Run Away
7/15 (土) 正午 野外実習場
逃げるべきってどういうことだ? 先輩は俺を引き止めるために追ってきたんじゃないのか?
「学園から逃げろって言ってるんじゃない。お前のスタイルのことだ。考え方とでもいうのかな?
このあいだの模擬戦で、お前は試合前からやる気満々で、とにかく初めの1撃を当てようと躍起になって向かってきた。
ところがダガーが最後の1匹になると途端に今までの強気な姿勢が影を潜め、せっかく仕留めたカラスから自分の魔物を引き抜いてまで戦力を立て直そうとした。
確かにあのまま攻め続けてもお前は負けていたかもしれない。だが、俺はあのとき『このまま攻め込まれたらマズい』と感じたし、ある程度の負傷を覚悟した」
「つまり土壇場で逃げ腰になったのが敗因だってことですよね。だからもう俺は逃げないって決心したんですよ」
「俺と戦うときも、決心して臨んだんじゃないか? 『絶対に逃げない』って。
柵平や普人のときもそう意気込んで臨んだんじゃないか?」
確かに、俺もはなから勝つのを諦めていたわけじゃない。節家先輩の言うように、むしろ絶対に勝つって意気込んで戦った。
でも結果は散々だった。気負って空回りして、結局最後は臆病風に吹かれて負けるパターン。
「今日たまたまお前のあとをついてきたけど、正直俺は助けようって気持ち半分とそのまま見過ごそうって気持ちも半分あった」
確かに学園長と会話しているときもそう答えていたようだ。つまり先輩は俺を引き止めるか、そのまま逃がすか迷ってたってことか?
はじめっから引き止めるつもりならすぐに声を掛ければいいだけの話だ。こんな遠くまで後をつけてくる必要は無い。
「なんでですか。やっぱり俺じゃ、模擬戦で戦うのは無理だと思ってたってことですか? そしてこれからも無理だと?」
「いや、そうじゃない。ただ俺は、お前がここから逃げようとしたことに度肝を抜かれたんだよ」
?
「だってそうだろ? ここは何年も発現者の教育と訓練をしてきた施設で、いまでは脱走者はほぼ100%捕まる。生徒なら誰でも逃げるなんてまず不可能だと考える。それに模擬戦で負けても進級できないってだけで死ぬわけでもない。
模擬戦での死亡例も確かにあるが、よっぽどのことがないかぎり教師がすぐに止める。なんせ俺たちは学園にとっては『カネのなる木』だからな。それにここにいれば食うにも困らないわけだし。
でも逃げたらほぼ捕まるし、逃げた者への罰は最悪命の保証もない。普通の人間なら模擬戦に負けたくらいで逃げ出そうなんて思わない。現に今年の1年で逃げ出したのはまだお前1人だし、去年は逃げ出した新入生はゼロだったよ」
「え、そうなんですか?」
たしかに脱走はほぼ不可能って噂じゃよく耳にしたけど、俺は根拠もなく『そんなはずはない』と常に考えていた。
「だからお前をみて驚いたんだよ。
はじめは逃げ出す奴なんて人生諦めたしょーもない輩だと思ってたよ。でもよくよく考えると、『逃げる』って行為は『諦める』ってこととは必ずしもイコールじゃない。
お前ほど逃げることに積極的なヤツはいない。それはむしろ長所じゃないかと思ったのさ」
これって俺、褒められてんのかな。それとも皮肉的ななにかか?
「昔、俺の友達で聖君ってのがいてな。彼もお前みたいに陽気で明るいんだが、争いごとが嫌いな性格でね。初めは模擬戦で全然勝てなかった。
だけど夏ごろから勝てるようになったんだ。まあ慣れや単純に訓練を積んで強くなったってのもあるだろうけど、彼に理由を聞いたら考え方を変えたんだってよ」
なんだそれは。知りたい、スゴク知りたい!
「何なんですか、その考え方って?」
俺はテーブルに身を乗り出して先輩の話に耳を傾ける。
「『逃げない』って考えるのを止めたんだってよ。そして全てを『逃げる』って考え方に変えた。つまり負けることから逃げる、死ぬことから逃げるって考えた。
模擬戦でも試合自体から逃げるんじゃなくて、戦闘スタイルそのものを逃げることを中心に考えた。とにかく相手の攻撃から逃げて逃げて逃げまくって、作戦を練って、弱点を探して、最小限の攻撃で勝つスタイルに変えた。
彼はそれまで勝たなきゃならないっていう思いで戦ってたんだが、それが嫌で嫌でたまらなかったってさ。でも逃げてもいいって考えたら、逆に楽しくなったそうだ。
人にはそれぞれ好きなスタイルや考え方、得意な分野ってもんがあるだろう? 嫌なことをイヤイヤやってても長続きしないもんだ。でも好きなことや得意なことは時間を忘れて打ち込めるだろ。
攻めるのが好きでガンガンやりたい奴もいれば、遠距離からチマチマ攻めたい奴、のらりくらりと逃げ回って隙をつくのが得意な奴。人によって得意な戦い方はさまざまだ。生き方も人それぞれ」
先輩はミネラルウォーターのペットボトルに口を付け、話を続ける。
「理想の自分をがむしゃらに追いかけるのも、今の自分から逃げて逃げて逃げまくって、1周して追い抜くのも、過去の自分を追い越すのに変わりはない。
前向きでも後ろ向きでも、好きな方法で追い越せばいいだろ?
まあ、お前の好きなやり方でやったほうが人生楽しくなるって話さ」
確かにこれまでの3戦、俺は変な義務感に駆られて攻めて勝とうとしていたし、本当は逃げ出したいと思っていた。模擬戦中に弱腰になったり、迷ったりすることも多々あった。
なにより模擬戦を1度も『楽しい』と思ったことなどなかった。
今は気持ちが昂ってガンガン行くなんて言ってるが、時間が経てば嫌になって、また俺は逃げだすかもしれない。
「いいですね、その逃げるって考え方。確かにそっちのほうがビビりな俺に合ってる気がしますよ。それで、その聖さんって方は結構強くなったんですかね?」
俺と似ている人が模擬戦で勝ちまくったなんて聞けば、そりゃもう嬉しくないはずがない。俺にだってそうなれる可能性が多分にあるってことなんだから。
「模擬戦じゃ3勝したよ。確かに強かった……今でもよく覚えてるよ」
「そーですか……」
たった3勝かー。確かに悪い成績ではないけど、やっぱりバッタバッタと相手を倒すってのは無理なのかなー。
「あそこら辺かな」
節家先輩がなぜか座ったまま後ろを振り向き、野外実習場にある廃墟のような4階建の建物の真ん中あたりを指差した。
「聖君が死んだのは」
俺はバカか……2年生は節家先輩以外去年の冬、ここで死んでいるのを思い出す。
先輩が亡くなった友人のことを赤の他人である俺に話すってことはよっぽどだ。
なのに俺は『たった3勝』なんて失礼なことを。それに1年生が実質半年で3勝ならかなり強い。
「俺が今生きてるのは彼と、もう1人の同級生が助けてくれたからだよ」
なにより、この人が強かったっていうのなら強かったに決まってる。
「すみませんでした……」
俺は節家先輩と聖先輩に謝った。




