十一話 お葬式、そして
「昼飯は冷蔵庫にオムライスがあるから、チンして食べといてくれ」
初めて作った微妙なチャーハンをアカメに御馳走した翌週の土曜日。俺は大家さんと約束していたお墓参りに向かう準備をしていた。
「ん・・・・・・、分かった・・・・・・」
アカメはまだ寝ぼけているようで、台所から適当な返事が返ってくるだけだ。
家を出る前に洗面台の鏡で服装をチェックし、靴を履いてドアを開ける。
玄関を出ると、階段の下で大家さんが手を振っているのが見えた。
「穂川さーん、おはようございます!晴れてよかったですね!」
「そうですね。ところで、その荷物は・・・・・・?」
階段を降りると、大家さんが持つリュックが大きく膨らんでいることに気付いた。
お供えする花は俺が用意すると伝えていたので、大家さんの荷物は線香とロウソクくらいだと思っていたのだが。
「秘密です。さ、おばあちゃんも待ってると思うので、早く行きましょう!」
荷物の正体を知ることはできず、歩き出した大家さんを追う形でアパートを後にした。
事前に聞いていたお墓の場所はアパートから二十分ほどの距離にあるそうで、始めはタクシーを使うことも考えたが、無理な距離ではないので歩きながら向かうことになった。
俺と大家さんの会話は基本、大家さんの話が多かった。高校の卒業式や大学の入学式。お金の都合で、入試が一回しか受けられなかったと聞いた時は胸が痛んだ。
だが、さすがは大家さん。その一回でしっかりと第一希望の大学に受かったそうだ。
「そういえば大学の方は順調なんですか?」
「おばあちゃんが残してくれたお金でなんとか大学には入れましたけど、まだ奨学金を返すあてもなくて・・・・・・。アルバイトの掛け持ちでなんとか、生活を・・・・・・。あ、すみません!こんな話、つまらないですよね!」
「・・・・・・・・・・・・」
ここで否定して、俺は何かできるのか。大学の費用がいくらになるかは知らないが、足しになるだけのお金は用意できる。だが、大家さんはそれを受け取らないだろう。
理由もなく、お金は受け取れないという大家さんの姿は想像に難くない。
しかし、何とかして大家さんの助けにはなりたい。先週のチャーハンから、二日おきに大家さんは料理を教えてくれているのだ。冷蔵庫に入れて置いたオムライスもその一つだ。
食材だって大家さんが用意して・・・・・・。
「・・・・・・大家さん」
「はい?」
「り・・・・・・、あー、えっとー、もうそろそろ紅葉が始まりますね」
口に出掛かった言葉を慌てて抑え、無理矢理話題を作った。そのおかげで、何の脈絡もない話題になってしまったが、大家さんは気にすることなく笑ってくれた。
「ふふ、そうですね。機会があればモミジがたくさんある山に行きたいです」
「そういえば俺の田舎は結構ありましたよ。それに、赤くなるのはモミジだけじゃないので、そこら辺の山でも真っ赤に染まるんです」
「そうなんですか!?私、てっきり赤くなるのはモミジだけだと・・・・・・」
「都会に住んでたら誰でもそう思いますよ。俺なんかここに来た時、電車の乗り換えで・・・・・・」
そこからの会話は弾み、体感にして五分程度歩いたところで大家さんは足を止めた。
「ここにおばあちゃんのお墓があるんです」
閑静な住宅街。そこから公園を一つ挟んだところにあるお寺。門をくぐると始めに目に入ってきたのは、普通の人より一回りほど大きな座禅を組んでいる石像だ。
その石像の前で大家さんは手を合わせ、それを真似て俺も手を合わせる。
「こっちです。付いてきてください」
十秒ほど手を合わせたのち、大家さんは石像の横を通って奥へと足を進める。その後ろを付いて行くと、お寺の奥には大量の墓石が並んでいた。
大量に並ぶ墓石の中で、太陽の光を反射するほどに手入れされているものが目につく。大家さんはその墓石の前で膝を折った。
「これがおばあちゃんのお墓です。」
「・・・・・・綺麗ですね。もしかして、毎日来てるんですか?」
「そんな、学校もバイトもありますから二週間に一回ほどです」
