9話 本日はデート日和②
王都の大通りには、貴族向けの店が軒を連ねている。
カイは慣れた様子で、その中の一軒に私を引っ張り込んだ。
紳士向けの装飾品店、らしい。カフスボタンやネクタイピン、スカーフが、ガラスケースの中に並んでいる。
「見て見て、リリアちゃん。これとか面白くない?」
カイが指差したのは、純金のドクロのカフスボタンだった。
目のところに赤い宝石が嵌め込まれていて、なんというか、ものすごく趣味が悪い。
「これつけてるセヴァン、想像してみてよ」
あの生真面目な悪魔狩りが、この成金趣味のカフスボタンを袖につけているのはそれはそれで面白いかもしれない。
「……ぷっ」
「面白いでしょ?」
「やめてよ、笑わせないで」
肩を震わせていると、カイが私に合わせてケラケラと笑った。
「リリアちゃん、笑った顔可愛いね」
「え?」
「ほら、次行こう」
誤魔化すように手を引かれて、店内をぐるぐると回る。
派手なネクタイ、奇抜な柄のチョーカー、宝石をやたらと散りばめたピンバッジ。カイの選ぶものはどれもこれも、セヴァンには似合わなさそうなものばかりだった。
「カイってさ、本当にセヴァンのこと嫌いなの?」
「うん?」
カイが、孔雀の羽根が刺さった謎の髪飾りを手に取りながら振り返る。
「だって、嫌いな相手の誕生日プレゼント選びに、わざわざ付き合うもの?」
「……嫌いだよ」
カイの手が、髪飾りを置いた。
その代わりにキャンディの棒を取り出して、口に咥えた。
「なんか同族嫌悪なのかなぁ。たまに自分見てるみたいで嫌になるんだよな」
カイがそう言って肩をすくめた。彼らしからぬ困ったような笑顔は、嘘を言っているわけではなさそうだった。
その後も黙々とプレゼントを探していると、私はガラスケースの隅に置かれていたあるものに目を留めた。
「カイ、これはどう思う?」
私がカイに見せたのは、深い青色のスカーフだった。
シルクの光沢があって、織り模様が繊細に入っている。色は、セヴァンの瞳によく似た、夜の海のような藍色。
首元に巻けば、私を縛る首輪も目立たないだろうか。
「セヴァンは俺みたいに肌を見せるのは好きじゃないからね。気に入るんじゃない?」
「……じゃあ、これにするわ!」
私は、さっそく店員を呼んでプレゼント用に包んでもらうことにした。出来上がるのを待っていると、カイが私の横に並んできた。
「リリアちゃんって、セヴァンのこと、結構好きでしょ」
「え?」
声が裏返った。
カイが、にやにや笑いながら私の顔を覗き込んでくる。
「君って、嘘つけないよねぇ」
その言葉に、慌てて視線を逸らした。
「離婚したいのに、プレゼント用意するなんて悪女だなぁ」
(違う)
セヴァンと離婚したいのは本当だ。契約結婚が続く限り、私には死の運命しか待っていない。
だけど、セヴァンに恩義を感じているのも本当だ。
あの夜、私を庇って怪我までしてくれた。そのお返しをするのは当然のことで、決して、好きとか、そういう感情ではなくて――。
「ほら、また顔赤くなってる」
「なってないっ!」
「ほんとリリアちゃんって、面白いね」
カイが、心底楽しそうに笑った。
◇
包装された箱を抱えて店を出ると、もう陽が傾きかけていた。
オレンジ色の光が、石畳を染めている。
「今日はありがとう、付き合ってもらって」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったよ」
カイは肩をすくめると、ジャケットの内ポケットから新しいキャンディを取り出して、口に咥えた。
時計台のほうへ向かって、二人で並んで歩く。
今日はずっと、カイのペースに乗せられっぱなしだった。つまり、本当の目的を全く果たせていない。
「ねぇ、カイ」
「ん?」
「聞きたいことがあるんだけど」
カイが横目でこちらを見た。表情は、夕日の影に隠れてよく見えない。
「私のこと、最初に会ったとき、なんで悪魔だって疑ったの」
カイは、すぐには答えなかった。
キャンディを、口の中でカラカラと転がす音だけが聞こえる。やがて、彼は前を向いたまま、軽い調子で言った。
「んー……そういう噂を聞いて」
「噂?」
リリアが悪魔である噂なんて、小説では流れていなかったはずだ。彼女は、正体がバレることなく、黒幕としての役割を果たしていたはずだ。
「噂って、誰から聞いたの?」
「それは、秘密」
軽く流されて、踏み込ませてもらえない。
もしかすると、セヴァンの他にも私を悪魔だと勘付いている人間がいるのかもしれない。
「でも、別に、俺はリリアちゃんに何かしようなんて――」
カイがそう言いかけたとき。
道の先で、ガラガラと馬車の車輪の音が鳴った。反対側から、女の人の悲鳴が上がる。
「だ、誰か! 息子が!」
私は反射的にそちらを見た。
道の真ん中に、幼い男の子がぽつんと立ち尽くしていた。母親は反対側の歩道で、必死に手を伸ばしている。
そして、男の子の進行方向に、貴族の馬車が走り込んでくる。御者は、まだ気づいていない。
(……危ない!)
