九話 帰宅
「ふぁあぁぁぁぁ!」
本日三度目のアカメの絶叫。それは、ホテルの部屋に入った時に聞けた。
まるで海の中にいるような感覚になる青系統で統一された部屋。写真では寒色で落ち着かないかと思ったが、実際に入って見れば違和感はほとんどない。
魚のぬいぐるみやイラストがそこかしこに配置されていて、ミニ宝探しも味わえる。
そんな部屋を見たアカメは先のような声を上げ、部屋に吸い込まれていった。
「ようすけ、もしかしてここに泊るの!?」
「そうだ。今からその日に帰るのは疲れると思ってな。大浴場もあるみたいだから、もうちょっとしたら行こうぜ」
「うん!でもまずはようすけ、お土産のぬいぐるみも貸して!」
「別にいいけど、どうするんだ?」
アカメは遊園地のお土産が入った袋を受け取ると、中から熱帯魚とイルカのぬぐるみを取り出した。そして、元々部屋の各所に置かれていたぬいぐるみも回収し、それらをまとめてベッドの上に並べた。枕を囲うようにして。
「むっふー!」
アカメはそのまま両腕を広げ、ぬいぐるみの輪の中にダイブ。ぬいぐるみたちをもみくちゃにしたり、高く放り投げたり、凄まじいはしゃぎようだ。
俺には何が楽しいのか分からないが、本人が満足げな顔をしているので俺は荷物をベッドの横に置いて、大浴場に行く準備を始める。とは言っても、タオルは大浴場に置かれているとのことなので適当な袋に着替えを詰めるだけ。
「俺は先に行くけど、アカメは後から入るか?」
「うーん、もうちょっと、してから行くー・・・・・・。ようすけ、先に行ってていいよ」
「そうか、あんまり遅くならないようにな」
幸せの絶頂にいるアカメを置いて俺は部屋を出た。
ホテルはオートロックだが、カードキーの使い方も部屋に入る前に教えたし、一人にしても問題ないだろう。
大浴場についてバスタオルとフェイスタオルを確保してから、服を脱いで浴室に入る。中には遊園地のパートナーホテルという事もあり、数組の家族連れがいた。
俺はかけ湯をしてから、他の客がいない露天風呂に入った。
「っはぁー」
アパートに湯船がないため、何十年ぶりかの湯船。自然と口から声が漏れ、お湯に体が包まれるのと同時に今日までの疲労が溶けていく。
「っふぅ」
昔のドラマなどでよく見たタオルを頭に乗せる行為を真似して、タオルが落ちない程度に顎を上げて空を見上げると、綺麗な月が鮮明に、大きく輝いていた。
初めての遠出に、初めての遊園地、そして外泊。アカメの服を選んだのも初めてだな。
この歳になってもまだ知らないことが多いと知らされた。
「これからどうすれば、いいんだよ・・・・・・」
激動の一日だったが、やはり最後の観覧車が胸に残る。
アカメが口にした言葉、表情。そして、アカメの思い。
観覧車での気持ちに嘘はない。アカメと一緒に過ごした日々は楽しかったし、これからも一緒にいたいと思う。しかし、それは俺の考え。俺の勝手な行動でまた、傷つけることになるのでは。そう思うと何が正解なのかが分からなくなる。
「・・・・・・こんな時、あいつなら」
漏れそうになった言葉の続きを慌てて飲み込む。
「今は珊瑚と向き合わないと、だな」
湯船から立ち上がり、頭のタオルを手に取って月を見上げる。
「俺はあいつの笑顔が見たい。子供みたいに、何も考えずに笑うアカメが見たい」
アカメが何を抱えてるのか、それをどう受け止めるのか。何も分からない。だけど、そのために俺がするべきことは分かっている。
「アカメに頼ってもらえるほどの、立派な人間になることだ」
まじは簡単なことから、それこそアカメが前に提案した料理もいいし、玄関に布団を敷いている状況を改善するとか。
そこまで考えたところで夜の冷たい潮風が体に触れた。
「寒くなってきたし、帰ったら前に買ったブーツも開けないとな」
それからは冷えた体を再び湯船で温め、適当に頭と体を洗ってから部屋に戻った。
部屋では案の定と言うべきか、アカメが温泉に行くことなくぬいぐるみに囲まれて幸せそうな寝顔で眠っていた。
「温泉は明日の朝に入らせればいいか。さっさと俺も寝よう・・・・・・」
一日中歩き回って疲れた体はベッドに横たわった瞬間、体と意識を沈めてくれた。
タイマーを八時にセットしていた俺が起きたのは、七時ちょうど。
