liquid
4/14 (金) 夕方 医務室
目を覚ますと僕はベッドの中にいた。
あれ? 夢オチ?
と、心のなかで小ボケをかましつつ周りを確認する。
簡素なつくりながら硬すぎず、柔らかすぎずの丁度いい硬さのベッドに体を横たえ、周囲は病院でよくみる薄いカーテンが引かれ、枕側は壁に接している。
部屋は薄暗く、右手のカーテンにはオレンジの光が淡く当たっていることからそちらには窓があり、どうやら日が沈みかけてるようだ。
体はなんとなくダルさがあったが、ふと左脚の火傷が気になったので掛布団を折り、上体を起こす。
服は入院患者がよく着る薄いローブを着ていたが、両腕の違和感に気付き、袖をまくってみる。左目はまだ少し腫れているようで視界がぼやけるが、僕の両腕にはなにか緑の物体が巻かれているようだ。
両腕を顔に近づけてその物体を確かめる。紐状のそれは模様が刻まれ、その先端は少し膨らんでいて僕の手首にしっかりとくっついている。よく見ると丸いガラス片が付いていて、顔を近づけるとわずかに動いた。
すぐにそれが目玉だと理解した。簡単に言うと両手に蛇が1匹ずつ巻きついていた。しかも2匹ともガッツリ手首部分を噛んでいる。
「おぅわっ! なんで?」
驚きの声を上げるとともに率直な疑問を口にしたが、蛇が答えるわけもない。だがよく見ると蛇の巻き付いた腕はやけどが消えていた。たしかに不死ガラスの炎を受け、皮膚が焼けて赤く腫れ上がっていたはずだった。
慌てて下半身にかかった布団をめくる。ローブの裾をめくるとそこにはやはり左脚に巻き付き、膝頭に噛み付いた状態の蛇がいた。しかも肉が剥げ落ちた状態だったはずの左脚も、何事もなかったかのようなピチピチの健康体に戻っていた。
これはどうやらこの蛇が体の傷を治療してくれているようだ。見た瞬間びびって引き離そうと思ったが、やらなくて正解だったようだ。
腕に巻き付いた蛇を指先でツンツンしているとガラッと引き戸を開けるような音が左側から聞こえた。カツカツとそのまま靴音がまっすぐ近づいてきてシャッとカーテンが引かれる。
「なんだ、起きてたのか」
白衣の箱入先生が立っていた。
「あ、どうも」
「傷はどうだい?」
言って先生は蛇が巻き付いた僕の両腕と左脚を見る。
「うん。どうやらもう大丈夫そうだね。はい、おつかれー」
そう言うと蛇たちは噛んでいた牙を放し、ニョロニョロと箱入先生の元へ集まる。先生が手をかざすと蛇たちは姿を消した。
「この蛇って先生の魔物ですか?」
分かりきった質問で相手からの詳しい説明を待つ。
「ああ、こいつらは患部を噛んだり巻きついたりすることで傷を治してくれるんだ。まあ傷の具合によって治療に多少時間がかかるのがネックだけど、通常の医者が治せないようなかなりの重傷も完治可能だから重宝してるよ」
「へえー、そいつは凄いですね」
世の中にはなんとも便利な魔物もいるもんだ。
「じゃあ、左目の方もやっちゃおうか。そのままじっとしててくれ」
先生が右手を差し出すと腕に巻き付いた状態で緑の蛇が召喚される。そのまま蛇の頭が僕の左目上部に近づけられると、
かぷっ
と、蛇が瞼に噛み付く。
「おうぅ」
僕が噛まれた痛みに軽く呻くと
「はい、ガマンガマン」
とまるで子供の注射の痛みをあやすように先生が笑顔で言う。そのまま蛇は体を先生の手から僕の頭へと移動し、ぐるっと頭を1周して巻きつく。
「じゃあそのまましばらく噛ませておいてくれ。大した傷じゃないから30分ほどで治ると思うよ」
頭に蛇が巻きついて左目を噛まれてるとゆーなんともシュールな恰好を強いられる。
「先生、これ見た目大丈夫ですか? おかしなことになってません?」
「んー、まあ、稀によくあることだから」
