メスブタめがね
霧真者先生は報告書をまとめるとかで職員室へと帰って行った。それと入れ替わるように3人のクラスメートが保健室を訪れた。
「普人くん、だいじょうぶ? ていうか、頭に蛇噛み付いてるけど」
柵平君が心配そうに尋ねる。
「ああ、これは保健医の箱入先生の魔物でね。こうしてると傷を治療してくれるんだよ」
「へー、それは凄い能力だね」
「と、ところで小林君、試験の結果、どうだった? もしよければ、教えて欲しいんだけど」
万屋さんが遠慮がちに尋ねてくる。昼間あんな失礼な態度をとってしまったのに僕を心配してわざわざ来てくれたのか。なんて優しい人なんだ。
「ああ、なんとか合格したみたいだよ。また月曜から同じクラスでよろしくお願いします」
「やったね、小林君。おめでとう!」
「さすが普人くん、やっぱり普人くんはすごいよ。おめでとう」
2人が満面の笑みで僕を祝福してくれる。こんなに人から祝ってもらったのは家族と養ちゃん以外でははじめてだな。同級生で僕を祝ってくれる人がいるなんて思いもよらなかった。
いままで友達なんて必要ないと思い込んできたが、こんな体験をしたら誰だって考え直すだろう。
「ありがとう。2人が応援してくれたおかげだよ」
言ってからもう1人の女子生徒と目が合う。
「ご、ごめん。3人が応援してくれたおか……」
「私は応援してないわ」
その女子生徒、メガネをかけたいかにもインテリ風の美少女が喰い気味に僕の言葉を否定する。
一瞬にして和やかだったその場の空気が凍りつく。
「……あ……そう、ですか……」
擦れる声でなんとか搾りだした精いっぱいの言葉だった。だが引きつりまくった顔はどうにも誤魔化せない。
なんなんだこのクソ女。お高くとまりやがって。じゃあテメーは何しに来たんだ金魚のフン野郎。ちょっと美人だからって、ちょっと乳デカいからって調子こいてんじゃねーよ、オニ女!
その無駄にデカい乳揉みしだいてやろーか、このメスブタめがねがああぁ!!
大人げないとは分かっていても大人じゃないんだからしょうがない。血管ブチ切れそうなほどの不機嫌オーラを俺は周囲に放ちまくる。
クソメガネ女も『何が悪い』と憎たらしい顔で睨み返してくる。
さすがに温厚な2人はヤバいと感じて止めに入る。
「あー、いや、そんなことは無いんじゃないかな。宮ノ元さんもこうしてわざわざ心配して来てくれたんだし。ね、普人くん。ね」
鼻息荒い俺をなだめるように柵平君が必死にフォローする。
「ちょっと両子ちゃん。今のは小林君に失礼だよ。謝ったほうがいいよ」
万屋さんがメガネに謝罪するよう促すが、メガネはそっぽを向いて無視を決め込んでいる。
「きゅきゅ?」
ベッドの上にいたリキッドが何の騒ぎかと身を乗り出す。
「あ、かわいいー。これ小林君の魔物?」
話を逸らそうと万屋さんがリキッドに注意を向ける。
「こんにちは」
屈んで顔を近づけ、やさしく挨拶する。相変わらずの天使のような微笑みだ。むっつりメガネとはえらい違いだな。
「きゅきゅうっ」
リキッドは霧真者先生との抱擁を再現しようとしたのか、ベッドからジャンプ一番万屋さんの豊満な胸めがけてダイブする。だが、次の瞬間
ガシッ
と万屋さんの隣にぴったりくっついていたメガネ女がリキッドの顔を鷲掴みにキャッチする。
アイアンクローをされながらリキッドはそのペンギンのヒレのような両手でメガネ女の掴む手をペチペチと必死に叩いて放そうとするが、見た目通り全く効いていないようだ。
メガネは掴んだリキッドをそのまま俺に放ってよこす。
俺はリキッドを両腕で抱き止める。一瞬怒りが込み上げたがメガネの奥の真剣な眼差しに気付き、すぐに冷静になる。先程までの人を小馬鹿にしたような瞳ではない。目の前の敵に真剣に向き合う覚悟の眼差しだ。
なにかおかしい。そして昼間の件を思い出す。
そう、昼間万屋さんに握手を求めたら異常なほど拒否された。僕を嫌がって拒否したと思っていたが、そんなに嫌っているならなんでわざわざ昼休みの時間を割いてまで僕を励ましに来たのだろうか。
はじめて話してみてその場で僕を嫌いになったとも考えられるが、だったら今ここに来る理由がない。
なにより僅かな時間だが、彼女と話してみてこの人は嫌いという理由だけで他人を傷つけるような真似を絶対にしない人だと確信できる。
ぼくは万屋さんの方をまっすぐ見る。力まず、緩めず、ただ平常心で、隙だらけの姿勢で。
彼女はメガネ女の影に隠れるように縮こまり、伏し目がちにじっとしてこちらを見ようとしない。
なにかを怖がっているように見受けられるが、それは僕でも、リキッドでも、柵平君やメガネ女でもない。
今予測できるのは2つ。
他人や魔物が彼女に触れると『何か』が起こる。
そしてその『何か』をメガネは知っている。