私は、考えるよりも先に地面を蹴って駆け出す。
普通の人間なら間に合わない距離だったけれど――私は普通の人間ではないから。
「間に合えっ……!」
男の子の小さな体を腕の中に抱え込んで、そのまま反対側の歩道に転がり込む。
背後で、馬車が通り過ぎていく音が聞こえた。
御者が遅れて気づいたのか、馬の嘶きと、急停止する車輪の悲鳴が遠くで聞こえた。
「……っ、大丈夫かしら?」
腕の中の男の子は、何が起きたかわかっていないらしく、ぽかんとした顔で私を見上げている。
やがて状況を理解したのか、ぐすっと鼻を鳴らして、目に涙を溜め始めた。
「お、おかあさんは?」
「もう大丈夫よ」
私はそっと立ち上がって、男の子の小さな手を引いた。
反対側の歩道から駆け寄ってきた母親が、男の子を抱きしめて、何度も何度も頭を下げる。
「あ、ありがとうございます、本当に……!」
「いえ、無事でよかったわ」
母親が涙ながらに男の子の手を引いて、そのまま路地の奥へ消えていった。
私は息を吐いて、自分の服についた土埃をぱんぱんと払う。
「リリアちゃん」
カイの声が、すぐ後ろから聞こえた。
振り返ると、カイがこちらに歩み寄ってくるところだった。
夕日を背負っていて、表情が逆光で見えない。
「すごい身体能力だね」
「…………」
まずい。かなり、まずい。
先日、カイは私への疑いを晴らしたばかりだというのに、また疑われるようなことをしてしまった。
「う、うちは武芸を嗜む家系だから……」
「そうかぁ。まあ、イーキンズ男爵家ならあり得るよね~」
いや、あり得るわけがない。うちは、どちらかというと文官の家系で、武人はご先祖様を辿ったとしても一人もいなかった気がする。
あまりに苦しすぎる言い訳に、さすがの私も冷や汗が止まらない。
カイは、口に咥えていたキャンディを、ガリッと噛み砕いた。
「リリアちゃんって、面白いね。好きだよ、そういう子」
「……え?」
一瞬真剣な表情で、はちみつ色の瞳が私を射抜く。
カイはなんだか愛おしそうに私の髪に優しく触れたあと、ふっと表情を緩めた。
「なんてね、冗談」
すぐにいつもの飄々とした顔に戻って、肩をすくめる。
「じゃ、また。スカーフ、ちゃんと渡しなよ」
「……あ、うん」
カイは私にセヴァンの誕生日プレゼントを手渡すと、片手をひらりと振って、夕暮れの街並みに溶けていった。
その背中が見えなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。
(いまの、なんだったのかしら)
首を傾げながら、私は近くに迎えに来ていた馬車に飛び乗った。
◇
出かけたついでに、色々と用事を済ませたので、屋敷に帰るのがすっかり夜になってしまった。
居間に足を踏み入れると、奥のソファに座って本を読んでいたセヴァンが、ゆっくりと顔を上げた。
「ただいま」
私はスカーフの箱を、さりげなく背中に回した。今、見せるわけにはいかない。
(渡したらびっくりするかしら)
サプライズをするのは嫌いじゃない。
ニヤニヤしそうになる頬を押さえながら、プレゼントを後ろに控えていたエリーにこっそり預ける。
「エリー、これ、日付が変わったら持ってきて欲しいんだけど」
「……っ、なるほど! サプライズですね! 色々準備しときます!」
エリーは、すぐに察してくれたらしく、にっこりと笑って小さく頷くと、足音を立てずに部屋を出ていった。
それと同時に、セヴァンが立ち上がって、私のほうへ歩いてくる。
「そんなに楽しかったのか」
「えっ」
「カイとのデート」
なんだかセヴァンの声が、いつもより低い気がするのは、気のせいだろうか。
私は、明日のサプライズを思い出して上がりそうになる口角をぐっと押さえながら、なんとか平静を装って答えた。
「……まあ、それなりに」
「ふうん」
セヴァンの手が、私の肩のあたりに伸びてきた。
私の髪に刺さっていた小花のヘアピンを、彼の指がするりと撫でていく。
それから、その指がゆっくりと頬に下りてきて、顎の下に滑り込んだ。
「こっちを見て」
そう言って、私の顎が持ち上げられたかと思うと――唇が、重ねられた。