ノリのいい先生は嫌いじゃない。きらいじゃないぞ、箱入先生。
「じゃあ待ってる間に腕と脚の確認やっちまおうか」
そう言って腕と脚の触診を始める。
ベッドに腰掛けた状態で患部を指で押さえたり、叩いたりして痛みがあるか確認したり、普通に曲げ伸ばし可能かを確かめる。
「おーし、ダイジョブそうだ。じゃあもう着替えていいぞ。さっき備品課に新しい制服発注しといたから。学生証も焼けてたんで新しいのが胸ポケットに入ってるそうだ。靴は適当なのを選んだってよ」
見るとベッド横のキャビネットの上に新品の制服が置いてある。サイズは全て学園のデータに記録されているのでぴったりだった。靴も足のサイズにぴったりのものだ。
「何から何までありがとうございます。おかげで助かりました」
「まあ、仕事だからね。とはいえ感謝されれば悪い気はしないぞ。俺は褒められて伸びるタイプだからな」
この人はまじめだがユーモアがある。人に好かれるタイプだな。医者にはもってこいの性格だ。
「で、試験の結果なんだが……」
言われて気付いた。僕はまだ試験に合格したとは聞いていないことに。途中で教師が止めたらそこで即合格と思い込んでいたが、試験が終わるだけで合否の判定云々は別だったのか。
どうなるんだ僕は。緊張しながら箱入先生の言葉を待つ。
「今先生方が会議していて、霧真者先生と梅田先生が試験の経過を学園長やほかの教師陣に説明して君の処遇を話し合っているところだ。そろそろ結論が出るだろうからそれまでここで待ってろってはなしだ」
まあ試験が終わった今、もう僕にどうこうできる問題ではない。
「そうですか……あの、ここで魔物呼び出してみてもいいですか?」
「ああ、構わんが暴れさせないでくれよ。俺はとなりの部屋で報告書書いてるから何かあったら呼んでくれ」
「はい、わかりました」
正直自分が本当に発現したのか気になっていた。試験のときだけたまたま発現しただけで、もう召喚できなくなってるんじゃないかと心配だった。
箱入先生の背中を見送り、早速右手を出し、そこに魔力を集中させる。手のひらの中央から小さな水滴が現れ、それが徐々におおきな玉になってゆく。ちょうど手のひらの大きさになったところで召喚を止める。
すると水の珠はゆるキャラへと姿を変える。
「きゅきゅ?」 (呼んだ?)
相変わらず見た目通りのおとぼけキャラだが、我が魔物ながらカワイく思える。これが親バカってやつだろうか。
「ああ、特に用はないんだけど。お前はほんとに僕の魔物なんだな」
改めて見てもなんだかうれしくて自然と顔がにやけてしまう。
「きゅきゅう」 (そりゃそうだろ)
「そーいやまだ名前聞いてなかったな」
魔物の名前ってのは人それぞれで、魔物自身が名乗る場合もあれば発現者が決める場合もあると授業で聞いた。特に決まりはないが、魔物との関係は円滑にしたほうが能力を最大限発揮させやすいという定説があるので相手の意見も尊重すべきだろう。
「きゅうぅきゅきゅう」 (まだないよ)
「そうかー。んじゃそのまんま『スライム』ってのはどうだ?」
「きゅうきゅうう」 (ダサい)
まあこれで『スライム』じゃあ逆にカッコわるいよなー。
「んじゃ『液体』ってどう?いや『水』かな? 英語のほうがいいか、『ウォーター』」
「きゅうきゅきゅきゅうう」 (もうちょい呼びやすいの)
「うん、そうか。じゃあ『リキッド』は? 『リキッド』って呼びやすくない?」
「きゅううっ。きゅうきゅう」 (うん。いいねそれ)
「おーし、お前の名前は『リキッド』に決定!」
「きゅきゅうぅ!」 (おおー!)
2人で右手を上げ、ガッツポーズする。
「まあ試験に受かればの話だけど……」
「きゅうぅ……」
2人とも一気に冷めてしまった。




