五話 連絡手段
クレープの包み紙をゴミ箱に捨てて、俺とアカメは最初の目的だった服屋にやっと到着した。そこはいかにもショッピングモールの服屋、という感じでブランド物というよりかは子供から老人まで幅広い層の服を集めた大型の店舗だ。
「確か、寝間着を買いに来たんだよな。お前の服も普段用のと寝間着、探してこいよ」
「ううん、さきに、ようすけ、の、みにい、こ?」
「別に寝間着くらい自分で選べる。それより、分担した方が時間の効率が── 」
俺の言葉にアカメは聞く耳を持たず、俺のシャツの裾を掴んで店の奥へと進む。途中に子供用のコーナーが見えたが、アカメは真っすぐに男物のコーナーに辿り着いた。
「パジャマ、わるいと、よくねむれ、ない」
なるほど、そういう考えもあるのか。社会に出てから寝間着を着ることが無くなり、浴びるように酒を飲んで寝るだけの生活を送っていた俺にとっては盲点だった。
こんな小さい子供に教えられる事があるとは、我ながら恥ずかしい。
「ようすけ、は、くろが、いい?」
「・・・・・・そうだな。ジャケットも靴も今まで黒ばっかり買ってたからな」
好きと言う訳ではない。ただ、黒が一番目立たないような気がするという理由で選んでいただけ。そのうちに黒が落ち着く色になり、ずっと黒の物を選んでいる。
俺が売られている服をぼーっと見ていると、アカメは数着の服を抱えて持ってきた。
「どれが、いい?」
灰色、紺色、えんじ色、そしてベージュ。先の三つは黒に近い服にも関わらず、最後のベージュだけがこの中に加わると目が痛くなるほど眩しく見える。
おそらくはアカメがベージュの寝間着を買わせたいのだろう。
俺の革靴も明るい色を選び、自分のスニーカーと靴下も明るい色を選んだのだ。俺がここでベージュを選べば、さぞかし喜ぶだろう。だが、この歳でベージュは選べない。
「なんで、黒がないんだよ・・・・・・。そうだな、この紺色のやつとか落ち着いてて好きだぞ」
ベージュは子供なりのネタかも知れないし、素の可能性を回避するために、黒が無いことにツッコミを入れて紺色の寝間着を手にする。
その肌触りは柔らかく、確かにスーツで寝るより気持ちよさそうだと感じる。
「ん。あとひとつ、は?」
「もう一枚買うのか?別にこれだけでいい気が・・・・・・」
「ようすけ、の、いえ、せんたくき、ない。おなじの、つかうと、くさい、よ?」
臭い、その言葉に胸がドキリとするが、アカメが言っているのは同じ服を使った場合という意味。決して、部屋が臭いという意味ではないはず。
「ふとん、も、げんかん、も、くさい、よ?」
「はは、臭くて悪かったな・・・・・・」
そりゃ、そうだ。自分でも臭いと思って消臭スプレーを常備しているくらいだ。数日間ずっと家にいたアカメが匂いに気付かないはずがない。
「ようすけ、ようすけ、どっち?」
アカメの言葉に若干傷ついていると、アカメが灰色の寝間着とえんじ色の寝間着を突き付けてきた。どうやら、ベージュは諦めたらしい。
灰色はどちらかと言うと白寄りの色をしており、言うほど暗くはない。だが、一方のえんじ色は黒に近い色で紺色と似た雰囲気を出している。
「んじゃ、こっちで」
俺はアカメからえんじ色の寝間着を受け取った。その寝間着も紺色と同じメーカーなのか、全く同じ柔らかい肌触りがした。
「ん。じゃあ、もどして、くるね。まって、て」
アカメは俺が選ばなかった灰色とベージュの寝間着を持って、とぼとぼと歩いて行く。
「ついでに自分のやつも選んで来いよ」
アカメは首を半分だけ回し、縦に振る。
「靴買って、服買って・・・・・・。マジで一緒に暮らすみたいだな。・・・・・・今さらか」
自分でも頭がどうかしたのかと思う。昨日まで名前も知らなかった少女とボロいアパートで暮らすなど。誰かにバレれば、即通報もの。
だが、アカメはどこか、うまく言葉に出来ないが、最初から暮らしていたように思える。
最初から一緒に暮らしていて、今になって生活品を揃え始めたように。
こんな風に思うのも、クレープをねだられたり自分の好きな色を押し付けたりと、子供らしい一面を目にしたからかも知れない。
「あと必要な物とか・・・・・・。あ、布団と毛布も買わないとな」
これから季節は夏になり、夜も暖かくなるが、何も敷いていない台所で寝るわけにはいかなくなる。家に置いている布団は玄関の一枚だけなので、今日ここで買っておかなければならない。
そんなことを考えていると、アカメが買い物かごを持って戻ってきた。
「まった?」
「いや、全然。自分の分は入れたか?」
