試験終了
「うぉあっぢっ!」
左腕が炎に包まれる。やけどを負っていた腕が再び焼けただれる。試験が終わってもこの腕は治るだろうか。
ともかく作戦は成功だ。節家先輩は窒息状態で苦しんでいる。
もういいだろ。はやく終わってくれ。先生たちが止めないなら先輩を殺すことになってしまう。
もうこれ以上の攻め手が無いため先輩の顔に張り付いた魔物を簡単に剥がすことはできない。
試験での殺傷はなんの罰則もないとはいえ、相手は人相は悪いが極悪人でもなんでもない。ただの試験官だ。加えてけっこうイイ人そうだ。
もちろん僕は節家先輩がヤバくなったらすぐにマスクしている魔物を剥がすつもりだ。
梅田先生の方をチラっと見るが、ブザーのスイッチを持ったまま腕組みをしてまだ成り行きを眺めている。
霧真者先生は結構イライラしだしているようで、梅田先生の方を睨むような目で見ている。
油断するな、人の心配より自分のことのほうが先だ。
まだカラスは1羽残っていて、こちらは左の腕と脚はもうボロボロ。
先輩が窒息する前に僕を焼き殺すことも可能な状況だ。
こちらの魔物は……はじめに先輩に投げて外した分が小さ目のゆるキャラに姿を変え、トコトコとこちらに戻ってくる。もうこいつしかいない。
さらに、魔力の消耗も激しい。
召喚された魔物は召喚者の魔力を使って能力を発揮したり、攻撃をおこなう。操作に慣れてないせいもあるが、もう正直これ以上の召喚は不可能だ。
火炎放射をしていたカラスはすぐに炎を吐くのを止めた。おかげでまだ僕の左腕はやけどだけで、黒焦げにならずに残っている。
呼吸ができずに苦しむ先輩を後目に、カラスが飛び去ってゆく。
その先には拘束されたカラスたちが倒れており、その2羽へ炎を浴びせる。
ゴワアアッ
と火炎放射を喰らった2匹は拘束していた僕の魔物といっしょに燃え上がる。
当然スライムの方はあっという間に消えてしまい、2羽の不死ガラスは燃える体を地面に擦りつけて消火し、何事もなかったかのように3羽がこちらに飛んでくる。
まずい、今の状態で3羽相手じゃ到底逃げ切れない。
だがカラスたちは予想に反してそのまま先輩の方へ向かう。
突然3羽の体が光り、先輩の体へと吸い込まれてゆく。
あれは……もしかして『憑依』か?
魔物の能力を使用する方法は『召喚』と『憑依』の2種類がある。
この2つは相対する魔物の特性で、召喚は魔物本体が現れて攻撃や能力を使用するのに対し、憑依とは発現者と一体化することで発現者に特別な能力を付与することを言う。
1年生はまだ憑依の実習は行っていない。もちろんさっき発現したばかりの僕はやったことなど無いし、見るのもはじめてだ。
先輩は窒息で苦しみながらも魔物を憑依させる。どんな能力を使えるのかまったく予想できない。
発現者となった僕は既に魔力をはっきりと感じ取れるが、先輩の体から溢れ出るオーラの強さに驚く。先程までの召喚状態でのオーラとは量も質も段違いだ。
それまで苦しんでいた先輩はもがくのを止め、悠然と右の拳を握ったかと思うと無造作に顔に張り付いた僕の魔物を殴る。
と同時に、
ボギャンッ
という爆発音が鳴り響き、粘液の魔物が先輩の口元とともに粉々に吹っ飛ぶ。
派手な爆発とその衝撃的な光景に息をのむ。爆風の煙に包まれながら、血だらけの先輩の顔が見える。
これが不死ガラスの憑依の力か。殴って爆発を起こす能力のようだ。
だが、先輩の顔も拳も爆発の威力でかなりの深手を負っている。肉が吹き飛び、周りは血で汚れ、削れた肉の下からは白い骨が見える。
「先輩、だいじょうぶで……」
『だいじょうぶですか』と尋ねるより速く、先輩の負った傷はみるみる再生していき、完全に傷口が塞がり元通りになる。
不死ガラスの不死身の能力も兼ね備えているということか。
節家先輩が無言で拳を構える。
禍々しいほどの強烈な魔力が全身から静かに溢れ、その冷たい視線に背筋が凍る。いままでの先輩とはまるで別人だった。
だめだ、この人には勝てない。そもそも勝ち負けのレベルではない。確実に殺される。
怖くてまともに見れないくらいだ。ゆるキャラの姿をした魔物もすっかり怯えきって僕のズボンのすそにしがみつき震えている。
圧倒的なレベルの差を付きつけられ、今までの戦闘がただの遊びだったと痛感する。
ビーーーーッ
と、突然ブザー音が響き渡る。
「はい、そこまでー。これで不適合者判定試験は終了ー」
梅田先生がおどけた口調で言うが、冷や汗がダラダラと止まらない僕は待ちに待ったその言葉が耳に入ってこなかった。
先輩は両の拳を降ろし、体から3羽のカラスが出てくる。カラスたちはそのまま消えるように姿を消した。
「……っ、はあっ、はあっ……」
先輩のプレッシャーから解放され、震える体で息を切らせる。安堵感といままでの疲れでその場にゆっくりと座り込む。
「小林くん、だいじょうぶ? 箱入先生ー、おねがいしますー」
歪んだ視界の片隅で、霧真者先生が箱入先生を呼んでいるのが見える。
僕はそのまま意識を失っていた。




