八話 遊園地
車を降りてからずっと聞こえてくる陽気な音楽。それは背後にある遊園地からの音だ。
振り向いて第一に目に着いたのは、色鮮やかな魚の群れの中心にいる二匹のイルカ。それは、入園ゲートの上部に設置されたオブジェクト。作りものだとは分かっていても、今にも泳ぎだしそうなほどに精巧な作りに大きさも相まって、その迫力に胸が高鳴る。
「ようすけ、ようすけ!早く、入ろ!」
海であれだけ大はしゃぎしていたアカメも、更に興奮した様子でその場で足踏みをしている。
「まずは受付に行ってチケットを貰わないとな。ネットで買ったから、すぐに入れると思う」
興奮が最高潮に達しているアカメの手を引いて、受付に向かってチケットを受け取る。そして、大きなイルカ二匹の下を通り、入園ゲートをくぐった。
「ふぁ、ふぁ、ふあぁぁぁぁぁぁ!」
ゲートの先は海中のような空間が広がっていた。多くの青い建物の間に入っているピンクや赤の建物が珊瑚に見え、街路は砂浜を模しているのか白く塗装されている。
遊園地の中にいるはずなのに、まるで海中にでもいるような感覚になる。
海の様々な物を表現した建物はお土産屋や飲食店の様で、俺とアカメは奥へと進む。
すると、奥に進むにつれて観覧車やカップコースターなどが見え始めてきた。
「ようすけ、ようすけ!あれ、あれ、乗りたい!」
数ある乗り物の中でもアカメが特に興味を示したのは、ペンギンの群れが泳いでいるかのような装飾をされたジェットコースターだった。
「い、いきなりジェットコースターかよ・・・・・・。始めはゆったり系の奴からにしないか?」
「ようすけ、怖い、の?だいじょうぶ、横で、手、握ってあげる、から」
「こ、怖いわけじゃねぇよ!?俺はお前がグロッキーになるんじゃないかって・・・・・・」
「怖くない、なら、行こ!」
アカメに手を引かれ、そのまま半ば強制的にジェットコースターに乗せられる。
生まれて初めて乗るジェットコースター。腰の位置まで降りてきたバーやシートベルトを何度も外れないか触っていると、ジェットコースターがゆっくりと動き始めた。
「ようすけ、動き、始めた、ね?」
「そ、そうだな・・・・・・。・・・・・・・・・・・・結構、高くまで行くんだな」
ジェットコースターはゆっくりと上り坂を進む。園内を歩いている他の客が豆粒に見えるほど高く上ったところで、ジェットコースターは一時停止。
「お、おい、なんでこんなところで止まるんだよ・・・・・・!」
「ようすけ、ほら、見て!海、だよ!」
隣ではアカメが楽しそうな、嬉しそうな声を上げるが反応できる余裕がない。腰の位置にあるバーを握り締め、衝撃に備える。
ガチャン
何かが外れたような音。その直後、ジェットコースターがけたたましい音を上げて一気に降下を始めた。
「きゃああああああああああああああ!」
「っ!」
体に掛かる衝撃に叫び声すら上げられない。
ジェットコースターは一直線に降下するだけでなく、右へ左へ。時には回転までをもして高速で進み、そのたびに体がありとあらゆる方向に押しつぶされる。
体感では一時間以上、時計では十分ほどの間、重力と真正面から襲い来る風に耐えて解放されたころには足取りがおぼつかなくなっていた。
人生初のジェットコースター。だが、俺はこの感覚に覚えがあった。
「・・・・・・あ、そうだ。これ、二日酔いに、似てるな・・・・・・。おぇっ・・・・・・」
「ようすけ、ようすけ!次は、あれ、乗ろ!」
どういう訳か、ジェットコースターで更に気分が上がっているアカメが指す次のアトラクションは、ただ上がって降りるだけのアトラクション。フリーフォールだ。
「お前、意外にこういうのが好きなんだな・・・・・・」
「ほら、早く、行こ!」
もはやアカメは聞く耳を持っていない。俺は連れられるがまま、アトラクションに乗った。
「あーーー!」
俺の叫び声はアトラクションの音にかき消されていった。
時刻は十三時。いくつかのアトラクション、主に絶叫系を体験した後、俺とアカメは園内にある一つの飲食店に入った。店内は七割ほど席が埋まっているといった感じだ。
俺とアカメは窓側の席に座って、注文した料理が届くのを待っている。
「ようすけ、次、どれに、乗る?」