チェックアウトは十時なので、あと三時間ほど時間が余る。
横ではアカメがぬいぐるみに囲まれながら、まだ寝息を立てている。
とりあえずベッドから降りて洗面台で歯を磨く。そして、寝起きの汗を流そうとしたところで、ホテルの大浴場が六時から空いていることを思い出した。
遊園地を一日中歩いていたのだ。汗を掻いていないはずがない。
「昨日も入ってないだろうし、起こすか」
顔を適当に洗い、タオルで拭いてからアカメが眠るベッドの前に立った。
「アカメ、アカメ。起きろー」
「んぅ・・・・・・。・・・・・・ふわぁ、ようすけ・・・・・・?おふぁよう・・・・・・」
「おはよう、昨日風呂入らなかっただろ?今からでも入れるから、行こうぜ」
「えぇ・・・・・・。もうちょっと寝てから行くー」
アカメはまだ寝たりないと、ヒラメなのかカレイなのかよくわからないぬいぐるみに顔をうずめる。
「臭いぞ?」
「・・・・・・え?」
それまでずっと寝ぼけ眼だったアカメ。だが、俺の一言で体を勢いよく起こした
「臭いって、私が?ようすけ、そういう冗談は・・・・・・」
「いや、普通に臭いだろ。昨日あれだけはしゃいで汗かいて、着替えもせずにぬいぐるみに囲まれて。逆に臭くない方がおかしいだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
ショッピングモールの時もそうだったが、アカメは臭いという言葉に強い反応を示す。現に今も服の裾や首元を伸ばして、匂いを嗅いでいる。
「臭い・・・・・・?いや、でも・・・・・・・・・・・・」
「何迷ってんだよ。一回風呂に入れば終わりだろ。ほら、さっさと着替え用意しろよ」
「うぅ・・・・・・・・・・・・」
ボストンバッグから一枚の袋とアカメの衣服が入った袋を投げ渡す。
俺もスーツとズボンを袋に入れ、着替えが入って膨らんだ袋を肩に担いで部屋を出た。
「ところで、ようすけ。朝ごはんはどうするの?」
「そうだなー、チェックインを早めに済ませて、昨日の運転手さんにこの辺りのおススメでも聞くか。海も近いし魚介系の店があるんじゃないか?」
「なら、海鮮丼がいい!昨日のお寿司とかエビフライも良かったけど、やっぱり海鮮丼がいい!パソコンで見て、食べたいなーって思ってたの!」
「海鮮丼かぁ。俺も食べたことないし、そうするか。さすがに店まで送ってもらうのは無理だろうから、タクシー見つけないとな」
アカメと並んで廊下を歩き、エレベーターを使って大浴場がある一階へ。
「それじゃ、後でね」
「あ、そうだ」
女風呂に入ろうとしたアカメを止め、俺はポケットから三百円を取り出した。
「百円はロッカー用。あとは風呂上りにジュースでも買え。部屋のカードキーは持ってるよな?俺はサウナに入るつもりだから、先に帰ってていいぞ」
「ん、ありがとう。じゃあ、お部屋でね」
「おう」
女風呂に入って行くアカメの小さな背中を見届け、俺も男風呂に入る。
他の客は朝食に行っているのか、浴場には誰の姿もない。貸し切り状態だ。
昨日の晩と同じようにかけ湯をしてから、露天風呂に向かう。昨日の晩は暗くてよく見えなかったが、露天風呂からは大きな海が見渡せた。
下には遊園地があり、開園前にもかかわらず観覧車が回っている。
「おぉ・・・・・・!」
青い海から吹く風は裸で受けるには寒く感じるが、温泉から上がる湯気が温めてくれる。そんな贅沢な空間はまさに非日常と言える。
「朝風呂、最高過ぎる・・・・・・」
お湯を顔にかけ、肩まで浸かる。ここで演歌の一つでも歌えたらさぞ気持ち良いことだろう。
ただただ大きな海とその上を進む舟を見つめ、全身から力を抜く。
ただ何もせず、温泉に浸かること数分。露天風呂を十分に堪能した俺はシャワーで体を流し、サウナに入った。
特に時間は決めていないが、適当なところで出よう。
そう思いながら、温泉と同様に何も考えることなくサウナの中で目を瞑る。
趣味を旅行にするのは良い選択かもしれない。そう思いながら、サウナを満喫した。
かれこれ十五分ほどだろうか。サウナで温まった体をシャワーの冷水で流し、タオルで体を拭いてからいつものワイシャツに腕を通す。そして、ズボンを履けば、旅行でも安心、出勤スタイルの完成。
