ゴールデンピース
5/3 (水) 午後 第2室内模擬戦場
「んじゃ召喚するよー」
そう言ってサックは右手を前に差し出す。その手のひらから光る物体が現れる。
蛙。
その姿はまさしくカエルだった。大きさは少し小さ目のガマガエルくらいだろうか。サックの右手のひらに丁度納まる大きさ。
だがその表面は雨ガエルのようにツヤツヤに光っている。
なにより目を引くのはその色だった。黄色、というか金色に近い。なんともド派手な色の魔物だ。
さらに普通のカエルとちがってしっぽが付いている。オタマジャクシのような、ドジョウのようなしっぽでけっこう太くてガッシリしている。
これがサックの魔物『ゴールデンピース』だ。
何度か見せてもらったことはあるのだが、近くでまじまじと見るとリアルにいそうな動物で妙に生々しい。
「ゲコッ」
ピースが一声鳴いてみせる。僕に挨拶でもしているのだろうか。
「こんちわ、ピース。おーし、じゃあ早速能力を見せてくれ」
「うん、わかった」
柵平君は頷いてピースを自分の右肩に乗せる。
ピースも自分の特等席を知っているらしく、自ら肩に乗り移って、こちらを向いてデンッと座る。
ピースから発する魔力が高まり、突然サックの周りに金色に淡くかがやく球体が現れる。
だがすぐにその球体は消え、球体内にいたサックとピースの姿も消える。
「どお、普人くん。見えてない?」
サックの声はするが、目の前には誰もいない。これがピースの能力らしい。
「すごいな。ほんとに見えなくなったよ」
先程サックがいた場所に手を伸ばそうとすると、なにか柔らかい感触に跳ね返される。
さっきの金の球体が風船のように召喚者を囲み、その中身を透明にして見えなくしてしまう様だ。
「殴ってみてもいいよ」
サックの指示通り、右の拳で目の前の空間を思い切りパンチすると”ぐにゅっ”という感触のあと、ゴム風船のように押し返される。
球体は弾力があり、あらゆる物理攻撃を跳ね返すとサックが言っていた。
「これはイイね。見えないし、バリアになるし、強力な能力じゃないの」
「じゃあ今度はリキッドで触ってみてよ」
僕の魔物でか? 正直硬さには自信無いんだけども。
右手のひらにリキッドを呼び出すと、すぐにおなじみのゆるキャラが姿を現す。
「きゅきゅう」
「おーしリキッド。おまえのパンチを見せてやれ」
リキッドを両手で抱え、風船バリアのあるであろう場所の前に掲げる。
リキッドはペンギンの羽のような腕の先をピンポン玉くらいの球状に変形し、僕の手のひらの上で振りかぶって前方にパンチする。
するとそのパンチが触れた空間がスッと音もなく溶けるようにひろがり、バリアに穴が開いた。
出来た穴からは中のサックとピースが見える。
「きゅうぅ」
手のひらのリキッドは得意満面だ。
「なるほど。このバリア、魔物には弱いのか」
穴を覗きながら中のサックと話す。
「そうなんだ。魔物が軽く触れただけですぐに穴だらけさ。だから発現者が相手だとバリアとしては役に立たないんだよねー」
サックの言う『悩み』とは自分の魔物の能力のことだった。
ゴールデンピースの能力は召喚者の周りに物理防御のバリアを張るものだが、魔物には弱い。魔力に弱いのかと思ったが、発現者の僕が殴っても穴は開かなかったので魔物の接触だけに弱いといえる。
人間相手なら鉄壁の守りだが、魔物が相手だと紙同然。
ステルス能力としての利点もあるが、魔物に当てずっぽうに攻撃されればさっきのように穴があいて簡単にバレてしまう。
6月からはじまる模擬戦は、僕が受けた試験のような発現者同士の1対1の決闘方式だ。ピースの能力にはかなり不利な条件と言える。
もう1つの問題は攻撃方法。
模擬戦では審判員である教師が相手を戦闘不能にしたと判断するか、対戦相手が負けを宣言する、あるいは最悪どちらかが死亡することで決着する。
多くの場合は相手の魔物を倒すことで一時的に戦闘不能にしたとされ、勝利と判定されるらしいが、召喚能力よりも憑依能力をメインで戦うタイプもいるため相手を気絶・拘束させたり、トドメをさせる状態に持ち込むことで決着がつくことも少なくないそうだ。
