ボケの代償
5/6 (土) 夜 普人宅
「う、うまい!
この蕩けるようでいて、しかしながらスパイシーさが全く損なわれていないルー。複雑に配合された絶妙の風味と辛みをかもしだすルー。
肉と野菜も程よく煮えていて、ルーの旨さを引き出している。いや、ルーによって具材の旨みが引き出されているのか?
しかしこのコクがありながら後味がすっきりとした濃厚なルーが、白いコメと合わさって最強に見える。見えない。いや、見える!」
「どっちなの? それに普人くん、ほぼルーのことしか褒めてないよ。これ市販のルーだよ。しかも僕のほう甘口にしたから、そっちのルーの味わかんないよ」
今日も普人くんの小ボケを丁寧に処理しつつ、自分で作ったカレーライスを口に運ぶ。
傷はすっかり治ったとはいえ、かなり疲れているだろうと彼を説得し、ボクは2人分の夕食を作ることにした。
商店区のスーパーで材料を買い込み、カレーを作った。ボクは甘口、普人くんは辛口が好みということで、途中までまとめて作ってから半分を別の鍋に移して、それぞれ市販の甘口・辛口のルーを溶かした。
ボクが夕食の準備をする間、普人くんは火田先輩に電話を掛け、節家先輩の携帯番号を聞き出して先輩に今日のお礼を言っていた。普人くんはけっこうマメなところがある。これも一度死にかけた故の人生の悟りってやつなのかな?
さらにお風呂も沸かしてくれていた。ホントは休んでて欲しかったんだが、まあ元気な証拠と納得しておこう。
「じょ、冗談ですよ。しかしサックは料理上手いね。肉も野菜も程よい柔らかさだよ。さすがだね」
そうそう、そーゆうの欲しいんだよ。まあボケ倒すのもそれはそれで面白いんだけど。
「エヘヘ、ありがとう。1人暮らしだからカレーぐらいは作れないとね」
「どこに嫁に出しても恥ずかしくない味だぞ。いや、むしろサックは俺の嫁だぞ」
ドキッとするようなこと言うなー。やばい、顔が勝手にニヤけてしまう。
「きゅきゅうっ!」
「お、リキッドも同意してるぞ」
食卓のテーブルにはリキッドとピースもいる。
学校の授業でも、普段から魔物との意思疎通を図ることは連携を高めるとともに、能力の上昇や新たな能力の発見に繋がる重要なファクターだと言っていた。
普人くんは普段から家では常にリキッドを発現させ、一緒に過ごしているそうだ。ボクもゴールデンピースはできるだけ呼び出すように心がけているが、少々無口な魔物なので信頼関係が築けているのかあまり実感がわかない。
「ゲコゲコッ」 (おかわりっ)
「お、ピースもそう思うか?」
普人くんがピースの泣き声に勘違いする。人の言葉をしゃべる魔物もいるが、ボクらのは両方とも鳴き声でしゃべる。その声は召喚主には分かるのだが、それ以外の人間にはただの鳴き声としか聞こえない。
「きゅきゅきゅきゅ。きゅきゅうきゅ」
リキッドが首と手を横に振り、独特の鳴き声でピースの言葉を普人くんに翻訳する。
なぜか魔物同士だと相手の言っていることが理解できるらしい。
「なんだ、おかわりか。ほいほーい」
普人くんがピースの前に置いてある醤油皿にミルクティーを注ぐ。
注がれたミルクティーをピースは舌をペロペロ付けながら味わう。姿かたちはほぼカエルなのだが、ピースはなぜかミルクと砂糖の入ったドリンクを好む。中でもミルクティーが大のお気に入りだ。
魔力によって動いているので飲み物を与える必要は無いのだが、味を楽しむことでストレスを発散したり、発現者との絆を強めたりすることは可能という話だ。
中には食べ物を食べれる魔物もいるそうだが、なぜか排泄はしないらしい。飲み物ならまあ蒸発するとも考えられるが、魔物が食べたものはどこへ行くのだろう。
ミルクティーを舐めるピースの横で、リキッドは160ミリのミニ缶のコーラをグビグビやっている。
ω口から流し込まれるコーラはあらかじめ体内に作られた空洞に溜まり、炭酸がシュワシュワする様が透明な体越しに見える。
「きゅきゅうっ!」
とリキッドが嬉しそうに鳴き、しばらくすると体内のコーラは染み込むように消えてゆく。何度見ても不思議な光景だ。
「じゃあ僕もおかわりもらうよ、サック」
「うん、どーぞー」
普人くんが空になった皿にカレーを盛り直して食べ始める。
「うん、うまい! やっぱりサックのカレーは旨いなー」
「そ、そうかなー、エヘヘ」
