たられば論議
4/14 (金) 夕方 学生食堂
「節家くーん」
食堂に入ってきた白髪頭の2年生に軽く手を振る。節家君は軽く会釈して僕のいるテーブルに歩いてくる。
「いやー、おつかれさま。とりあえずこれでも飲んで。まだあったかいから」
さっき自販機で買った缶コーヒーを差し出す。
「すみません、火田さん。では遠慮なく頂きます」
なんとも硬いなー節家君は。だがそこが彼のイイところだ。人見知りだが至ってまじめなところが普ちゃんに似ている。
僕が彼とこうして仲良くなったのはそのせいもあるかもしれない。
「パンも好きなの食べていいよー。まあここのはみんなタダだから偉そうなことは言えないけどね」
節家君を待つ間、学生食堂内の売店で6個ほど買ったパンを食べていた。とはいってもここの学園内ではすべて無料で購入できる。
店員に学生証を提示すればカードリーダーに通して学生の購入履歴は記録されるが、特におかしな買い方をしなければ何を買ってもokだ。もちろん自販機もカード式。
まあ、僕の場合は食品購入額が多すぎると1年のときに先生から呼び出しを喰らったが。
「いえ、俺は結構です。すみません」
「謝るところじゃないぞ、そこ。もうチョイ気楽にいこう、ね」
初めて会ったころの彼はもっとガチガチで、まるで就職面接でもしてるみたいに僕に接してたからなー。今では缶コーヒーを一緒に飲めるまでになったけど、僕的にはもうちょい仲良くなりたいんだがねー。
新たな菓子パンの袋を開けながら尋ねる。
「ところでどうだった? 不適合者判定試験のほうは」
不適合者判定試験の試験官は毎年2年生のなかから優秀な人材を選出することになっている。教師陣が普段の成績や性格を考慮して将来有望な生徒を選び出すのだが、今年はちょっと揉めた。
理由は簡単。今年の2年生は節家君1人しかいないからだ。
今年は3年生から出したほうがいいのではとの声もあった。成績上位者の3年生にも先生たちから意見を求められた。だがそこで僕は節家君を強く推した。
彼は学業の成績も優秀で実戦能力も高く、3年生でも彼ほどの実力者は片手で数えるほどだった。
ただ、やはりネックとなったのは精神面の不安だっだ。
去年の冬、当時の1年生11人のうち10人が野外実習で亡くなった。節家君だけはその不死身の能力で生き残ったが、発見されたときは黒かった髪の毛が真っ白になっていたそうだ。
そんな経過もあって、まだ彼の心的回復が不十分ではとの意見が出るのも当然だった。
それでも僕は彼を推した。ここで周りが変に気を使うと発現者としての彼にとっては逆にマイナスだと感じたからだ。
節家君は確かにストイックな分、繊細な部分もある。あの事件で多大なショックを受けたのは想像に難くないが、彼は能力的にも精神的にも強い。だから僕は試験官に推薦した。
とはいえ結構心配だった。僕の選択で彼の発現者としての将来が台無しになってしまうかもしれないという疑念が頭の片隅にくすぶっていた。
「まあ、なんとかなりましたよ。はじめの奴はすぐに片付きましたけど、2人目はかなりてこずりました。火田さんの言った通りのヤツでしたよ。なんとゆうか、ちょっと変わったヤツ」
「はは、悪いね。試験前に変な先入観植えつけちゃったかな?」
昨日の夕方、普ちゃんと再会して話したあと僕は節家君に会って彼のことを話した。普ちゃんは良いヤツだと伝えたかっただけで別に手を抜いてくれとは言ってないし、不正やひいきをするつもりで話したのではなかったが……
ただ、普ちゃんと節家君の両方に生きていて欲しかった……ってことはまあひいきで不正だなこりゃ。
「いえいえ、火田さんの知り合いだからって訳じゃなくて、実際小林はかなりの素質があるし、人間的にも悪くなさそうでしたよ」
「へー、こりゃまたベタ褒めだね。普ちゃんがきいたら喜ぶだろーね」
控え目で無口な彼がお世辞だったとしても他人を褒めるのはめずらしい。
僕の顔はニヤけきっていただろう。節家君の言葉が、なんだか自分が褒められたかのように嬉しかった。
「ところで、君自身のほうはどうだった?」
思い切って核心にふれる。
確かに普ちゃんのこともかなり心配だったが、この試験はもともと彼が今後発現者としてやっていけるかを占う意味合いが強いものだった。
「俺、ですか?」
少し驚いたような表情を見せる。
「僕は普ちゃんが試験を受けなくても試験官に君を推薦していたよ。実際普ちゃんが受験者と知ったのは君が試験官に決定したあとだしね」
「いや、俺はそんなふうには思ってません。火田さんは優しいですが、知り合いのために不正をするような人じゃないことはよくわかってます」
「ありがとう。でも今は僕のことはどーでもいいんだ。大事なのは君だ。今日君は実戦形式の試験で1人を殺し、1人を殺しかけた。そのとき君は冷静だったかな?