脱衣所でコーヒー牛乳を買い、一気飲みして脱衣所を出た。
「あ、ようすけ。ゆっくりしてたね」
脱衣所を出ると、髪がふわふわになっているアカメが近寄ってきた。
「待ってたのか。先に帰っていいって言っただろ?」
「私も十分くらい前に出たばっかりだったから。もう少ししたら帰ろうと思ってたの」
「そうか。なら、さっさと部屋に戻ってチェックアウトするか」
「うん」
それから部屋に戻り、荷物とお土産をボストンバッグの中に入れてフロントでチェックアウト。スキンヘッドの運転手の案内で、遊園地の脇にある商店街の前で降ろしてもらった。
「あの人が言ってたのは・・・・・・。あ、あの店じゃないか?」
まだ早い時間にも関わらず多くの人で賑わっている。その中をアカメと並んで歩き、教えてもらった店の前で立ち止まった。
店は小さく、店内はテーブルもカウンターも全席埋まっている。
「らっしゃい。兄ちゃん、席が空くまで二十分ほどやけど、待てるか?」
運転手と同じ訛りをした店員が俺たちに気付き、声を掛けてきた。
二十分。ただ待つにしては結構な時間だ。アカメのお腹もさっきから鳴っているし、俺も朝から何も食べていない。できれば早く食べたいところだ。
「海鮮丼の持ち帰りってできますか?」
「持ち帰りか。あいよ。海鮮丼やな」
「あ、二人前お願いします」
運転手はここが人気店という事と、持ち帰りができる事。そして、この商店街から少し歩いたところに海が見える公園がある事を教えてくれた。
今日は雲一つないほど晴れていて風も少ない。外で食べるにはもってこいだ。
「あい、二人前で千六百円な!」
店員にお金を渡し、二つの海鮮丼が入ったビニール袋を受け取る。
「おおきに!また来てな!」
店員に軽く頭を下げ、少し離れたところで待っていたアカメの元へと寄る。すると、アカメが俺の持っていたビニール袋に手を伸ばしてきた。
「持ってくれるのか?」
「うん、ようすけバッグも持ってるから。公園ってどっちの方?」
「遊園地から反対だから、このまま真っすぐだな。商店街を抜けたら見えるって言ってたぞ」
「分かった。もうお腹ペコペコだよ・・・・・・!」
「だな。速足で向かおう」
肉や魚、フルーツや服など様々な商品が売られている商店街を抜け、公園を目指す。その途中、アカメは何度もいけすで泳ぐ魚に目を奪われるので、そのたびに俺が手を引いて歩いた。
公園は本当に商店街を抜けてすぐのところにあった。
公園内には簡素なブランコが一台あるだけで、あとは海を眺めるようにして設置されたベンチが三台。俺とアカメは真ん中のベンチに座り、ビニール袋から割り箸と途中で買った二本のペットボトル、海鮮丼を取り出した。
「いい天気だけど、ちょっと肌寒いな。上着、出すか?」
「ううん、大丈夫」
割りばしを乗せた海鮮丼とお茶の入ったペットボルトを渡し、俺も自分の海鮮丼の蓋を開けた。すると、目に飛び込んできたのは色とりどりのカラフルな切り身だ。
マグロにサーモン、いくらにイカ。甘えびも入っている。
「きれい・・・・・・」
食べ物に対する言葉ではないが、隣から聞こえたそれに俺も少なからず同意する。だが、手にしている海鮮丼は綺麗というだけでなく、食欲も十分にそそる。
蓋についている醤油を海鮮丼全体にかけ、ワサビを真ん中に置いて準備完了。
アカメはまだ海鮮丼に見惚れているようだが、こちらは既に食欲の方が勝っている。
「いただきます」
海鮮丼の真ん中に置いたワサビをほんの少し箸の先でつまみ、マグロの上に乗せてご飯と一緒に口の中に入れる。マグロの脂と醤油を味わい、遅れてくるワサビの爽快感。
「うっま・・・・・・!」
山育ちということもあり、生の魚を口にすることが少なかった。それでも社会に出てからは付き合いで何度か寿司屋に行ったが、独特の匂いがどうも好きになれなかった。
しかし、このマグロは匂いがほとんどなく、旨みと脂だけを味わうことが出来る。海が近いことで新鮮な物を仕入れているからだろうか。
海を見ながら一口、また一口と堪能していると、妙に静かなアカメが気になり、視線を横に向けた。すると、アカメはまだ海鮮丼を見つめているだけで、割りばしにすら手を付けていなかった。