アカメは途中で貰った園内地図を広げ、もう食べ終わった後の行動を考えている。
「あー、そうだな、次はもうちょっと落ち着いた、ゆっくり楽しめるやつとか・・・・・・」
とにかく今は絶叫系を避けなければ・・・・・・。
アカメが広げる地図を見れば、ちょっとした水族館があると書かれている。
「ゆっくり、・・・・・・。うん、分かった!」
「本当か!?この迷路系とか──」
「お待たせしましたー!こちら海鮮カレーと海洋プレートです!」
具体的なアトラクションを聞こうとしたところで店員が料理を席に運んできた。
「ようすけ、ようすけ、これ、可愛い、ね!」
アカメが注文した海洋プレートと言うのは、青い皿の上に寿司やエビフライなどの海鮮料理がメインで乗せられたお子様ランチだ。ちなみに俺が注文した海鮮カレーは海老やイカがゴロゴロ入っている。
「なぁ、アカメ。アトラクションの名前は──」
「いただきます!」
満面の笑みで料理を食べ始めたアカメ。そんなアカメを見て、俺は今日一日絶叫系アトラクションを耐え抜く覚悟を決めた。
「いただきます・・・・・・!」
ちなみに、海鮮カレーは必要ないはずのスタミナを付けろと言わんばかりの辛さだった。
海鮮カレーを食べ終え、アカメと小走りで向かった先は中に列が出来ている洞窟。外からはどんなアトラクションか分からないが、とりあえずアカメの後を追う。
「洞窟内を探検・・・・・・、迷路的なアトラクションか?」
「ううん、ジェットコースター、だよ?ゆっくり、ドキドキまで、を楽しめる」
「・・・・・・・・・・・・は?」
遊園地に入り、最初に乗ったアトラクションはジェットコースター。俺を初手で殺しにかかった恐怖のアトラクション。カレーで膨れたお腹でもう一度乗れば、今度こそリバースしてしまう。
俺がどうやってアカメの興味を逸らそうかと考えていると、皮肉にもゆっくりと順番待ちの列は進む。
洞窟の中は宝箱一杯の金銀財宝、無造作に置かれている海賊が使うような武器が飾られていて、まるで海賊のアジトにでも侵入したみたいだ。
「濡れるの、楽しみ・・・・・・!」
その洞窟をゆったりした進みで楽しんでいるアカメ。
「ん?おい、待て。濡れるって、さっきのジェットコースターと違うやつなのか?」
アカメは首をかしげて、何を言っているんだという顔をしている。
「ようすけ、も、知ってた、から、着替え、持ってきたんじゃ、ないの?」
着替えを持ってきた、その言葉に俺は朝の電車で適当に言った言葉を思い出した。
水に濡れるアトラクションがある。
それは、アカメにホテルの事をまだ秘密にしていたかっただけの適当な嘘。しかし、アカメは嘘のアトラクションを信じ、この遊園地には嘘のアトラクションが本当に存在した。
嘘が本当になったことは嬉しい。しかし、肝心の着替えはホテルに預けている。このままではずぶ濡れのまま遊園地を歩くことになってしまう。
「な、なぁ、アカメ?そんな楽しみなら、最後に残しておくって言うのは・・・・・・?」
「次の方、前にお進みくださーい!」
説得を試みるも、並んでいた列が進んで順番が来てしまった。
「スマホやお財布などの貴重品はこのビニールの中にお願いします!」
ジェットコースターに乗る前に簡易なジップロックがスタッフから渡され、そこに貴重品等の濡れてはマズい物を入れてカバンの奥に。
「それでは順番に席に座り、前のレバーを降ろしてお待ちください!」
俺とアカメは運が良いのか悪いのか、ジェットコースターの一番前に座った。
注意書きにも前の方が濡れると書いていたので、後ろにしてもらおうかとも一瞬だけ考えたが、隣で目を輝かせるアカメを見れば言えるはずもない。
「それでは出発しまーす!いってらっしゃーい!」
スタッフの合図と共にジェットコースターは動きだし、最低限の証明だけで照らされた洞窟内を進みだした。
「ようすけ、ようすけ、あれ!」
隣で座るアカメが指さす方にはライトが強く当てられていて、中央には宝石や宝物。見たことも無いファンタジーな動物が映し出されていて、なかなかに心躍らされる。
「ジェットコースターって聞こえたのは、ただの聞き間違いか?」
