接触
レーンを転がるボールは徐々に左に寄って行き、左の溝へ落ちるかと思われたが”コツンッ”とかろうじて左奥のピンを1本倒して奥へと吸い込まれてゆく。
もちろん残りの9本のピンはきれいに並んだまま。
「小林君すごーい。74点とかどうやったらそんな点数とれるのかしらー。逆に天才ねー」
宮ノ本が棒読みで嫌味を言う。
「ぐぬぬ。黙れメガネ!」
今の一投で1ゲーム目が終わり、僕の最下位が決定した。
74点。
はじめてボウリングをした小学生女子のような点数に我ながら愕然とする。
「ダメな男は何やってもダメねー」
宮ノ本は4人の中でダントツトップの192点。
調子に乗ったメガネは死者に鞭打つかのごとく攻撃してくる。
「うるさい! 今日は……あれだ、あれ……ちょっとレーンコンディションが悪かっただけだ」
「普人くん、みんな同じレーンでやってるんだから」
こんなときでもサックが絶妙のツッコミを入れてくる。お前はどっちの見方だ。
「2人とも今日は仲良くね。ゲームなんだから両子ちゃんも意地悪しないで。じゃああたしジュース買ってくるよ」
万屋さんが各自にリクエストを聞き、自販機へと向かう。
「あ、僕も手伝うよ」
「うん、ありがとう」
1人じゃ大変かと僕も一緒に付いて行く。
「んーと、両子ちゃんがウーロン茶で、あたしと柵平くんがミルクティー、小林くんがコーラね」
僕が学生証を自販機にかざし、万屋さんがボタンを押す。
4本の缶ジュースが受取口に落ち、缶を取ろうと手を伸ばす。
同時に万屋さんも手を伸ばし、互いの指先が触れ合う。
瞬間、伸ばした右腕が誰かに掴まれる。
それは人の手ではなかった。
灰色の右手前腕だけが宙に浮いた状態で、その手は指が3本しかない。指は人のそれより一回り太く、長さも長い。関節は節のようになっていて、指先は爪が無く、若干尖っている。その3本指ががっちりと僕の右前腕の手首近くを握っている。
バキッ
と、不意に音がし、右腕に激痛が走る。
「ぐおぁああっ!」
俺がくぐもった呻き声を上げると、右腕だけだったものが徐々に全身の姿を現す。
前腕とひざ下は細めだが、肘と膝は節状に丸みを帯び、手と足は3本指。上腕と腿、胴はまるで骨がむき出しのように細いが質感は金属のようだ。腰部と胸から上は人の肉体のような見た目だが灰色をしている。頭も灰色だが、エイリアンのような流線型をしていて、顔はのっぺらぼうに2つの目が真黒く光っている。
そいつの右手は俺の右腕を指がめり込むほど強く握り締め、既に骨が折れているのが自分でもわかる。
「理紀に触るな」
そいつが言葉をしゃべった。どうやらこの化け物が万屋さんの魔物のようだ。
「握徒やめて!」
万屋さんがガクガク震えながら魔物に叫ぶ。
だが、依然として魔物は俺の右腕を放そうとしない。それどころか益々握る手に力を込める。このままだとやがて腕が引きちぎれてしまう。
「リキッドッ!」
左手でリキッドを呼び出し、すぐさまジェル状にしてエイリアンの顔に塗りつける。
先程確かにこいつがしゃべるのを聞いたが、正面から見てもどこに鼻と口があるのかわからない。
そもそもこいつが呼吸する生き物かどうかも不明だ。窒息させるのは無理か。
「目を狙え!」
卑怯だがそんなことも言ってられない。黒い眼にジェルが集まり、接着剤のようにくっ付かせる。
魔物は目についたリキッドを剥がそうとして、やっと俺の右腕から手を放す。
表面は硬質ゴムのように掴みづらく、接合面は強力にくっ付かせてある。そう簡単に取れるものではない。
だが、両目を覆うようにくっ付くリキッドを指でつまみ、そのままセロテーブでも剥がすかのように簡単に引っぺがす。
こいつどんな握力してんだ。
エイリアンが剥がしたリキッドを投げ捨て、こちらを向き、右手を伸ばす。また俺を掴む気か。
その右手を、横から振り下ろされた棒が叩き下ろす。
「やめなさい、握徒。理紀が泣いてるわよ」
声の主は宮ノ本だった。右手には先程振り下ろされた棍棒のような武器、左手には刀が握られている。これがこいつの魔物か。
そんなことより万屋さんは……
万屋さんは床にうずくまって震えている。顔を伏せていても時折漏れてくる嗚咽から泣いていることがわかる。
泣き伏せる万屋さんの姿を見た魔物は、一度こちらを見てから消えていく。
「万屋さん……」
名前を呼ぶが、何と言ったらいいか分からない。
僕の不注意で万屋さんを傷つけてしまった。
僕が怪我をすれば万屋さんが傷つく。
宮ノ本に前に言われた通りのことが現実になってしまった。
ついさっきまで楽しそうに話していた万屋さんが今では泣き崩れてしまっている。
上辺だけの友達ごっこで彼女の悩みを全然理解していなかった。
僕を応援してくれ、一緒に喜んでくれ、友達になってくれた彼女が目の前で泣いているのに、何もできずにただ突っ立っているだけだ。
「理紀は私が看るから、あなたは怪我の手当てをして。」
諭すような宮ノ本の言葉に黙って従うしかなかった。