「おいおい、きれいなのは分かるけど、食べ物なんだからさ。新鮮なうちに食べようぜ?」
「あ、うん、そうだね・・・・・・!うぅ、もうちょっと見てたかったけど、いただきます!」
目を瞑り、勢いよく海鮮丼を口の中に流し込むアカメ。一気に食べて味が分かるのかと思ったが、海鮮丼を喉に通した後にアカメは目を見開いた。
「おいしい、おいしいよ!ようすけ!」
「あぁ、そうだな!あ、お前、醤油もワサビも付けてないだろ?蓋についてる袋。こいつら付けたらもっと美味くなるからやってみろ」
「本当!?やってみる!」
アカメは醤油を全体にかけ、小指ほどの量のワサビをサーモンの上に乗せて口に入れた。
サーモンを口に入れて一噛みした直後、アカメの動きが固まった。
「アカメ・・・・・・?おーい、大丈夫かー?」
声を掛けても反応がない。十中八九ワサビの量が多すぎたのだろう。
海鮮丼が入っていたビニール袋をアカメの前でそっと広げる。すると、アカメはビニール袋に顔を近づけ・・・・・・たが、すぐに両手で口を抑え込んだ。
「お、おい無理しなくていいんだぞ?」
アカメは顔を上げ、俺の方を見つめる。その瞳は今にも泣き出しそうなほど潤んでいて、体は小刻みに震えている。こんな情緒もクソもない状況で観覧車の風景を思い出したくなかった。
しかし、当のアカメは真剣な様子で、口に入れた大量のワサビを飲み込んだ。
「おぉ・・・・・・!」
その心意気に思わず感嘆の声が漏れる。
アカメはそんなものに構うことなく、急いでペットボルトを口にしてお茶を飲み干した。
「が、頑張った、よ・・・・・・」
「そ、そうだな・・・・・・。偉い!偉いぞ!もう立派な大人だな!」
立派な大人はワサビで悶絶しないが、そんなことを言えば今度こそ泣き出してしまうだろう。ここは褒めるに徹するべきだ。
「サーモン、味分からなかっただろ?俺の分、食べるか?」
「いいの?」
「頑張ったご褒美だな!うん、ほら食べろ!」
アカメの海鮮丼に俺のサーモンを移すと、アカメはわずかに頬を緩めて涙を拭った。
「ありがとう・・・・・・!」
そんな無垢で眩しい笑顔に罪悪感を覚えつつ、二人で海鮮丼をゆっくり味わった。
潮風で冷えた体を温めるために公園の傍にあった自販機で、コーヒーとポタージュを買って俺とアカメは海を眺めていた。
「なぁ、アカメ。どうしてそんな海が好きなんだ?」
ホテルに到着してすぐにアカメは魚が泳ぐ水槽に飛びついた。そのことで初めは魚が好きなのかと思ったが、イルカやペンギンにもアカメは強い興味を抱いていた。
そして、今もポタージュを口にしながらも、海から目を離さないところを見ると、アカメは海に関連するものすべてが好きなのではと思った。
「んー、知らなかったから、かな?」
「知らなかった・・・・・・?」
「うん。ずっと身近にあって、ずっと聞いてた。だけど、見たことはなくて見たいと思ってた。それで、パソコンで見ていたら全部が好きになったの。ようすけのおかげだね」
「はは、なんだそれ」
身近にあった。アカメは海の近くで育ったのだろうか。だが、見たことがないと言った。海の近くで海を見たことがないというのはあまりに不自然。だが、アカメが自分の事を話すのは初めてなので、あまり突っ込み過ぎないようにしなければ。
「ようすけは海、好き?」
「まぁ、普通だな。見る分にはすごいと思うし、魚も美味かった」
「なのに普通?」
「その、俺は元々怖がりでな。田舎で育ったくせに山が怖くて、日が沈んだらもう動けなくなるくらいに。だからさ、自分がもしも海に落ちたら、なんて考えたら好きになれないな」
子供の前で大人の俺が怖がりだと言うのも変な話だが、隠しても仕方ないことだ。
「ようすけは海が怖いの?」
「・・・・・・怖いな」
目の前にある海と田舎の川は違う。だが、どうしても姿を重ねてしまう。俺がすべてを失ったあの川と・・・・・・。
「なら、海が怖いなら泳ごうよ!」
「・・・・・・は?」
「泳げるようになったら怖くなくなるよ!きっと海を好きになれる!」
子供らしい単純な発想。だが、ぐうの音も出ないほどに正論だ。だが、三十にもなって泳ぐ練習をする気にもなれない・・・・・・。
「泳げるようになったら、また来られるしね!」
「なんだかんだ言って、またお前が来たいだけなんじゃないか?」
