たかが骨折
5/6 (土) 午前 ボウリング場
2ゲーム目が終わり、一息つく。
217点か。まあ趣味でやってるだけなんだからこんなもんだろう。
すっかり温くなった缶コーヒーを飲みながらふと1年の4人組のレーンへと目をやる。
向こうはちょうど1ゲーム目が終わったところか。宮ノ本と柵平だけで雑談している。他の2人はトイレだろうか。まあ4人でやってれば時間も掛かるだろう。
そろそろ帰ろうかと思っていた矢先、
「握徒やめて!」
万屋の声がする。何かあったのか。
宮ノ本がすぐに反応して店の奥の自販機へと走る。
俺も缶コーヒーをテーブルに置き、すぐにあとを追う。
そこには万屋の魔物と小林がいた。
まずいな。あの魔物、『握徒』といったか。かなり強力な魔物だ。身体能力が高く防御力も高い。加えて奴の握力は凄まじく、鉄の棒でも簡単に折り曲げるって話だ。
実習で1度戦ったが俺のカラスじゃ全然歯が立たなかった。憑依能力で止めるしかない。
不死ガラスを憑依させようとしたが、近くの宮ノ本が魔物を召喚するのが見えた。二刀流の武器タイプの魔物『ザック』と『バラン』だ。
宮ノ本はあの年ですでに相当の訓練と経験を積んでいる。あいつに任せれば大丈夫か。
宮ノ本が握徒の腕をザックで払い落とす。握徒となにやら二言三言話すと、宇宙人のような魔物は姿を消した。
奥にはうずくまっている万屋がいて、宮ノ本が介抱に向かう。
小林の方はただ茫然と立ち尽くしている。右腕を庇うようにしているが、どうやら怪我をしてるようだ。握徒の攻撃を受けたなら重症の可能性が高い。早く手当しないと。
「小林。……おい、小林」
声を掛けるがボーッとして、うずくまった万屋のほうを見つめている。だが体は小刻みに震え、顔面蒼白で冷や汗もかいているようだ。
「右腕みせてみろ」
左手で抑えるようにしている右腕をそっと掴む。
「くっ! ああっ!」
小林が苦痛に顔を歪める。長袖のシャツをめくると前腕部が紫色に酷く腫れ上がっていて、手形のような跡がくっきり残っている。どうやらあの魔物に腕を掴まれたようだ。
確実に骨折してるだろう。取りあえず応急処置が必要だ。
「普人くん!」
柵平が心配顔で駆け寄ってくる。
「柵平、悪いが店長に言ってタオルを借りて、そいつを濡らしてきてくれないか。こいつの腕を冷やしたいんだ。」
「わ、わかりました!」
小林の腫れ上がった腕を見てすぐさま正面入り口のカウンターへ走る。
「とりあえずこっちに来い」
小林を連れて行き、レーンの席に座らせる。スコアボード画面がはめ込まれた机に折れた腕を置かせる。とりあえずはこれで安定するだろう。
スマホを取り出し、すぐに医務室に電話する。
箱入先生が出て、小林が骨折していることを話すとすぐにこちらに来てくれるという。
しばらくすると柵平が濡れタオルを持ってきた。店長と大洗さんも保冷剤と救急箱を持ってきてくれる。
患部に濡れタオルを巻き、その上から保冷剤を当て、包帯でそれを固定する。
すぐに箱入先生がくるからあまり厳重に手当てしてもかえって余計な時間が掛かる。
小林はさすがにまだ苦しそうだ。発熱と痛みで意識も朦朧としているだろう。
「節家先輩……」
不意に小林が話しかけてくる。
「どうした?」
「すみませんが、万屋さんの魔物のことは黙っててもらえませんか」
辛そうな表情を俺に向け、小林が頭を下げる。
「おねがいします」
深刻な顔からコイツが万屋のことを気にかけているのはすぐわかった。
「わかった、安心しろ。おまえが自分でボールを腕に落とした、それでいいな」
「ありがとうございます」
こんなときに他人を庇う心配とは。こいつにとって万屋はよほど大事な存在のようだ。
