トカゲのしっぽ
「久しぶりに1杯どうだい、梅ちゃん」
「おいおい源次郎、学園長さまが昼間っからいいのか?」
相変わらずおどけたしゃべり方で冗談とも本気とも取れる話しかたをする。
「今日は学園は休みだよ。それにここは普通の学校とは違うんだ。誰に何を咎められることもない」
「それじゃ遠慮なく頂こうか」
内線でバーボンを頼む。
程なくして琥珀色のボトルとロックアイスが入ったグラスが2つ、ミネラルウォーターをのせたトレーを秘書が運んできた。
グラスに酒を注ぎ、片方を色黒のいかつい大男に渡す。
「おー、サンキュー」
梅ちゃんはデスクの前にある革張りのソファに座り、早速グラスを傾ける。
「こりゃうまい。さすがに学園長ともなると、イイ酒飲んでるなー」
「また見え見えのお世辞言って。たいして高い酒じゃないよ。まあ安物でもないけどね」
私は一人掛けの方に座り、話を始める。
「しっかし参ったよ。まさか今時学園から逃げ出す生徒がいるとはねー。特に問題ない、明るい子だと思ってたんだけどなー」
「いーじゃねーの。ここから逃げ出すなんてなかなか根性のあるヤツだよ。呼刀君は結構大物になるかもなー、ははっ」
やれやれ。こちらの気も知らないで呑気だねー、梅ちゃんは。
「それより節家君の方は大丈夫かな? せっかく忘れようとしてたのに、また同じ奴と出くわすとはねー」
「忘れる? あいつが? 源次郎、お前若返ったお陰で脳ミソも幼児化しちまったのか? あいつは一生忘れねーよ。むしろ野郎と出逢ったのは好都合だ。
できることならあいつの手でケリを着けさせてやりたいもんだね」
おっと、これは梅ちゃん結構本気だな。
確かに私は自分の魔物の能力のお陰で同級生の梅ちゃんより20歳近く若い体だが、記憶や思考はそのままだ。今でも幼い言動があるのならそれは若さゆえの愚かさではなく、元来の幼稚な性格から来るものだろう。
「むしろ忘れられないのは君の方みたいだね。まあ確かにうちの生徒が10人も殺されたんだ。このまま有耶無耶でいいわけがない。
しかしあの月代って男1人の仕業なのかねー」
梅ちゃんのグラスを傾ける手が止まる。
「そいつはどーいう意味だ? 源次郎。なにか裏があるってのか?」
バーボンを煽りながら質問に答える。
「どーも胡散臭いんだよなー、月ノ本の連中。特にあのご老体。もともとあの人はこの学園に反対の立場だったろ?」
月ノ本家の当主は去年の冬の事件から半年以上経った今になって、その犯人が自分たちの一族の月代家の者だと言ってきた。
確かに自分から身内の恥を晒すのは身の潔白の証明とも取れるが、トカゲのしっぽを切る準備とも見れる。しっぽである月代の身元が後からバレた場合、自分たちの関与が疑われるのは当然だからだ。
たとえ自分たちでしっぽを動かしていたとしても、あらかじめこちらに伝えていたとなればいくらでも言い逃れできる。
あるいは自分で動かしてたしっぽが停められなくなった可能性もあるが……
「まあ、時代の流れで衰退の一途を辿っていた3大本家さまが、近年の謎の発現者急増で利権を握って表舞台に出れると皮算用してたんだ。
そりゃーポッと出の俺たちが学園を回してたんじゃ面白くはないよなー」
「それに民間による発現者の人材派遣業や発現能力の研究機関もどんどん出てきてるしねー。経験は貴重な財産だけど、歴史に胡坐をかいてるだけじゃ廃れる一方さ」
実際この学園での発現者教育のノウハウは3大本家からの協力によるところが大きいし、彼らのスキルは通常の発現者よりも比較的レベルが高い。
しかし営利団体の運営能力はまた別の話だ。スポーツ界でもよく言われることだが、名選手が名監督に必ずしもなれるわけではない。
大人の社会というのはいろいろ面倒くさいものだな。
「それじゃどうする? もし月代が月ノ本家の差し金で動いてるのなら、今回の件を問いただすか? それとも黙ってるのか?」
「証拠もなしに聞いても『はい、そうです』とは言ってくれないよ。かといって黙ってたら相手はこちらが感づいたと知って他の手を講じてくるかもしれない。そうなると少々厄介だ。
ここは一応報告だけしておくのが無難だろう。ただし、呼刀君のマーキング能力のことは秘密でね。
まあ今のところはただの仮説さ。決めつけると視野が狭くなるだけだ。できることなら奴を生け捕りにして真偽を質せればいいんだけど」
「そいつは難しいかもな」
おや? いつになく弱気だな、梅ちゃん。
「こんど月代が学園に現れたら節家が殺しちまう可能性が高い」
なるほど、そっちの意味か。
「でなけりゃ俺が殺しちまうかもしれねーぜ? ……なーんてな」
付き合いが長いんだから、いまのが本気だってのはわかるよ梅ちゃん。