大家さんはリュックからマッチとロウソク、そして線香を取り出し、線香に火を灯してからお墓に供えた。
「おばあちゃん、穂川さんが来てくれたよ。もっと早く来てほしかったねー」
手を合わせながら墓石に笑いかける大家さん。
「すみません・・・・・・」
「あはは、ごめんなさい、冗談です!ほら、穂川さんも挨拶してあげてください!」
大家さんから火の点いた線香を受け取り、火種が落ちないように手を添えてゆっくりと供えた。線香からは白い煙がゆらりと上がり、空へと昇って行く。
「・・・・・・遅くなってすみませんでした。本当はすぐに来るべきだったんですけど・・・・・・。今日はお供えだけですが、また今度掃除にも来ますね。・・・・・・・・・・・・今までお世話になりました」
手を合わせ、目を閉じる。すると、当時の大家さんとの記憶が蘇ってきた。
電話もなしに住みたいと言い出した俺を快く受け入れ、夕食までごちそうしてくれた事。酒を飲んでアパートの前で倒れていたところを介抱してくれたこと。
その全ての場面で大家さんはいつも笑顔でいた。
「・・・・・・しおちゃん、ありがとう」
「・・・・・・・・・・・・え、今、しおって」
「ここに来れてよかったよ。大家さんの笑顔を思い出せたんだ」
いつも笑顔でいた大家さんなら、こんなにお墓参りがこんなに遅くなったことも許してくれるだろう。だから、俺はその笑顔に精一杯返さなくちゃいけない。
それは今の大家さん、しおちゃんに。
「今度のお墓参り、掃除のお手伝いもさせてください。荷物持ちでもなんでもするんで」
大家さんは呆気にと取られた表情をしたのちに、笑みを浮かべた。
「もう!なんで敬語に戻ってるんですか!」
線香をあげた後、持ってきた供花をお供えして俺と大家さんはお寺を後にした。
「・・・・・・おにぃさん!」
「は、はい!?」
アパートに戻ろうと、足を踏み出したところで大家さんの大きな声が路地に響く。それにつられ、応えた俺の声も大きくなってしまった。
「えっと、その、お昼ご飯ってまだ決まってませんか?」
「お昼ご飯、ですか?まだ決まってないですね。それより、今なんて…」
「ふふ、私も昔みたいに呼びたくなっちゃいました!それより私、お弁当作ってきたので一緒に食べましょう!ここに来る途中の公園、結構広くて芝生もあるのでそこで!」
大家さんに手を引かれ、お寺の二つ隣にある公園に連れられる。
こんなに強引な大家さんは初めてだが、お弁当を貰えるならありがたい。
公園の入り口には名前の分からない花が植えられている花壇が続いていて、中央には大きな葉っぱが浮いている池があった。その池を囲う柵には食パンを持った親子もおり、鯉でもいるのか食パンをちぎって放り投げている。
「お祭りの時期になるといっぱい出店も出るんですよ?ちょうど一か月後くらいですね!」
お祭り・・・・・・、アカメもお祭りの経験はないだろうし、話したらどんな顔をするだろうか。ネットを見れば着物の着付けも分かるだろうし、レンタルするのも悪くない。
「あ、穂川さん、見えてきましたよ!あそこです!」
大家さんが指さす先には少し高く盛られた芝生があった。その芝生の上では数組の男女や家族連れがブールシートを広げておにぎりやサンドイッチを口にしている。
「あそこら辺が空いてますよ!早く行かないと取られちゃう!」
開いてるスペースに急いで向かい、大家さんはリュックからブルーシートを取り出して広げた。
大家さんは広げたブルーシートにお尻を着き、靴を脱いで上にあがる。
「ほら、穂川さんも座ってくださいよ!」
公園と言う開放的な場所だからだろうか、大家さんの表情や口調がいつもより明るく、アカメと大して歳の変わらない少女のように見える。
「色々準備してくれてたんですね。言ってくれれば俺も何か用意してきたのに」
「いいんですよ!私が好きでやってることなので。お弁当もちょっと豪華なんですよ?」
