ。
こちらも口を固く結び、まっすぐ見つめる。本気であることを示さなければ、こいつはこれからも今まで通り万屋さんの周りの人間を攻撃し続ける。
僕ら2人の間の気迫に、騒がしかった周りも静まり返る。
「貴様とは決着をつける」
握徒は左手の三本指の真ん中の指を僕に突き付け、宣言する。
「へー、そうかい」
フッと力を抜き、そう答えつつ、ヤツの視線を受け流す。あまり刺激してここで暴れられるとさすがにシャレにならない。
だが、魔力を吸い上げられた状態で挑んでくるほど相手もバカじゃないようだ。
捨て台詞を残し、ゆっくりと姿を消す。
「ちょっと理紀に何したの!」
宮ノ本が血相を変えて僕に詰め寄ってくる。
「大丈夫だよ、これから戻す。宮ノ本、万屋さんを支えててくれないか」
宮ノ本は僕から万屋さんを預かり、ぐったりする彼女の肩を支える。
万屋さんの右手を両手でやさしく掴み、今度は僕の魔力を送り返す。
弱々しかった万屋さんの放つ魔力のオーラがみるみる強まり、フラついていた両脚はしっかりと床に立ち、うつろだった目に生気が戻る。
「んっ、ありがとう小林君。両子ちゃん、もうダイジョブ」
「なるほど、これがあんたの憑依能力ってわけ」
宮ノ本はさすがに理解が早い。
「普人、大丈夫か?」
隣りにいた呼刀も、僕に声を掛けてくる。
「ああ、俺は大丈夫だって。ありがとう呼刀」
おいおい、この状況で普通声掛けるか? 他のみんなは完全に俺たち3人を遠くから見て、ヒソヒソ話してるぞ。
サックはさすがにその辺はわきまえてるが、僕と目が合うと小さく頷き、合図を送る。さすがは人付き合いのプロ、周りに合わせながらもこちらへの気使いは抜かりない。
「はいはい、みんな元の位置に戻ってー。万屋さんと小林くんは廊下に立ってなさーい。あと、2人は授業が終わったら私の部屋に来るように」
霧真者先生の合図でみんな元に戻り、僕と万屋さんは実習室を出て、2人で反ゆとり教育を実践させられることとなった。




