逃避行
7/15 (土) 午前 林道
「呼刀さーん、マズいんじゃないですか? そろそろ帰りましょうよー」
ダガーがもう何度目かの同じセリフを口にする。
「うるさいぞー、さっきからおんなじことばっかり。何回言うんだよ」
こちらも不機嫌に答える。
普段はダガーとは仲がいいのだが、今の俺にそんな余裕はない。正直不安でいっぱいだった。
学園から逃げ出す決心をしたのは普人に負けた時からだった。
俺はあいつに手も足も出なくて、それでも必死になんとか勝とうとした。
いや、正確には殺そうとしていた。目の前の友達を何も考えずにただ殺そうと必死だった。
でもいざ普人が大怪我して、左目の視力が戻らないかもしれないとなったら怖くなって……
なんの非もない友人を自分が殺そうとして、しかも試合が終わったのに攻撃して、一生治らない傷を負わすところだったと思うと怖くて仕方なかった。
そして、自分もいつか普人のような目に遭うのではないかと恐れた。
だからここから逃げるんだ。それが正常な人間の判断だろ。
俺は何にも悪くないし、間違ってない。
「まだ6回目ですよー。うるさいんだったら私を呼びださなきゃいいじゃないですかー」
「うっ、それは……」
The正論。
正論すぎて返す言葉も見つからない。でもここで話し相手もいなくなっちまったら、正直すぐにでも今来た道を全速力で引き返してしまう自信がある。
「だいたい折谷学園からは逃げられないように、生徒の体に発信機みたいなの埋め込んでるって話じゃないですか」
「で、でもだれも見たことないんだからホントかどうかわかんねーだろ? どうせ生徒逃げないように適当な嘘吹き込んでるだけだよ」
そうだ、こーゆうのはだいたい何にもしてませんでしたってオチに決まってるさ。
3連休の初日を選んだのは逃げたことがバレなかった場合、俺がいなくなったのが周りに知れるのは4日後の朝になるからだ。
丸3日逃走に使えれば、かなり遠くまで逃げれると踏んだからに他ならない。
「仮にそうだとしても、ここから逃げてどうやって生活していくんですか? 帰る家もないし、身分証もない。働く宛てもなくて暮らしていけます?」
「な、なんとかなるだろ。俺は発現者なんだし、お前らもいるんだから」
根拠など全くない。
「わたしらじゃ正直たいしたことできませんよ。だから学園から逃げてきたんでしょう? それに発現者だって周りの人間にバレたらすぐ通報されちゃいますよ。
発現者用のID持ってなきゃ学園に連れ戻されて人生オワタですよ」
学園を卒業すると、発現者としてのIDが発行される。それを持たない発現者はモグリとされ、見つかると若年者の場合ほとんどは折谷学園に連れていかれる。
学園を逃げだした者が見つかるとどうなるかはわからないが、褒められることはないってのはさすがに俺でもわかる。
「今更そんなこと考えたってしょーがないだろ。あのまま学園にいてあの人殺しごっこ続けろってのか?
それにどっちかっつーと俺たちの方が先に殺される側だろ。おまえらが強けりゃ俺だって逃げ出してねーだろっつーの!」
「……すみません」
ダガーが申し訳なさそうに謝る。
苛立ってつい大声で酷いことを言ってしまった。
「いや……今のは俺が悪かったよ……ごめん。
逃げたのはお前らのせいじゃない。俺が怖かったからだよ……」
この期に及んで自分の魔物に八つ当たりとは、我ながらみっともないもんだ。
俺とダガーはそれから無言で歩き続けた。
歩きながら考えていた。
俺は本当に逃げるしかないのだろうか。
このさきずっと逃げ続けて生きてゆくのだろうか。
俺は本当に逃げたいのだろうか。
だれか正解を教えてくれないだろうか……




