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欲望=魔物  作者: クニクニ
2章
34/172

迷い

5/6 (土) 午前  医務室


 両子(りょうこ)ちゃんと一緒に走って医務室へと向かう。ボウリング場から医務室までは商店区、居住区、学園校舎を通らねばならなく、徒歩だとけっこう距離がある。


「はあっ、はあっ……理紀(りき)、ちょっとまって。そんなに慌てなくても大丈夫よ」


「はあっ、はあっ……わかってるけど、やっぱ小林君が心配だから」


 校舎前まで走ってきたところで両子ちゃんに止められる。小林君が無事なのは分かってるけど、実際に自分の目で見ないと安心できない。

 それに節家(ふしいえ)先輩はああ言ってくれたけども、小林君は以前のように私に接してくれるだろうかという不安が心の片隅に残っていた。

 その不安をはやく拭(ぬぐ)い去りたいという焦りもあった。


「このまま走るよりも、ここから歩いて息を整えた方がすぐに話せるわよ」


 両子ちゃんが私の左手を掴む。両子ちゃんだけは私に触っても大丈夫だ。


 両子ちゃんと出会ってもう5年近く経つ。はじめは彼女が触れても握徒(あくと)は現れた。だが両子ちゃんは1度も握徒に掴まれることはなかった。

 宮ノ本(みやのもと)家は代々続く異能者の家系で、彼女は子供のころから発現し、家で発現者としての訓練を積んでいた。

 世間一般では発現者はごく最近現れたといわれているけど、一部では昔からその能力をもつ一族も存在すると宮ノ本家の人たちは言っていた。

 そんな家庭環境で育った両子ちゃんは、握徒に怯(ひる)むことなくザックとバランで反撃した。


 半年ほどそんな状態が続いて、とうとう握徒は両子ちゃんを私の敵じゃないと認めた。

 握徒が両子ちゃんを認めたのは決して強いからだけじゃない。宮ノ本家に預けられ、一緒に暮らすようになった私と仲良くしてくれたのをずっと見てたからだ。


 私が発現してからお友達になれたのは両子ちゃんだけしかいなかった。でも今、やっと新しい友達ができた。

 今までも私と仲良くなった人はいたけれども、握徒の存在によって長くは続かなかった。小林君と柵平君は私をまだ友達だと思ってくれてるだろうか。

 あんな痛い思いをさせてしまって、小林君はそれでも許してくれるだろうか。


 両子ちゃんと手をつないで歩きながら物思いにふけっていると、校舎に併設された病棟の医務室に辿り着いていた。


 両子ちゃんの手をギュッと握り、目の前のドアをノックする。

 コンコンッと私が叩いた音に反応し、中の人が引き戸を開ける。


「ああ、2人とも来たね。普人くんはそこのベッドにいるよ」


 開けてくれたのは柵平(さくだいら)君だった。


「ありがとう柵平君」


 両子ちゃんの手を離し、静かに室内へ入る。

 右手にカーテンの掛かったベッドが見える。あの中に小林君がいるはずだ。


「小林君、入っていいかな?」


 カーテンに向かって声をかけてみる。声が震えているのが自分でもわかる。


「万屋(よろずや)さん? どうぞ」


 小林君の声が返ってくる。

 唾を飲み込み、カーテンをゆっくりと開け、中に入る。


「ごめんね、万屋さん。迷惑かけちゃって」


 小林君は笑顔で迎えてくれるが、怪我のせいか顔色は良くない。

 右腕は包帯でぐるぐる巻きに固定されていて痛々しい。


「そんな。わたしこそ大怪我させちゃって、ホントごめんなさい」


「いやいや、大した怪我じゃないって箱入(はこいり)先生も言ってたよ」


 たぶん嘘だろう。生身の人間が握徒に腕を掴まれて軽い怪我で済むはずがない。


「小林君、あの……もう嫌になっちゃったなら……お友達じゃなくなってもわたしは……」


「いやになんてならない」


 わたしの言葉を遮(さえぎ)るように小林君は答える。


「いやになんてならないよ、万屋さんのことは」


 勝手に涙が溢れてきて、目の前の小林君がたちまちぼやけて見えなくなる。


「……ごめん……変なこと聞いちゃって」


 彼がこう答えるのは分かっていた。分かっていても不安で、怖くて、聞かなきゃいられなかった。

 友達が大怪我しているのに、自分のことばっかりで、私は最低だ。

 こんな私が本当に友達になれるのだろか。

 小林君と仲直りできたとしても、これで友達と言えるんだろうか。


「大したことなくて良かったわね」


 両子ちゃんも私の隣りにくる。


「ああ、お前のおかげだよ。ありがとう宮ノ本」


 いつもは喧嘩する2人だが、小林君は両子ちゃんにも優しくお礼を言う。


「な、なによ。随分素直ね。頭でも打ったの?」


「はは、そうかもな。でも実際凄いよ、おまえは」


 確かに小林君の言う通りだ。いつでも両子ちゃんは私を守ってくれて、今回も小林君を助けたのは両子ちゃんだ。

 私も両子ちゃんみたいに強くなれればいいのに。


「2人とも、そろそろ出ようか。箱入先生から安静にしてるように言われてるし、普人(しんと)くんも疲れてるだろうから」


「うん。ごめんね、小林君。ゆっくりやすんでね。あとでまた」


 左手で手を振る小林君はかなり無理してるように見えた。

 3人で病室を出て、廊下の長椅子で待つことにした。


 柵平君によると、箱入先生の魔物が傷を完全に治すまで2時間ほどかかるそうだ。

 腕はレントゲンを撮った結果、前腕(ぜんわん)の橈骨(とうこつ)と尺骨《しゃっこつ》が2本とも折れていたという。


 こんなことを続けたら、いつか小林君も柵平君も取り返しのつかないことになってしまう。

 両子ちゃんが言ってたように、本当は2人と友達にならないほうがよかったのではと思えてきた。


 あたしはどうすればいいんだろう……

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