追いかけた理由
7/15 (土) 正午 野外実習場
「……ぐくぅ……」
白い炎に包まれた呼刀は苦しそうに暴れている。
「おいっ、呼刀。大丈夫か?」
これが学園長の魔物の能力か? だが肝心の魔物の姿が見えない。
どうやって呼刀を燃やしたんだ……いや、正確には燃えていない。白い炎で全身を覆われているだけで、外から見た様子じゃ火傷も外傷もない。
『お仕置き』って言っていたから殺すようなことはないだろう。これが学園長の仕業だったらの話だが。
どんな能力か、誰の能力か分からない状態で迂闊に触れるのは危険だ。
「カラスたち、一応周りを探ってくれ。誰か隠れていないとも限らないからな」
不死ガラスたちはそれぞれ野外実習場をヨタヨタ歩き回りながら探索しはじめる。
ほどなくして呼刀を包んでいた白い炎は消え、苦しんでいた呼刀もゼエゼエいいながら立ち上がろうとするが、疲れきっていて立てないようだ。
「大丈夫か、呼刀?」
赤毛の1年の手を掴み、近くにある丸太でできた椅子に座らせる。
呼刀はまだゼエゼエいいながら、座ったまま木製のテーブルに突っ伏す。
「はぁ、はぁ……先輩、どうしてここに……」
首だけこちらに向け、荒い息で質問する。
「お前がこっちに行くのを見かけたんでな。ちょっとつけてきた。どうしてかは俺もわからん」
今度はこちらが質問する番だ。
「さっきの白い炎みたいなのは何だ? 学園長の仕業か?」
「……はい、そうです……あの白いのが魔物だそうです……」
息を整えながら、呼刀がなんとか答える。
なるほど、あの炎自体が魔物なのか。しかしどうやってあの魔物はここまで来たんだ?
コイツは俺がずっと見張ってたけど、あんなものが飛んできた様子はなかったぞ。
さっき自然に消えたってことは、遠くから特定の対象に取り付けることができるのか?
考え込んでいると、突然俺の体が白い炎に包まれる。
「先輩っ」
呼刀が叫ぶが、学園長と分かっているなら問題ない。今度は俺がお仕置きを喰らう番らしい。
「やあ、節家君」
いきなり声が聞こえる。男の声だ。
当たりを見回すがだれもいない。
「学園長ですか?」
声を出して尋ねる。おそらくはこの魔物から声を送っているのだろう。
「話が早いね。いかにも学園長の折谷だよ。久しぶりだね、元気にしているかい?」
学園長とは去年の野外実習の件で事情を聞かれた際に会っている。学園長というんで中年の男性を想像していたが、まだ20代くらいの若者だったので驚いたものだ。
「おかげさまで、元気にやらせていただいています」
「それは結構。それで、呼刀君から話を聞いたのかね?」
「いいえ、彼はまだ話をできる状態ではないようなので詳しくは……」
「なるほど。私の魔物を見るのははじめてだったね。
私の声は君の脳内に直接聞こえている。だから私の声は周りには聞こえないよ。でも君の声は私には聞こえているから普通に話してもらえば会話はできる仕組みだ。
さて、私が聞きたいのは君がなぜここにいるのかだ。君が学園から逃げる気とは思えない。
となると呼刀君を止めに来たのか、それとも彼を逃がす手伝いをしに来たのか……君の意見をぜひ聞きたいところだね」
直接声を出して話すってことは思考を覗いたり、心を読んだりする能力はないということか?
