8話 本日はデート日和①
さっそく、カイとのデートの日はやってきた。
今日のためにエリーと相談して選んだ、春らしい淡いピンクのワンピースだ。
袖口に小さなフリルがついていて、腰のリボンを結ぶときにきゃあきゃあと盛り上がっていた。
髪は緩く編み下ろし、毛先に白い小花のヘアピンを差してもらった。
なんだかリリアらしからぬ格好である。
「奥様、本当にお可愛らしいです! カイ様もきっとびっくりされますよ」
エリーはうっとりと両手を組んで、瞳を潤ませる。
「それに、旦那様も妬いてくれそうじゃないですか!?」
どうやら、彼女は私とカイのデートを、セヴァンを振り向かせるための作戦の一環だと思っているようで。
(……いや、別に嫉妬させたいとかじゃないんだけど)
ただ、カイに少しでも気に入ってもらえれば情報を得られるかもしれない。
彼を味方に落とすには見た目からだ。これは戦略である。
階段を下りた先の食堂に、セヴァンの姿があった。
朝食を終えたところらしく、紅茶のカップを口に運ぼうとしていた手が、ぴたりと止まる。
「……その恰好はなんだ?」
普段は黒や赤などの濃い色のドレスばかり着ているから、こんな清楚な格好に驚いたのだろう。
「カイとデートに行くの」
私は彼の向かいの椅子に腰を下ろして、エリーが運んできたカフェオレに口をつけた。
牛乳がたっぷり入っていて甘い。
「正気か」
「何が?」
続いて運ばれてきた朝食に、ナイフとフォークを動かしながら聞き返せば、セヴァンが眉間に皺を寄せた。
怒っている、というのとは少し違う。理解不能、と言った呆れ顔が近い。
「あいつは、お前を悪魔だと疑った男だぞ」
「知ってるわよ」
「この前、お前を殺そうとした男だ」
「それも知ってるわよ」
パンをちぎって口に運ぶ。
小麦の香りが鼻を抜けていく。侯爵家のパンは何度食べても美味しい。
「それなのに、二人で出かけるのか」
「契約の中に、他の男性とデートに行かない、なんて項目はなかったはずだけど」
セヴァンの指が、テーブルの上でとんとんと小刻みに動いた。
やがて、観念したようにため息をつく。
「……ないな」
「でしょ」
私は内心で小さくガッツポーズを決めた。
私は、カイから引き出さなければならない情報がある。
私が悪魔だと気づいた経緯と、契約結婚を終わらせるためのセヴァンの弱み。
それを聞き出すための時間なのだ。決してただ遊びに行くわけではない。
「遅くはならないから大丈夫よ」
「そんなことは気にしていないが」
セヴァンは紅茶のカップを再び持ち上げて、何でもない顔で口に運ぶ。けれど、カップの中の紅茶は、さっきから一口も減っていない気がする。
「気をつけろよ」
「はーい、いってきます」
立ち上がって食堂を出るとき、ふと振り返った。
セヴァンは、眉間に手を当ててなぜか溜息をついていた。
◇
王都の中央広場には、大きな時計台がそびえ立っている。
待ち合わせ場所として有名なここは、平日の昼前でも人通りが多い。
私は日傘を差しながら時計台の柱に背を預けて、カイを待っていた。
「お待たせ、リリアちゃん」
声に振り向くと、カイが片手を上げて近づいてくるところだった。
今日のカイは、すっきりとした恰好で藍色のジャケットを肩にかけている。シャツのボタンは相変わらず大胆に開いていた。
「可愛いワンピースだね。こういうのも雰囲気が違っていいね」
「……ありがと」
「お、素直にお礼言うんだ」
「うるさいわね」
カイがにやりと笑って、相変わらず口に咥えていた棒付きキャンディを噛み砕いた。
ガリッという音が、やけに大きく聞こえる。
「カイは何を企んでるの」
「企むって……人聞きの悪いなぁ」
「貴方がキャンディを噛むときは、何か考えてるときよ。違う?」
数日前の、悪魔狩り同行のときから観察していた特徴である。カイは何かを思案するとき、決まってキャンディを噛む。
カイは「へぇ」と感心したように目を細めた。
「観察力あるね、リリアちゃん」
「……それはどうも」
「どこでお茶しようかなって考えてただけだよ。そうだ、広場の南に、いいカフェがあるんだ」
カイが私の手を取った。
振り払う暇もなく、引かれるままに歩き出してしまう。
手のひらは、男性にしては細いけれど、やはり長剣を握る人間の手だから、所々マメができていた。
「歩くのが速くない?」
「リリアちゃんが遅いんだよ」
カイは悪戯っ子のように笑った。
◇
カフェは、広場の南の路地を一本入ったところにあった。
赤レンガの壁に蔦が絡まっていて、店先の黒板にメニューが手書きで並んでいる。
扉を押すと、コーヒーと焼き菓子の匂いが押し寄せてきた。
奥の窓際の席に通されて、向かい合う。
カイがメニューも見ずに、店員にあれこれと頼んでいた。どうやら、常連らしい。
「えっと、私は」
「もう頼んだよ。リリアちゃんは甘いものが好きでしょ」
「なんで知ってるの」
「俺も君のことをよーく観察してたから」
しれっと言って、カイは肘をついて笑う。
やがて運ばれてきたのは、たっぷりのクリームが乗ったホットチョコレートと、小さなフルーツタルトだった。
「で」
カイがフォークでタルトの角を切り崩しながら、軽く口を開いた。
「なんで君はセヴァンと離婚したいわけ?」
「別に、好きじゃないから」
「ははっ、なんだそれ」
カイは口元を抑えてくすくすと笑い声を上げた。
「じゃあなんで結婚したの」
「男爵家が侯爵家に逆らえると思う?」
「まあ、それはそうだ」
カイは、納得したようにタルトをぱくりと口に運ぶ。
「つまり、君からは離婚は切り出せない。セヴァンから別れを切り出してくれるように仕向けたいと」
「その通り……です」
あまりに話が早すぎる。カイの理解能力が高すぎるおかげで、私が話すまでもなく意図を汲み取ってくれる。
彼は、苦笑いをしながら私の方を見た。
「セヴァンも可哀そうだよね、奥さんにこんなこと言われてさ」
「……」
「セヴァンは明日誕生日なのに」
「えっ」
タルトに伸ばしかけたフォークが、空中で止まった。
「まさか、君、セヴァンの誕生日も知らないで結婚したの……?」
私は、ホットチョコレートのカップに視線を逃がした。
そんなの、知る機会も無かったんだから仕方ない。
そもそも、結婚は突発的に決まったし、契約結婚なんだから誕生日なんて――。
「君たちがどういう経緯で結婚したのか俺は知らないけどさ」
「……」
「さすがのセヴァンも、それは泣いちゃうよ」
カイがタルトを口に運びながら、ため息をついた。
私は、なんだか気まずくなって、ホットチョコレートをずずっと啜った。
クリームが舌に絡まる。
「……プレゼント、買わなきゃ」
「じゃあ、選びに行ってあげるかぁ」
カイは私の分の代金もまとめて払うと、立ち上がってさっさと店を出てしまう。
慌てて追いかけながら、私は今日が「カイから情報を引き出す日」だったことを、すっかり忘れかけていることに気がついた。