「うん」
子供の腕には重いだろうと買い物かごを受け取る。すると、受け取った買い物かごが想像以上に軽いことに気付いた。
「お前、何枚買ったんだ?」
「ひとつ」
「普段用と寝間着用を一枚ずつ?」
「パジャマ、だけ」
全く、この子供はクレープを欲しがったと思えば、こういうところで遠慮をする。
「ダメだ。普段用に三枚、あと一枚買ってこい」
「わたし、このふく、ある、から」
アカメは自分の着ているワンピースの襟を引っ張って見せる。
「・・・・・・それ、何日着てるんだ?匂うぞ?」
匂う。そう聞いた瞬間、アカメは顔が真っ赤になり、小走りで店の奥へと向かう。
「あ、それとズボンとパンツも買っとけよ。どうせ、今の以外持ってないんだろ?」
アカメは振り向くことなく、小走りから本気の走りに上げて消えて行った。
「はは。あんな顔もするんだな」
実際は俺の鼻が壊れているせいか、アカメからは何の匂いもしていない、だが、一般論で言えば匂うはずだ。
「布団も買うとなると、今日だけで結構使うな」
値段を考えながら買い物かごに入った服を見ていると、一番下にアカメの選んだベージュの寝間着が入っていた。
「あいつ、結局買わせるのかよ・・・・・・」
言っても無駄だと思うので諦めて見つけたベージュの寝間着をそっと一番下に戻す。
またしばらくの間ぼーっと服を眺め、気になった服を手に取っているとアカメが戻ってきた。その手には結構な量の服が抱えられている。
アカメは抱えている服を無言で俺の持つ買い物かごに入れた。
「怒ってるのか?からかったのは悪かったって」
「おこって、ない」
口ではそう言うものの、アカメは俺と目を合わせず、ずっと背を向けている。
こういう時はそのままにしておくと長引いてしまうものだ。大人の俺が気の利いた言葉の一つや二つでもかけなければいけない。
気の利いた言葉、気の利いた言葉・・・・・・。
「あー、色々見てたけど、お前が選んだ服が一番しっくりくるな。うん、仕事用のシャツも任せていいか?あと、布団も」
精一杯考えて出た俺の言葉は合格だったようで、アカメは振り向き、クレープの時よりはひかえめな。だが、確かな笑顔を見せた。
「うん、まかせ、て・・・・・・!」
頼られたことがうれしかったのか、アカメはその後も機嫌を悪くすることなくシャツと自分の布団、そしてその他必要になるであろう日用品を選んでいった。
その合計額もさることながら、手で持って帰るには荷物が増えすぎたので帰りはタクシーを呼ぶことに。
アカメはタクシーに乗るのが初めての様で乗る際は緊張気味だったが、タクシーが走り始めてからはずっと流れる景色に夢中になっていた。
「ようすけ、は、くるま、かわない、の?」
どうやら車が気に入ったらしく、アカメは窓から見える景色から目を離さずに口にした。
「・・・・・・免許は持ってるけどな。あのアパートに置く余裕なんかないし、運転する時間もない」
「そう、なんだ・・・・・・。いつか、かおう、ね」
意外にもアカメはそれ以上車をねだらなかった。子供ながらにして無理なわがままという事を理解しているのか。
それからタクシーで三十分ほど走り、靴や布団、毛布などの買った荷物を降ろす。重い物を持つ機会が減った腕は筋力が落ちていて、アパートの階段を上るときは足腰が震えた。
一番若いはずのアカメはタクシーがアパートに着くなり一目散に家に戻り、俺が荷物を運び終えた頃には台所で眠りについていた。
「ったく、しょうがねえな・・・・・・」
若いというよりも幼いアカメには長時間の外出が疲れたのだろう。買ってきた毛布をアカメに被せて俺もひと眠りすることにした。
翌朝、昼ご飯をコンビニの惣菜で済ませた俺とアカメはノートパソコンの前で肩を並べている。昨日は帰ってきてから二人して眠りにつき、起きた頃にはすっかり日が暮れていたので、特に変わった事もなくコンビニの惣菜で晩ご飯を済ませて再び眠った。
そして何故、今アカメをパソコンの前に座らせているかと言うと、明日になれば五日間のほとんどを俺が仕事で家を留守にする。そうなれば、アカメはこの家に一人で残され、火事や地震などの有事の際に打てる手が無くなる。
そんな事態を防ぐためにも、唯一の連絡手段となるパソコンの使い方を教えなければならないからだ。
「まずは電源からだな。アカメ、ここを押してみろ」
アカメは俺が指さしたノートパソコンの電源ボタンに恐る恐る手を伸ばし、人差し指でゆっくりと押す。すると、ノートパソコンがブゥゥンという静かな駆動音を立てて起動した。