例えば、なにか激しい感情に支配されていなかったかい。恐怖、怒り、憎しみ、罪悪感……確かに実戦ではそういったものは全くゼロではない。
しかし、発現者は常に冷静な判断力と行動力が必要だ。今日の試験で君はそれができたかい? 去年の事故を、失った同級生たちを思い出さなかったかな」
僕は去年の事故のことは詳しくは知らない。そもそも事故なのか、事件なのかも学生には知らされなかった。節家君も学園に口止めされているのか詳しく話そうとしなかった。
「俺はもう大丈夫です。常に冷静でしたし、目の前の敵を倒すことだけに集中してました。与えられた任務は必ず遂行します」
その芯の強さから、恐怖で戦えなくなったり怒りにまかせて暴れるといった精神の異常は彼には心配ないようだ。
しかし逆の心配が彼の最後の言葉から感じ取れた。
僕は袋から半分ほど出したコッペパンにかぶりつく。
「んー、甘い。ピーナツバターか。カロリー高そうだなこれ」
激甘のピーナツバターがたっぷりサンドされたパンを頬張る僕を、節家君は真剣に見つめている。
「節家君は今日の試験で普人君のことどう思った? やなヤツと思った?」
「いいえ、そんなことは。むしろ興味がありました。どんなヤツなのかなーと」
「彼が発現していなかったら、彼を殺していた?」
我ながら嫌な質問するなー。
「それは……正直、わかりません。確かに不適合者を殺すのが役目ですが、殺したくないと思ったのは事実です」
「与えられた任務が常に正しいとは限らない。それが発現者の仕事だと言われてなんの罪もない人間を殺せるのは優秀と呼べるのかもしれない。でもねー、そーゆうのヤダよねー。僕たち殺人マシンじゃないんだから」
缶コーヒーを一口飲んで口のなかのパンを胃へ流し込む。
「確かに発現者は無法の存在だから常に命の危険に晒されてるといっても大げさじゃない。この学園に入った生徒でも毎年死者がでるくらいだからね。常に冷静に任務を遂行するのも大事だけど、それだけの人生ってなんかこう……つまんないなーと……言い方わるいかな」
「わかります、ニュアンスは」
節家君は固唾をのんで僕の話に聞き入っている。そのまじめさは時々僕には危うく映ってしまう。
「戦いでは冷静に、でも人間の”情”っていうのかな、自分の素直な感情もあったほうがいいと思うんだ、矛盾してるように聞こえるかもしれないけど。節家君はそれを捨てようとしてないかと心配なんだよね」
「はい……」
節家君は俯いてしまった。どうやら彼を悩ませてしまったようだ。
「まあともかく実戦形式で問題なく戦えることは周りに証明できたんだから当面は安心だよ。さすがは節家君だねー」
場を和ませようと褒め殺してみたが彼は俯いたままだ。やばいな、本格的に考える人モードになってしまったか。
「……火田さん」
「はひっ!」
とっさに名前を呼ばれ、悲鳴のような返事をしてしまう。
「もし火田さんが試験官で小林が発現しなかったら……奴を殺してましたか?」
うっ、やな質問するなー。さすがは節家くん。
「いいや。殺さなかっただろうねー」
「じゃあもし俺が小林を殺していたら、火田さんは僕を恨みましたか?」
なにこれ地獄。
「うーん……恨まない、かなー……」
節家君が泣きそうな目でこちらをみてくる。やめてくれー、そんな目で見ないでー。
「でも、もし赤の他人が普ちゃんを殺していたとしたら、試験とはいえそいつを確実に恨んでるよ」
恨むどころじゃない。魔物に手足喰い千切らせてじわじわ火あぶりにしてから脳天ブチ割ってるな。おっといかんいかん。つい感情移入して相手を殺すさまを妄想してしまった。
節家君がこちらを見る顔が怪訝なものに変わっていた。
「ま、まあ僕は君の思うほど公明正大な人間じゃないってことだよ。好きな相手にはエコヒイキするし、嫌いな奴にはそれなりに対応する。でも人間ってそういうもんだよ。それを完全に消し去ることなんて不可能だと思うし、消す必要もないと僕は思ってる」
「なるほど」
「だから節家君には完璧な発現者よりも人間味のあるヒトになって欲しいなー……なんて思ったりするんですよ」
「なるほど……」
節家君は再び俯いて考え込んでしまった。まあ、生真面目な彼らしいが。
「いや、わざわざ呼び出して悪かったね。試験官おつかれさま。僕はこれからちょっと医務室寄って帰るよ」
残りの菓子パンと空き缶を抱え、席を立つ。
「あ、火田さん。小林のとこに行くんなら1つ頼みがあるんですが」
「ん? なんだい」
食堂の出入り口にあるごみ箱に空き缶と菓子パンの袋を捨てながら尋ねる。
「小林に伝えてくれませんか。俺が『落ちこぼれは取り消す』って言ってたと」