いや、あの人はどこか油断できない雰囲気を持っている。嘘をつくこともできるが、余計な言い訳をする必要もないだろう。
「正直わかりません。止めたいとも思いましたが、そのまま放っておくことも考えました」
「ははっ、相変わらず正直だな君は。だがあまりバカ正直すぎるのも社会では困りものだぞ。何事も臨機応変が大事だ」
「はい、肝に銘じておきます。ご処分は、如何様にも」
「そうかしこまらなくてもいいよ、ここは軍隊じゃあないんだ。
そちらに梅田先生と霧真者先生が車で迎えに行ってるから合流してくれ。処分はまたあとで決めよう」
「了解しました」
「ではまたあとで」
「学園長っ」
学園長が話を切り上げようとするのを呼び止める。
「どうかしたかね?」
「……すみませんでした」
言いながら、誰もいな目の前に頭を下げていた。
「ああ、了解したよ」
その声を最後に、俺の体の白い炎は消えていった。
「節家先輩、すみませんでした」
今度は呼刀が立ち上がって俺に深々と頭を下げた。
さっきまで地面に這いつくばって苦しんでいたのが嘘のように、今はもう元気になっている。
「ホントだよ。俺を面倒事に巻き込みやがって」
いつも通りそっぽを向きながら、謝る1年に悪態をつく。
「すみませんでした」
さらに頭を深く下げて謝る呼刀。
「もういいよ。わかったから」
「すみませんでした!」
さらに頭を下げる。
「もういいって」
「すみませんでしたぁ!」
さらに下げる。
「だからわかったって!」
「すみま……せん……くっ、くくっ……」
よく見ると、呼刀は膝をプルプルいわせながら両手をまっすぐ伸ばし、前屈している。
「おまえ謝りついでに前屈してんじゃねーか。『どーです? 体柔らかいでしょ?』じゃねーんだよ!
しかもギリ指先地面に着いてるくらいじゃねーか。たいして柔らかくもねーし、硬すぎもしねーし、話膨らまねーな! 話膨らまねー普通の体だなっ!」
久々に全力でツッコんだので軽く息切れがする。
はーはー言う俺に呼刀が笑顔で言う。
「先輩って結構ノリいいんですね」
こいつはホントに反省してんのか?
「いや、冗談抜きで先輩には本当に感謝してます。俺の為に学園長にまで頭下げてもらって」
今度はまじめな顔で、改めて普通にお辞儀する。
「別におまえのためじゃない……もういいから座れよ。
だがこれからどうなるかわからんからな。学園から逃げようとしたんだ、ただで済むことじゃない」
「わかってます。ですから、今のうちにお礼を言っておこうと思いまして……」
まあ覚悟ができてるならこれ以上脅かしてもしょうがない。
「ついでによかったらでいいんですが、どうして俺を追っかけてきてくれたのか理由を教えてもらえませんか?
先輩からしたら俺なんて、模擬戦であっさり勝てるほどの弱っちいヤツじゃないですか。放っておいたって何にも構わないはずですよね?」
こいつからすればもっともな質問だな。
「俺だってなんでこんなことしたんだか未だにわかんねーよ。
……ただ、お前と模擬戦で戦う前に普人と話してな。そんときお前が模擬戦負け続けて落ち込んでるってアイツが心配してたんだよ。
だから、普人がそんなに心配するのはどんなヤツなのかなーて、なんとなく気になっただけだよ。ただそれだけの話」
まあ、俺が投票用紙に『小林』って書いたからコイツと対戦することになっちまったってのもあるが、それはこの場で言わなくてもいいことだろう……たぶん。
「そうだったんですかぁ……俺はてっきり先輩が投票用紙に『小林』って書いて、普人とやるつもりが俺を秒殺しちゃったからかなーと思ってましたよー」
「……ま、まあ……それも、あるかな……」
俺は震える手でミネラルウォーターのペットボトルをパシャパシャいわせながら口に運ぶ。
あんのぉボケどもぉ……俺の凡ミス言いふらしてんじゃねーかぁ!
「いや、なんにしてもホント節家先輩には感謝してます。おかげで今までの自分がいかに甘かったかよく分かりましたよ。
俺はもう逃げません! これからは模擬戦で負けようがガンガンいきますよ! 数撃ちゃ当たるっていいますしね!
……あ、いや、まあまた学園に戻れたらの話ですがね」
呼刀が照れ笑いしながら明るく話す。
こいつなりに踏ん切りがついたのならいいことだ。
だが……
「いいや、呼刀……お前は逃げるべきだ」
「……はい?」