しばし幻想的な風景を眺めながらジェットコースターに乗っていると、流れる映像の雰囲気が少しだけ変わってきたことに気付いた。それまではただ単純に平和な家族と思われる動物が暮らしていただけだったが、見るからに強そうな獣に襲われ始めたのだ。
その獣から逃げるようにしてジェットコースターは動きを速めた。
「最近の子供向けアトラクションは進んでるんだな・・・・・・」
獣から逃げているうちにジェットコースターが上昇をしているのは、目の前から急に明かる光が差した時。外の光だ。
「い、いつの間にこんな高いとこまで来てたんだよ!?」
ジェットコースターの先端から見える景色は、遊園地の客が豆粒ほどに見える高さで、ジェットコースターの脇を流れる水が真下に落ちて滝に。なおも終わりの見えない海の果てしなさがより一層感じられた。
「まっ────」
覚悟を決める余裕もなく、せめて出そうとした声も遮られてジェットコースターは急降下を始めた。
一瞬の出来事。体が宙に浮いたかと思うと、気付けば全身がびしょ濡れでジェットコースターは乗り口に戻っていた。
「ようすけ、ようすけ、すごかった、ね!」
ジェットコースターからとっくに降りているアカメは満足げな表情で、ずぶ濡れだった。
結局、着替えを用意しないままずぶ濡れになった俺とアカメ。幸いだったのはスーツが防加工だったので、洞窟を出る時に借りたタオルで何とか見た目だけは無事に見えることだ。
しかし、それも見た目だけで、アカメは見た目もアウト。そこで、園内の雑貨やで服を買うことにした。
「その恰好じゃ店に入れないから、俺が選ぶけど良いか?」
「うん、可愛いの、お願い、ね」
「・・・・・・努力はする」
アカメを店の外で待たせ、服が売っているお土産屋に。店内には遊園地とマッチングしたファンタジーな、普段なら絶対にしないであろう服が多数存在した。
「可愛いの・・・・・・・・・・・・」
目についた服を手に取るが、いまいちピンとこない。海が好きなのは理解している。しかし、アカメが青系の服を着ているのは見たことがないし、なんならいつも白系のワンピース。
遊園地のお土産屋で置いてるようなキャラクターものなんて、想像もできない。
「あー、くっそ・・・・・・。こんなことならもっと詳しく聞いとけば良かった・・・・・・」
服選びにここまで難儀するとは思いもよらなかった。
とりあえず、アカメの好きな白系のワンピースを探しながら、店中の服を見て回る。そんな中、目の端にとあるスカートが目についた。
「あいつ、スカートなんか着るかな?」
疑問に思いつつも、目についたスカートを手に取る。色は透き通るような赤色で、生地も安いと感じるような肌触りではない。
赤色なら白いシャツを着ても違和感は少ないだろうし、もし嫌がられても入店できる格好になれば自分で選んでもらえばいい。
手にしたスカートをメインに、適当に服を合わせてなるべくシンプルなシャツを。濡れている髪や体を拭く用のタオルも合わせ、合計三点を無事に買い終えて店を出た。
「可愛いの、買え、た?」
「悪くはない、と思う。ほら、中にタオルも入ってるからトイレで着替えてこいよ」
アカメは服とタオルの入った袋を受け取ると、速足でトイレに消えて行った。
「っふぅ・・・・・・」
何気なく出た吐息に、今日一日の疲れを感じた。慣れないアトラクションに乗り、ずっと歩いていれば無理もない。
遊園地に置かれているメルヘンな時計台を見れば、時刻は十六時。時期がもう少し早ければ、とてもじゃないがこんなに歩き回ろうとは思えなかっただろ。
手をつなぎ、楽し気に歩く家族連れやカップル。はたから見れば俺とアカメもあんな風に移るのだろうか。そんなことをぼんやり考えていた。
「ようすけ、お待たせ」
「おう、その服でいいか?」
振り返った先に立っていたアカメ。普段ワンピースばかりで、スカート姿を見るのが初めてだからか、少し大人びているように感じる。
「んー、ようすけは、こういうの、が。好き、なの?」
「好きって・・・・・・。まぁ、服装としてはあり、だとは思う」
「似合って、る?」
「・・・・・・あぁ。似合ってる」
そんな会話にむず痒くなり、顔を背ける。全く、三倍で効くか分からないほど年の離れた子供に、どうしてこんな思いをさせられるんだ。
「飲み物でも買いに行くか。着替え、持ってやるから渡せ」
