2人の恩人
4/14 (金) 夕方 玄関ホール
数分後、箱入先生が頭の蛇を取りに来た。左目の腫れもすっかり引き、眼球の診断も問題なかったため帰宅の許可がおりた。
柵平君と学園玄関へ向かうと、玄関ホールで養ちゃんに出くわした。売店に行った帰りなのか、ビニール袋を右手に持っている。
「やあ」
昨日と同様、養ちゃんは気さくに僕に声を掛けてくる。
「あ……火田先輩こんにちは」
一瞬『養ちゃん』と声を掛けそうになったが、柵平君の手前3年生に”ちゃん”付けしたのでは養ちゃんの先輩としての示しがつかない。
「こんにちは、小林君。もうこんばんはかな?」
さすがに機転の効く養ちゃんはすぐに僕の意図をくんで対応する。
養ちゃんの言う通り日はすでに沈み、外は薄暗くなっていた。
「おとなりのかたは小林くんの彼女かな?」
これは冗談とも本気ともとれる質問だ。男子の制服を着ていても柵平君は女の子そのものの風貌だからだ。しかもかなりの美少女だ。
「こんばんは、はじめまして先輩。僕は小林くんの友人の柵平っていいます」
柵平君は丁寧にお辞儀して挨拶する。いや、まずは男であることを主張したほうがいいぞ。
「それは失礼しました。僕は3年の火田です。よろしくね、柵平くん」
養ちゃんも笑顔で自己紹介する。しかし2メートル近い養ちゃんと150センチあるかないかくらいの柵平君が向き合うとほんと大人と子供だな。
「火田先輩は僕の幼馴染みでね。子供のころからいろいろお世話になってるんだ」
「へー、そうなんだ。ところで火田先輩って、学園ランク1位のあの火田さんですか?」
「あー、まあ一応そうだけど。ほんとたまたま1位になったってだけなんだけどね」
養ちゃんが苦笑いで謙遜する。
「え、そうなの?」
そんなの初耳だぞ。養ちゃんなぜ僕に言ってくれない。いや、そんな自慢じみたこと養ちゃんが自分から言うはずないか。
しかし養ちゃんが1位となると俺なんて全然無理だな、まあ分かってたけど。霧真者先生のおっぱいが遥か遠くに思える。
「ところでなんで柵平君がそんなこと知ってんの?」
「やだなー、普人くん。学園ランクはそこに出てるだろう?」
そういって柵平君は玄関ホールの掲示板の上を指差す。そこには生徒の名前が書かれたプレートが横一列にズラッと吊り下げられていた。
「あれ、あんなのあったんだ」
ムダに広い玄関ホールなのでいつも下の掲示板だけ眺めて教室に直行していた僕は気付かなかった。まあ、それを教えてくれるような友達が誰もいなかったとも言えるが。
向かって一番左に『火田 養助』と書かれたプレートが掛けられ、その上には『1』と書かれている。
「火田先輩は今のとこ6か月連続で1位らしーよ。とにかく無茶苦茶強いって評判なんだから」
「いやいや、やめてくれよ。ランク上位者の実力なんてほんとに僅差だし、僕なんて全然たいしたことないよ」
柵平君の褒め殺しに養ちゃんは少々困惑気味だ。6か月連続ってことは2年のときから1位になってたってことか。改めて養ちゃんの偉大さと自分の小市民さを実感する。
「僕の名札もあるのかな?」
自分の名札を探そうとする僕に柵平君が教えてくれる。
「まだ1年生は模擬戦やってないから無いらしーよ」
なるほど。
「6月から1年生も模擬戦に加われるから7月には君たちの名札もここに掛けられるよ。2人の順位を楽しみにしてるよ」
養ちゃんがそう言うが、僕の特等席は右側の方になりそうだ。
「ところで小林君、試験の結果はどうだった?」
こちらも養ちゃんに結果を知らせようと昨日もらったメアドにメールを送ろうとしていたところなのでちょうどよかった。
「さっき先生から聞いたところ合格だそうです。これも火田先輩が昨日アドバイスしてくれたおかげです。ありがとうございます」
僕は養ちゃんに深々と頭を下げる。本当にこの人には頭があがらない。昔から僕をいろいろ助けてくれたし、今日の試験も養ちゃんの助言がなかったら今頃死んでいただろう。
命の恩人という言葉は養ちゃんには決して大げさではない。
「ありがとう、養ちゃん。ほんとうにありがとう」
頭を垂れたまま、僕は大泣きしていた。両目から廊下に大粒の雫がぼたぼた落ちていく。
自分から言い出した敬語も忘れ、ただ素直な気持ちを口にした。
「頭をあげてくれよ、普ちゃん。僕は助言しただけで合格したのは君だよ。君の実力と努力で発現したんだ、胸を張っていいよ」
晋ちゃんは僕の肩をやさしく掴み、そのまま上半身をゆっくり起こさせる。彼には涙と鼻水を流す僕の顔が見えているだろう。
「普人くん、これ使って」
柵平君がキレイに折りたたまれたハンカチを差し出す。
「ありがとう」
彼の好意をありがたく頂き、ハンカチを両目に当てて涙を吸い取る。鼻水はズルズルッと吸い込む。
「鼻水も拭いていいから」
「マジですか」
ありがたくハンカチを広げ、鼻をかむ。さすがに鼻をかんだモノをそのまま返すわけにはいかない。
「洗濯して返すから。洗濯して陰干しして返すから」
鼻声で柵平君に言う。
「いいよ、日向干しで」
柵平君も軽く突っ込みでかえしてくれる。
「普ちゃんはいい友達ができたね」
養ちゃんも柵平君の人柄を理解したようだ。確かに彼はもう僕にとって大事な友達だった。