「次はパスワード。零、八、零、七だから、キーボードの上の方にある数字を押してみろ」
今まではアルファベットを交えた八桁のパスワードにしていたが、アカメが使うことを考えて今日の朝に変えて置いたのだ。
アカメは電源ボタンを押した人差し指をゆっくりと滑らせ、数字の上に指を置く。
ここも問題ないな、そう思ってアカメがパスワードを入力するのを待つ。しかし、数分待ってみてもアカメはキーボードを押すことはしない。
「・・・・・・どうした?」
アカメの様子が気になり声をかけるが、アカメはこちらに顔を向けることなくキーボードを見つめている。その手はとある二つのキーの上でふらふらしていた。
「あぁ、ファンクションキーにも数字がついてるから、迷ってるのか」
パソコンを使うよう社会人には違いが分かるが、今まで触ったことがないであろう初心者のアカメが混乱するのも頷ける。
「アカメ、このFが付いてるキーはファンクションキーって言ってな。色々便利だが、始めのうちは気にしなくていい。数字は基本、こっちのひらがなと一緒になったキーを押すんだ」
アカメの手を上から包むように握り、アカメが迷わないように一のキーの上まで指を移動させる。
「この列の数字だ。分かったか?」
一のキーから零のキーの位置までゆっくりアカメの手を動かす。すると、アカメは理解したようで、小刻みに頭を数回縦に振った、
「パスワードは零、八、零、七だからな」
「う、うん・・・・・・。わかった、から・・・・・・」
「あ、悪い。このままじゃ打ちにくいよな」
握っていたアカメの手を離し、アカメがパスワードを打ち込む様子を見つめる。アカメはちゃんと理解したようで、今度は難なくパスワードを入力できた。
「よし。パスワードを打ち終えたら、右手の小指ら辺にあるエンターキーを押すんだ。他のキーよりも大きくて、変な形のキーだ」
「・・・・・・これ?」
アカメはエンターキーの上に人差し指を置いて、押す前に確認を取ってきた。
「そう、それ。この後説明するが、そのキーは文とか単語を入力したいときとか、検索したいときに押すからな。まぁ、決定ボタンみたいな感じで覚えとけばいい」
「わかっ、た」
アカメがエンターキーを押すと、ノートパソコンのロックが解除されてWindowsのロゴが見えるホーム画面が映し出された。
「この画面になればロックが解除されて、パソコンが使える状態になったってことだ」
「そう、なんだ・・・・・・」
「ここまでは大丈夫か?パスワードは?」
「えっと、ぜろ、はち、ぜろ、なな。・・・・・・あって、る?」
「正解。それじゃ、次は連絡手段だな。ここからが本番だから、少し頑張れよ。まずはこのマウスを軽く握れ」
俺の目の前に置いていたマウスを少しアカメの方に寄せる。アカメはマウスを持つのも初めてのようで、指でマウスの側面を覆い、持ちあげた。
「違う、違う。マウスは机の上に置いたまま。親指と小指はマウスの側面に、人差し指と薬指はホイール、歯車みたいなやつの両サイドに。中指は歯車の上に軽く置くんだ」
「ご、ごめんな、さい・・・・・・」
一度に多くを言ってしまったからか、アカメはマウスから手を離して肩を小さくさせた。
初心者が初めてのパソコンでミスをするのは当たり前だ。ミスするたびにそこまで気を落とされては、教えるこちらも少し気疲れしてしまう。
「あー、これから謝るの禁止な」
「・・・・・・え?」
「謝るの禁止。ごめんなさい、すみません、あと黙るのも全部禁止。お前は初心者どころか、まだ子供なんだ。ミスして当たり前。分からなくて当たり前。それを教えるのが俺なんだ。私が困る前に教えろよ、くらいの気持ちでいてくれ」
「で、でも・・・・・・」
「でも、も禁止。俺は怒ってないし、怒らない。面倒だと思わないから。こんなことでイラついてたら、社会人なんて全員ストレスで全員死んでるっつうの」
実際、俺の部下にもミスをするやつは大勢いた。むしろ、何のミスもしない方が少ない。
だが、そいつらにいちいち怒っていてはキリが無い。本当に怒るべきはミスしても謝らず、自分のミスを認め無い奴だけでいい。
その点、アカメは一度教えれば覚えるし、素直に言うことも聞く。謝りすぎること以外は優秀過ぎるくらいだ。
「分からないことがあったら聞けよ?悩む必要なんかないからな」
「う、うん・・・・・・。ありがとう」
「おう。じゃ、マウスを持って机の上を軽く滑らせてみろ。画面の中で矢印が動いてるのが見えるだろ?」
アカメはさっき教えた通りの持ち方でマウスを持ち、机の上で動かす。すると、その動きと同調して画面の中でカーソルが左右に動いた。