お世辞でもそう言われるとうれしいもんだ。普人くんが言ってくれるなら尚更だ。
顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「特にこのルーがいいよね。コッテリしていながらスパイシーなルーが織りなす絶妙な……」
「もうルーの話はいーよ」
浴室にある洗面台の鏡の前で、自分のパジャマ姿を念入りに確認する。一緒にお風呂に入ったピースは、洗面台の片隅に座ってボクを見ている。
「よし、バッチリかなピース」
「ゲコッ」 (ばっちり)
ピースが相槌を打つ。
服と下着をビニール袋に入れ、洗面所の扉を開ける。慌ててピースが空中を泳いでボクの右肩に乗る。
ピースは空中を水中のように泳げる能力がある。地上での動きは遅いが、空中だと平泳ぎとオタマジャクシのしっぽを使って自由自在に泳ぎ回る。
浴室の換気扇が回っていることを確認し、電気を消して居間に戻る。
「お風呂ありがとー」
居間では先に入った普人くんとリキッドが、缶ジュースを飲みながらテレビを観ていた。
「どういたしまして。サック、食器洗ってくれてありがとう。流しに置いといてくれれば僕が洗ったのに」
「いやいや、普ちゃんはゆっくり休んでもらわないとね。今日はいろいろあって疲れただろうから。ジュースもらうね」
冷蔵庫からオレンジジュースの缶と、封が開いたミルクティーの缶を取り出し、食器棚から醤油皿を取ってリビングのソファーに座る普人くんの隣りに腰を下ろす。
ピースは僕の肩からジャンプし、宙を泳いで机の上に着地する。
お皿にミルクティーを注ぐと、待ってましたとばかりにそれをピースが舐めだす。
リキッドがコーラのミニ缶を持って近づき、ピースのお皿にこつんと当てる。
「きゅきゅうぅ」
「げここぉ」 (乾杯)
どーやら乾杯をしたようだ。
「おっと、リキッドさんの粋な計らい。んじゃ僕らも」
普人くんが飲んでいたコーラの缶をボクの前に掲げる。もちろんミニ缶じゃなく350ミリのレギュラー缶だ。
ボクもオレンジの缶を開け、コーラ缶に軽く当てる。
「乾杯」
「カンパイ」
オレンジ果汁を喉に流し込む。火照った体に冷えたジュースが染み渡る。
「んー、おいしい。濃縮還元とはいえ、果汁100パーセントのオレンジ果汁の濃厚な甘味と絶妙の酸味が合わさって最強に見える。見えない。いや見える!」
「うわー、パクられたよー。サックに僕の小ボケがパクられたよー。僕の大好きな小ボケがよー、パパからもらった小ボケがよー、とっても大事にしてたのによー」
ぐぬぬぅ。さすがは普人くん、ツッコんだかと思ったらさらにボケを乗せてくる。
「クラリネットかよ。クラリネットの童謡のやつかよ。パパからもらった小ボケってなんだよ。潰されたー。やっと出したボケがボケで潰されたー。ボクもたまにはボケたいなー」
普人くんがコーラの缶を机に置き、こちらを向く。
「サックごめん。僕が悪かった。ついつい調子に乗って、君のツッコミに甘えてた。すまん」
まじめな顔で深く頭をさげる。
「それもボケだよね。ここでまじめに謝っちゃったらもうボケだよね。こうやって注意してるボクはもうツッコんでることになってるよね」
「……はいぃ……」
返事でもボケてるじゃん。これはキリがない。
「わかったわかった。ボクが悪かったよ。普人くんはボケ、ボクはツッコミ。これからずっとこの役割分担。この話はこれでおしまい」
拗ねてみせると、普人くんが慌ててご機嫌とりにくる。
「わー、うそうそ。冗談ですよー、柵平クン。そーゆうのはやっぱりケースバイケースじゃないですか。僕のつまんない小ボケじゃ柵平さんのお口にあわないじゃないですか。
あ、そーだ。こーゆうのはどうでしょう柵平さん。お礼に僕が1つなんでも言うこと聞いちゃうってのはどうでしょうかね、ね!」
若干ボケているように聞こえなくもないが、まあこんなおいしい話に乗っからない手はない。
「よし、その条件乗った。なんでもいいんだね?」
「あんま無理っぽいのはダメだよ。もういい大人なんだからその辺は分かるよね」
「だいじょぶだいじょぶ。すごく簡単なヤツだから」
普人くんが疑いの眼差しを向けてくる。
「ほんと?」
「ホントホント」
コホンとひとつ咳払いをし、ボクの要望を言う。
「今夜2人でおんなじベッドで寝ること」
普人くんの動きが止まる。
「サック、それってボケ?」