「柵平、コイツを見ていてやってくれ。俺は店の外で箱入先生を待ってるから」
「わかりました」
柵平に席を譲り、店の外へ出る。
しばらく待つと学園の車で箱入先生が駆け付けた。
症状と施した応急処置を説明しながら店の中へ案内する。
先生はすぐに蛇型の魔物『アスクレピオス』を召喚し、小林の骨折した腕に巻きつける。その後、持ってきた鞄から添え木と包帯を取り出し、蛇ごと折れた右腕を固定する。
「よし、これで大丈夫だ。じゃあ車に乗ってくれ、小林君。歩けるかい?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
口ではそう言うが熱と汗はまだ引いておらず、顔色も悪い。ふらつく小林を柵平が支え、3人で車に乗り込み医務室へと向かった。
俺は店長と大洗さんに礼を言い、宮ノ本と万屋の様子を見に行く。
2人は自販機コーナーのベンチに座っていた。万屋もだいぶ落ち着いてきたらしく、近づいてきた俺を見て立ち上がる。
「節家先輩、小林君は?」
泣きはらした目は真っ赤で、まだ涙声だ。
「大丈夫。骨折はしたようだが箱入先生が治療したからすぐ治るだろう。柵平と医務室に行ったよ」
「そうですか。先輩にもご迷惑かけてすみませんでした」
そう言って頭を下げる。
「先輩ありがとうございました。」
宮ノ本も立って礼を言う。
「いやいや、俺は大したことしてないよ。それよりあれ、小林が万屋に触ったからか?」
2人に初めて会ったとき、宮ノ本に言われた。万屋には絶対触らないようにと。どうやら万屋の意志に関係なく、魔物が勝手に出てきて攻撃するようだ。
「小林君が悪いんじゃないんです。私がぼーっとしてたから」
「小林はそうは思ってないようだ。骨折は自分でボールを落としたからだと言い張るって言ってたぞ」
「そんな……」
万屋はイイ子だからな。罪悪感を感じて当然だろう。
「どちらにしてもあれだけの怪我だから霧真者先生にも連絡が行くだろう。詳しい事情を聞かれるかもしれないからお前らも医務室に行った方がいい」
「……はい」
いつもの万屋とは違い、返事に元気がない。まああんなことがあったばかりだし、小林と顔を合わせるのが気まずいのだろう。
「万屋、宮ノ本。こんなときに何だが……小林のことどう思う?」
俺はいま、なんともおせっかいなことをしている。
2人が戸惑ったような表情でこちらを見返す。
「俺は悪いやつじゃないと思ってる。発現者としての素質云々を別にしてもだ。それにあいつはお前ら2人のこと好きだと思うぞ。」
自分で言ってて恥ずかしくなり、いつもの癖でそっぽを向いてしまう。なんで俺はこんなこと言ってるんだろ。
2人のほうも恥ずかしいのか、宮ノ本は俯き、万屋は顔を真っ赤にしている。
「だからあんなことくらいで小林がお前らを嫌いになるとは思えん。今会わなきゃお互い会いづらくなるだろ? あって一言謝りゃ元通りだ。あいつ頭悪そうだしな」
「そ、そうですよね。謝んなきゃダメですよね」
万屋がいつものように明るく答える。
「確かにアイツは頭悪そうですからね」
宮ノ本も照れながら悪態を付く。
「じゃあ先輩、あたしたち行ってきます。いろいろありがとうございました」
「ああ、気を付けてな」
万屋が宮ノ本を引っ張って店を出ていく。
しかしまあ柄にもないことをしてしまった。今でも顔が熱い。
「節家センパイかっこいい!」
後ろからからかうような声で抱きつかれる。
「大洗さん、今のは聞かなかったことにしてください。」
背中に密着する豊満なおっぱいを感じながら、俺は耳まで真っ赤にしていた。