カーソルを追うアカメの目は少しだけいつもより輝いていて、マウスを動かす手が次第に早くなっていく。それはまるで、新しいおもちゃを貰った子供の姿だ。
「はは、その矢印はカーソルって言うんだ。慣れてきたら好きなデザインにも変えれるから、好きな物をネットで探せるようになろうな」
「うん・・・・・・!それで、つぎは、なに?」
先ほどまでやらされてる感が強かったアカメだが、カーソルがきっかけでパソコンに興味を持ってくれたようだ。
「次はマウスの左クリックと右クリックだな。基本的には左クリックを使うから、人差し指でマウスについてる歯車の左側を押すんだ」
アカメは言われた通りに人差し指でマウスを数回カチカチ、と押した。
「なにも、おきない、よ?」
「そうだな。なら、カーソルを画面下の黒帯の中にある一番右のアイコンの上に持って行ってから左クリックしてみろ」
アカメが動かすマウスの動きに合わせて画面のカーソルが移動し、画面下の黒帯、タスクバーにあるゲームコントローラーのようなアイコンがクリックされる。
「っわ!?」
コントローラーに似たアイコンを左クリックした瞬間、画面中央に現れたアイコンと同じ、しかし、回転するコントローラーに驚いてアカメは声を上げた。
「こ、これ、なに?」
「ロード中、少し待ってね。って時間だな。回る意味は俺も知らん」
二人で回転するコントローラーをしばらく眺めていると、コントローラーは勝手に消えてチャット欄が現れる。それを確認して俺は、アカメにバレないようにスマホを取り出す。
アカメがパソコンの画面を食い入るようにして見つめていると、パソコンがピコン、という電子音を出した。
アカメは肩を跳ね上げるが、声を上げることはなかった。
「ね、ね、ようすけ。なにか、でてきた、よ?」
アカメが指を指す画面には一見の通知が届いていた。
「そうだな。なんて書いてる?」
「えっと、ぼくは、うちゅうじん、はじめ、まして。って・・・・・・。え!?うちゅうじん、って!?」
「ははは、良かったな。宇宙人からメッセージ貰うなんて、相当ラッキーな事だぞ?早く返信しなくていいのか?相手が怒ったら、宇宙船から攻撃がくるかもな」
もちろん、この宇宙人と自称するアカウントは俺がスマホで送っているもの。しかし、そうとは気づかずにアカメはすっかり信じ込んでいるようだ。すぐにばれるかと思っていたが、予想以上の反応だ。せっかくなので、少しからかってみよう。
「え、え、えっと、は、はじめ、まして!わたしは、アカメ」
アカメは背筋を伸ばし、声を上ずらせて喋る。だが、音声機能なんてついていないパソコンでは、声にしても相手にメッセージが伝わることは無い。
ヘンジハ、マダデスカ?ドレクライ、マテバイイデスカ?
「よ、ようすけ!どうし、よう!?わたしの、こえ、とどいて、ない!」
「相手は文字で打ってきてるからな。こっちも文字で送らないと分からないんだろうよ」
「そ、そんな・・・・・・。よ、ようすけ、もじ、どうやって、うつ、の!?」
「まずはカーソルを動かして、メッセージっていうところを左クリック」
よっぽど焦っているのか、アカメは慌てた様子でカーソルを動かして左クリックをした。
「その次はキーボードの左端にあるキャプスロック英数、っていうキーを押すんだ」
アカメは急いでキーボードからキャプスロックのキーを見つけ、力強く押す。
「よし、あとはローマ字打ちでキーを叩いていけ。打ち終わったら、エンターで送信だ」
ここまでスムーズに説明できるとは、アカメには悪いが嬉しい誤算だ。あとは適当にメッセージをやり取りして、宇宙人を宇宙の隅にでも帰せばいい。そう思っていたが、アカメがキーボードを叩く気配が無い。そこで、俺は重大なことを失念していたことに気付いた。
「・・・・・・な、なぁ、アカメ。もしかして・・・・・・」
「── ようすけ、ローマじ、って、なに?」
盲点、どうして気付かなかったのか。パソコンどころか、インターネットすら触れたことのない少女。そんな彼女がローマ字打ちを知っているはずもないのだ。
その後、俺がアカメの言葉を聞いてキーボードで打ち、ひとまず宇宙人にはお帰り頂いた。
三十になった成人男性が宇宙人を演じ、自分の演技にメッセージを返す。なんとも滑稽な茶番を繰り広げることになるとは思いもしなかった。
「とりあえずはローマ字からだな・・・・・・」
お読みいただきありがとうございます。誤字脱字報告、感想よろしくお願いします。