「うん、来たい。また来て泳ぎたい」
「なら今年の夏にでも──」
「──冷えてきたし帰ろっか!ようすけが泳いでる姿、楽しみにしてるよ!」
アカメはベンチから飛ぶようにして降り、自販機の横にあるゴミ箱へと向かってポタージュの缶を投げた。缶は弧を描きながら、ぶれることなくゴミ箱の中に音を立てて入った。
「ほら、ようすけもやってみて!」
アカメに言われるがまま俺も残っていたコーヒーを飲み干し、ゴミ箱に向かって缶を放り投げた。一直線にゴミ箱に向かう缶。しかし、缶はゴミ箱の中に入ることなく、縁に当たって弾かれてしまった。
「あはは、下手だねー!もっと下から優しく投げてみて!」
アカメは俺が外してゴミ箱の横に落ちた缶をわざわざ拾い、俺に手渡した。
「そのまま入れればいいだろ・・・・・・」
手渡された缶を握り、力を抜いて下から上へと放り投げる。すると、缶は吸い込まれるようにしてゴミ箱の中へと入っていった。
「あ、入った・・・・・・!」
「さすが!やっぱりようすけはやればできる子だね!」
「子って・・・・・・。ほら、帰るんだろ?」
「うん!」
そんなどっちが大人か分からないやり取りをして、俺たちは初めての旅行を終えた。
昼前に電車へ乗り込み、最寄り駅に着いたのは十四時。お土産で少し膨らんだボストンバッグを肩に担ぎ、アパートを目指して歩く。バッグの重さと日差しの強さに汗ばむ額を拭う。
アカメはと言うと、今にも倒れるんじゃないかと心配になるフラフラした足取りで俺の前を歩いている。初めての旅で疲れたのだろう。
出来る事ならおんぶしてやりたいが、ボストンバッグを担いでいるのでそういう訳にもいかない。
「頑張れー。もう少しだぞー」
「ぅん・・・・・・・・・・・・」
眠たげな声だけで振り向くことなく、アカメはふらふらとアパートを目指す。それから五分ほど歩き、アパートについたアカメは無言で階段を上がり始めた。
「俺、大家さんにお土産渡してくるから。寝る前に手は洗えよ」
アカメはもう声を出すこともやめ、右手を少しだけ上げてそのまま家の扉を開けて入っていった。
その背中を見届けた俺はボストンバッグから大家さん用にと買ったお土産を取り出し、大家さんの家のインターホンを押した。
『はい』
「あ、俺です。穂川です。今って暇ですか?」
『穂川さん!?すぐ出ます!』
ドタドタと大きな物音がした後に、扉が開かれて大家さんが出てきた。
「ど、どうかしましたか?こんなお昼に・・・・・・」
「肉じゃがのお返し、って訳じゃないんですけど、これ良かったらどうぞ」
「これは・・・・・・?」
大家さん用に買ったお土産は、ペンギンの形をした人形焼きだ。食べ物なら邪魔になることもないだろうし、六個入りなので大家さん一人でも食べきれるだろう。
「ありがとうございます!これって、あの海が見えるって言う有名な遊園地のですよね?」
「そうです。昨日に行って、今帰ってきたばかりなんですよ」
「やっぱり!CMで見て、私も行ってみたいなって思ってたんですよ。遊園地はどうでしたか?」
「楽しかったですよ。遊園地自体初めだったんで、新鮮で。料理も美味しかったです」
「羨ましいなー・・・・・・!あ、今帰ってきたばかりなら疲れてますよね。わざわざ、すみません。お土産、ありがとうございます!」
「いえ、喜んでもらえたなら良かったです。それじゃ、失礼します」
夕飯を貰ったお礼を返す。当たり前のことをしただけなのに、なぜか満たされた気分になる。こんな気持ちになるなら、社員の分のお土産も買えばよかったな。
重くなったボストンバッグでバランスを崩さないように、慎重に階段を上って自分の家の扉を開ける。玄関に敷いている布団の脇を通り、リビングにボストンバッグを置く。
流石に疲れていたので、アカメの買ったお土産や洗濯物を出すのは後回しにして洗面所に向かうことにした。その際、台所で眠るアカメが視界に入った。
「ちゃんと手洗ったんだろうな・・・・・・」
アカメの寝顔を見ているとこっちまで眠くなり、さっさと手を洗ってうがいをして、玄関に敷いている布団に帰ってきた服装のまま横になった。
お読みいただきありがとうございます。誤字脱字報告、感想よろしくお願いします。