「ん、ありがとう。リンゴジュース、がいい、な」
「俺はビール・・・・・・いや、えっと、グレープフルーツとかだな!」
俺とアカメはジュース片手に、遊園地を歩き回った。名前の分からない鮮やかな花が咲いた花壇や、立派な時計台。海が近いからか、ちょっとした水槽なんかもあり、アカメは食い入る様に水槽を見ていた。
そして、休憩を終えた俺たちはアカメの絶叫系フルコース第二弾を堪能し、ヘロヘロになったころにはもうすっかり日が暮れていた。
アカメも遊園地に十分満足したのか、すっかり比べれば大人しくなっている。
「時間も時間だし、次のアトラクションで最後にするか。何がいい?」
「えっと、最後なら、あれに、乗ろ?」
アカメが指差した先には、暗い夜の空でもひときわ輝く観覧車があった。
「遊園地の最後に観覧車は定番か」
暗くなった遊園地の中を、アカメの手を引いて観覧車を目指して歩く。午前中に歩いているときは子供に向けたファンタジーな雰囲気を感じたが、今はノスタルジックな、どこか懐かしさを感じる雰囲気を纏っている。
そう感じたのは観覧車の光を田舎で見た星の明かりと重ねたからだろうか。
「では、どうぞー!」
スタッフの案内で観覧車に乗り込む。中は意外と涼しく、晩夏の蒸し暑さは感じない。
観覧車はゆっくりと上昇し、昼間に遊んでいたアトラクションが真下に見えてくる。
「・・・・・・なぁ、アカメ。楽しかったか?」
「・・・・・・うん、楽しかった」
「・・・・・・そうか」
園内ではどこからともなく常に聞こえていた音楽が、遠くなっていく。
「・・・・・・ねぇ、ようすけ。楽しかった?」
「・・・・・・・・・・・・あぁ、楽しかった」
観覧車はちょうど頂上。これがデートなら告白などするのだろうか。だが、あいにくにも俺は小学生にして人間関係を拒絶して逃げてきた身。告白する相手なんか一人もいない。
それに加え、今一緒に載っているのは苗字も年齢も知らない小さな少女。勢いやムードで下手なことを言えば警察のお世話になるのは必至。
「はは、今更だな・・・・・・」
何が警察のお世話だ。アカメと出会った日に追い出さなかった時点でそれは確定事項。なら、もう言い訳なんかしなくてもいいんじゃないか。
どうして初めて会った時に追い出さなかったのか。その理由が今ならなんとなく分かる。
「・・・・・・なぁ、アカメ」
「・・・・・・ん?」
「これからも・・・・・・一緒に・・・・・・いてくれるか?」
変われるような気がしたのだ。今もそれは変わらない。アカメと一緒にいれば、惨めな自分から逃げなくてもいいようになれる。人生をやり直せる。
自分勝手。
アカメは情けない俺の言葉を最後まで聞いて、どう思っただろうか。失望しただろうか。
遊園地の明かりを受けてもなお暗い海から視線を外し、対面に座るアカメへと恐る恐る向ける。すると、アカメと視線がぶつかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ダメ、だよ」
感情が、何も湧かない。怒りも憎しみも。いや、一つだけ湧いた感情がある。
振ったお前がそんな顔をしないでくれ・・・・・・。
アカメの瞳は、暗い観覧車の中でもはっきりと分かるほどに潤い、声は今にもかすれて消えてしまいそうなほどに震えていた。
あぁ、この子供は俺とは比べ物にならないほど何かを抱えている。どうして俺の前に現れたのかは分からない。あれから一緒にいる理由も、今もこうして観覧車に乗っている理由も。
意味なんて考えても仕方ない。俺には聞く度胸なんて最初からないのだから。
しかし、もう二度とこんな顔だけはさせたくない。
観覧車は静かに地上へと降下し、俺とアカメはそれから一言も喋らずに観覧車を降りた。
俺のミスでアカメをこんな気持ちにさせたまま帰ってはいけない。
大きく息を鼻から吸い込み、肺に十分空気を溜めて口を開いた。
「お土産、見に行こうぜ」
他人によっては逃げと言うかもしれない。一連のやり取りを無かったことにする発言。
しかし、アカメは少しだけ間の抜けた顔をした後に、クスリと笑ってくれた。
「うん、お土産いっぱい買ってね」
お読みいただきありがとうございます。誤字脱字報告、感想よろしくお願いします。