つまりタイムアップによる対戦内容での優劣の判定が無い以上、防御一辺倒ではまず勝てない。
特例として、戦闘には不向きだが他の分野での優れた特殊能力をもつ生徒には、模擬戦の成績にかかわらず進級・卒業できる制度もある。
しかし、バリアの能力は戦闘向きと判断される可能性が高い。
ピースの能力で攻撃する方法を考える必要がある。
「サック、バリア状態での移動はどんな感じだい」
手っ取り早いのはバリアを張った状態での体当たりだ。発現者には触れても溶けないので攻撃手段には十分なり得る。
「実際に中に入ってみた方が分かると思うよ」
サックがそう言うと先程リキッドが開けた穴が広がり、人が入れるほどの大きさになる。僕とリキッドがバリア内に入るとサックが穴を閉じる。
「バリアの穴開けと修復は瞬時にできるんだな」
「うん。但し穴のかたちはまん丸にしか開かないけどね。バリアは自分を中心にした球面でしか生成できないけど、大きさはある程度なら大きくもできるし、体を丸めれば小さくもできるよ。ボクがバリア内に全身納まってればok」
なるほど。味方も中に入れるってのは集団戦闘では便利だな。だが今は1対1だ。
サックが前に向かって歩き出す。するとその動きに合わせてバリアも移動する。常にサックを中心に動くようだ。
そのまま僕とサックの距離が開いていくと、僕の背中にグニュッと柔らかい感触が当たり、前へと押される。バリアの内側が当たったようだ。
「ごめん、普人くん。大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。どうやらバリア状態での体当たりはできそうだ。今度は外にいる僕に走って体当たりしてみてくれ」
ピースのバリアから出てその場で足を踏ん張り、両腕でガードした状態で衝撃に備える。
「サック、正面から当たってくれよー」
サックがいるであろう目の前に呼びかける。
「わかった、いくよー」
何もない空間から声だけ聞こえる。
歯を食いしばり、しばらく待つと、
ぐにゅっ
という感触が正面をガードする両腕に伝わり、そのまま軽く吹っ飛ばされる。
「普人くん、だいじょうぶ?」
地面に転がる僕を心配して柵平君がバリアを解除して駆けつける。
「ああ、大丈夫。しかし今のは使えるよ。ステルスで相手の意表を突けばけっこう強力かもね」
今のは体当たりが来る方向とタイミングがだいたい分かっていたからこの程度で済んだが、これが何時どこから来るか分からなかったら立派な攻撃手段になり得る。
欲をいえばバリアの硬さがもっと硬ければさらに強力になるのだが。
「サック、バリアの硬さは変えられるのかな?」
「いや、残念ながらそれは出来ないみたいなんだ。あのゴムみたいな感触でしか壁を張れないようでね」
そりゃ残念。
「でも攻撃方法が無いよりは全然いい。あと注意すべきは攻撃が気付かれないようにすることかな。ダッシュしてスピードをつければより強力にはなるけど、走る音で気付かれればかわされる可能性も大きくなる」
「うんうん」
だが正直体当たりだけでは心許ない。いくら隙を突けたとしても押し倒す程度では余程当たりどころがよくないと決定的なダメージにはなり難い。
さらに体当たりすることで自分の位置が相手に分かってしまう。体当たりを喰らった相手にすぐに魔物で反撃されたら逆効果だ。
「他にピースの能力は何かないかな。本当にこのバリアだけ? バリアの応用でできることとかもない?」
一応念を押して聞いてみる。これは大事な問題だ。柵平君の命が掛かってるといっても言い過ぎじゃない。実際模擬戦で死者も出ているというし。
「うーん、一応バリア状態なら空とべるんだけど」
……え。
「なんでそれ早く言わないの!」
エヘヘと作り笑いするサックの肩を掴んでブンブン揺らす。
「ゲコッ」
揺れる肩の上で、ピースが間の抜けた声で鳴いた。