大家さんが自信たっぷりと言った顔でリュックから取り出したお弁当箱はおせちを入れるような重箱で、外見だけで相当な時間がかかっていることが分かる。
「どうぞ!開けてください!」
リュックに保冷材でも敷いていたのか、大家さんから受け取った重箱は底がひんやりしている。重箱を落とさないようにブルーシートの上に置き、一番上の蓋を外した。
「おぉ、サンドイッチ!」
重箱の一段目はサンドイッチが一面に敷き詰められていた。一言でサンドイッチと言っても、卵やハムに、レタス、カツなどの色鮮やかな食材が使われていて見飽きることがない。
「おにぎりでも良いかなって思ったんですけど、どうせなら穂川さんが普段食べないものをって思って!お弁当なので、凝った料理じゃないですけど・・・・・・」
「いやいや、十分ですよ。サンドイッチなんて小学生以来です」
「なら、思い出の味ですね!次は下の箱も見てください!」
下段の方が自信があるのか、大家さんは期待に満ちた目をしている。サンドイッチが入っている上段を横に逸らし、ひんやりと冷たかった下段の中身が現れる。
初めに目に飛び込んできたのは桜の花びらの形に切られたニンジンとハム。それらがランダムに敷き詰められていて、その下には黄色い生地が肌を見せている。
「もしかして、これ全部ポテトサラダですか?」
「はい!どうですか!?結構迫力ありますよね!?もう少し早い季節ならお花見として、」
確かに花びらの形に切られたニンジンとハムは絵のように鮮やかで見応えはある。見応えはあるが・・・・・・。
「すごい、ですね。・・・・・・全部で何人前なんですか?」
「んー、六人前くらいですかね?あ、安心してください!ちゃんとタッパーを持ってきてるので、半分くらいは持って帰られるようにお裾分けしますので!」
なるほど。大家さんは初めからこの量を二人だけで食べきるつもりはなかったらしい。
リュックからしゃもじとタッパーを取り出し、半分ほどの量を詰めた。
「あ、まだお箸とお皿も出してませんでしたね。穂川さん、これで手を拭いといてください」
大家さんからウエットティッシュを受け取り、袋を破いて手を拭く。その間に大家さんは二人分の割りばしと紙皿をブルーシートの上に置き、これで食べられる準備は完了した。
「さてと、よし!それじゃ、食べましょう!いただきます!」
「いただきます」
たまごサンド一つ手に取り、口にする。
「うまい・・・・・・、美味しいです!俺も卵焼きなら作るんですけど、こんなふわふわになるなんて・・・・・・。何かコツとかってあるんですか?」
「ふふ、たまご料理は卵を溶いたところにマヨネーズを加えると、ふわふわになって味にもコクが出るんですよ?量とかは好みで大丈夫です!これなら、大さじ一くらいですね」
「なるほど、マヨネーズ!こっちのカツサンドも、ポテトサラダも本当に美味しいです!」
特段お腹が空いているわけではなかったが、一つ口にすればまた一つと口に進んでいく。
「ゆっくりで大丈夫ですよ。はい、お茶も飲んでくださいね」
大家さんから差し出された紙コップを受け取り、喉を潤す。
そうして二人で当時の思い出話をし、サンドイッチもあと数個ほどになったところで、大家さんが改まって顔をこちらに向けてきた。
「・・・・・・穂川さん」
「・・・・・・っん、はい?」
口に入っていたサンドイッチをお茶で流す。
大家さんはいたって穏やかな口調で、しかし下手な言い訳は求めていないと言った空気を纏って静かに聞いてきた。
「穂川さんの隣にいる人は、あなたを幸せにしてくれますか?」
聞き返すことも出来ず、大家さんが口にした言葉を頭の中で反芻する。
彼女が言う『人』とは会ったことも無いはずのアカメの事だろう。
つい数週間前まで廃人同然だった男が急に料理を教わり始め、遊園地に行ったのだ。その影に誰かの存在がある事は想像に難くない。大家さんもそこまで思い至った。
だが、大家さんはまだその存在がアカメであることには気付いていない。
出会いがあまりにも現実離れしていて信じてもらえない。いや、大家さんなら疑うこともせずに信じてくれるだろう。しかし、これ以上大家さんに心配をかけたくはない。
いや、あるいは誰だと聞いてこないあたり大家さんはもう分かってるのかもしれない。なら、俺が言うべきことはあの日、温泉で決意したことだ。
「・・・・・・俺が幸せになれるかは分かりません。ただ、俺はあいつに笑っていてほしい。何も考えずに、くだらないことで笑えるようになってほしい」
遊園地の時のように、毎日子供らしく笑っていられるように。
「・・・・・・そう、ですか」
大家さんは俯き、しばらくの間お互いに無言の状態が続いた。しかし、おもむろに大家さんが空を見上げたことで、その静寂は崩れた。
「・・・・・・・・・・・・はぁ。なら、帰ってあげてください!」
「・・・・・・え?」
「穂川さんが私と出かけてるなんて知ったら、彼女さん絶対怒りますよ?お昼はもう過ぎてるので、コンビニでスイーツでも買って!ほらほら、後片付けはやっておきますから!」
大家さんの言っていることが分からず、混乱していたが背中を押され、半ば強制的に靴を履かされた。
「あ、あの別に彼女じゃ──」
「もう、早く行ってください!スイーツ、忘れちゃだめですよー!」
大家さんの勘違いを訂正しようとするが再び背中を押され、俺は少し高くなった芝生から駆け下りる。
引き返しても大家さんはまた背中を押してくると思うので、首だけ回して右手を上げる。
「お弁当、美味しかったです!ありがとうございました!」
そのまま速足で公園を抜け、大家さんのアドバイス通りにコンビニへと向かう。
お墓に向かう途中で思いついたことを話したかったが、また今度でいいだろう。それよりも今はアカメが喜ぶスイーツを考えなければ。
「・・・・・・アカメの好きなスイーツってなんだ?」
考えても思い浮かぶ気がしないので、それはコンビニ入ってからにしよう。
「アカメ、帰ったぞー」
ビニール袋を片手に部屋の扉を開け、玄関の電気をつける。
「お帰りー」
台所の方から水が流れる音と一緒にアカメの声が聞こえてきた。布団の脇を通って、台所へと足を運ぶ。すると、台所ではアカメが皿を洗っていた。
「早かったね。ちょうど今お昼ご飯食べ終わったとこだよ。って、あれ、何か買ってきたの?」
「あぁ、まぁ、帰りのアイスをな。二つあるから好きな方食べていいぞ」
「ほんと!?ありがとー!ちょうど甘いの食べたかったんだー!」
アカメは洗い物をする手を止め、俺から袋を受け取るとリビングに速足で向かった。
手短に手洗いとうがいを済まし、俺もリビングに向かう。
コンビニで買ったアイスは二つ。外を歩いて汗を掻いたので、アカメ用と自分用に。アカメに好きな方を選ばせて、俺は残った方を食べればいい。
「ようすけ!これ、どっちも食べていいの!?」
「一個だけな。好きな方選んでいいから、余ったのは俺のな」
「むぅ、どっちにしようか今世紀最大の問題・・・・・・」
アカメは二つのアイスを机に置いて、アイスと同じ目線まで背中を丸めて悩んでいる。そんな様子を見ていると、ついついもっと色んな表情を見たくなってしまう。
「アカメ」
「もうちょっと待って!もう少しで決めれそうなの!」
「次はどこ行きたい?海はもう行ったから、次は山に行ってみるか?」
山に行くならスニーカーじゃ登れないだろうし、この時期なら防寒対策もしっかりしないといけない。またあのショッピングモールのお世話になるだろう。
「今世紀最大の問題、二問め!?・・・・・・どこでもいいの?」
「あぁ、行ってみたいとこ全部行こう。あ、でも海外はパスポートを取らないと行けないから・・・・・・、いや、パスポートも取りに行けばいい!」
パスポートなんて生まれてこの方取ったことはないが、せっかくアカメが行きたいと言うなら。そう思い、俺はスマホでパスポートの取り方を検索しようとポケットに入れた。
「・・・・・・・・・・・・た場所」
「ん?」
「ようすけの生まれた場所に行きたい」
お読みいただきありがとうございます。誤字脱字報告、感想よろしくお願いします。




