5話 「変化の中の真実」
「ここが治療院だ」
「へえ……」
先日結婚式を挙げたばかりの神殿に日を空けずに行くことになるなんて思ってもいなかった。……治療目的で。
神殿に併設されている治療院には治癒魔法士たちが仕えており、日々、悪魔による怪我人たちを治療している。
聖なる力が宿るこの場所は、悪魔の私には少々居心地が悪い。
「私まで来て良かったの? 浄化されて天に召されない?」
「大丈夫だ。……たぶん」
「たぶんじゃ困るんだけど!?」
私は魔法を使わない限り、悪魔だとバレないから大丈夫だとセヴァンに言われたけれど、不安で仕方ない。
そわそわと順番を待っていると、真っ白な聖女の制服を着た美少女が私たちの前で恭しく頭を下げた。
「こんにちは。本日担当いたします。聖女のレオノーラと申します」
美しいウェーブのかかった金色の髪に、紫色の瞳。まるでお人形のように可愛らしい彼女のことを私はよく知っている。
(この子って……)
間違いなく「聖なる夜に口づけを」のヒロイン聖女レオノーラである。さすがヒロインと言うべきか、纏っているオーラが他のモブたちとは大違いである。
(待って。どういうことなの)
彼女とセヴァンの出会いはもっと後のはずだし、そもそもレオノーラが聖女の力を自覚するのはセヴァンから教えてもらうからで、自主的に治療院で働くはずもない。
色々と流れがおかしいと思いながらも、私はレオノーラの方を向き直った。
「よろしくお願いします」
「では、まずセヴァン様から確認させていただきます」
レオノーラは優雅に右手を振り上げて、セヴァンにかざしていく。
「なるほど。ごくわずかですが、悪魔の魔力が傷跡に残っていますね。浄化させていただきます」
ぱあ、とまばゆい光が彼女の手のひらから溢れ出ると、セヴァンの顔色がみるみる良くなっていく。
聖女というのは治癒魔法士とは違い、魔力ではなく聖力で治療する。
破壊や死をもたらす悪魔の力とは真逆で、生命力そのものを吹き込むのだ。
当然、聖女というのはかなり貴重で、この国にいる聖女はレオノーラたった一人である。
「浄化は完了しました。念のため、奥で魔法薬もお飲みください」
「ありがとう、助かった」
「いえ。セヴァン様のおかげで私たちの平和が保たれているのですから。またいつでもお越しくださいね」
やはりと言うべきか、ヒロインとヒーローの二人は並んでいるだけで、とても絵になる。レオノーラに促されて、セヴァンは先に別室へ消えていった。
次は私の番だと肩をこわばらせていれば、レオノーラはこちらをみて――
「はぁ、やっと二人きりになれましたね」
二人きりになった瞬間、そう呟いた。
彼女の表情を見れば、先ほどまでの聖女の笑顔はどこかに消えてしまったらしく面倒そうに溜息をついた。
「ええと、レオノーラ?」
「軽々しく名前を呼ばないでもらえますか?」
(えっ)
なんだかヒロインのキャラが違う気がする。
もっと、純真無垢で誰にでも優しい子だったように記憶しているのだが、目の前のレオノーラは腕を組んで私のことを舐めるように見つめている。
「貴方は、どうしてセヴァン様と結婚したんですか?」
「そっ、それはセヴァンからの一目惚れで」
「……そんなわけないでしょ!」
どんっと私の隣にあったサイドテーブルを手のひらで叩くと、彼女は私に顔を近づけて低い声で囁いた。
「何が目的なんですか?」
「も、目的って?」
「質問に質問で返さないでください」
私はたじろいでしまい、言葉に詰まる。
レオノーラは私が悪魔だと知っているのだろうか。それとも、ただの勘?
どちらにせよ、彼女に悪魔だとバレた日には、私の命はないだろう。
(どうしよう……)
変に言い訳をしてボロを出したくも無いし、だからと言ってこのまま黙っているわけにもいかない。
困り果てていた時、向こう側にあった扉が開いた。
「おい、リリア。いつまで時間をかけて――」
セヴァンが顔を出した瞬間、レオノーラはぱっと私から体を離した。そうして、何事も無かったかのように体全体を浄化してくれた。
(……助かった)
私はぺこりとレオノーラに頭を下げると、セヴァンに駆け寄って手を引いた。
「ほら、帰りましょう」
「あ? ああ……」
セヴァンは戸惑いながらも、私について来てくれる。
「ふふっ、ごめんなさい。また会いましょうね。……リリア様」
そう言って、にっこりと笑うヒロインのことは何も信用できなくて。
いよいよ、小説の流れと全く異なってきた展開に私は頭を抱えてしまうのだった。
◇
もう誰も信用できない。私に安寧の地はないのかもしれない。
レオノーラの挙動がおかしいことを伝えたいけれど、セヴァンとレオノーラの仲を邪魔したいわけでも無い。
別にセヴァンも私の全面的な味方という訳でもないのだし、安易に頼るのは間違いだ。
セヴァンと二人で街中を歩きながら、やはり、早々に離婚するしかないと改めて決意を固める。
「ところで、セヴァン。どこに向かってるの?」
「宝石店だ」
「へぇ……?」
意外なことに、セヴァンの服装は毎日オシャレだった。今日だって、冬っぽいベロア素材のタイを主役にして、ロングコートを羽織っている。
宝石店で、自分のアクセサリーでも買うつもりなのだろうか。
「リリア」
「なに?」
改めて名前を呼ばれたので横を見てみれば、セヴァンが思い詰めたような表情でこちらをみつめていた。
「この前は、なんで攻撃を避けなかった」
「えっ」
「俺のためなのか? 別に、俺のことなんて見捨てて逃げればよかったのに……」
治療をしてもらって、改めて思い出してしまったのだろう。
しおしおと頭を縮こめるように垂れ下げる姿は、落ち込んだ大型犬のようで。
「俺が、カイの言う通りにお前を連れ出したから」
「やだやだ、急にどうしたの、気にしてないわよ」
「……」
「こちらこそよ。セヴァンだって、私を庇ってくれたじゃない。本当にありがとう」
セヴァンは私より2歳下の、15歳。
前世で考えれば高校1年生なんだから、私と違って色々と考えすぎてしまうのかもしれない。
「ふふ、セヴァンて変なところで優しいのね」
彼の方を見て笑いかければ、なぜかセヴァンは顔を赤くしながら、不服そうに歩いていった。
しばらく歩くと、路地裏に小さな個人店がひっそりと構えられていた。
セヴァンによると、この店は侯爵家御用達の店らしく、宝石類は王都でも一流の物を扱っているとのことだった。
「いらっしゃいませ。侯爵様、お待ちしておりました」
そう言って顔を出したのは、眼鏡の好青年だった。目を引くような美形ではないものの、素朴で人の良さがにじみ出ている。
私が将来結婚したいと思っているのは、まさにこういうタイプの男性である。
「奥様、申し遅れました、店主のオリヴィエと申します」
眼鏡の彼が丁寧に頭を下げた。
「リリア、今日は結婚指輪を選びにきた」
セヴァンが私の目を見つめて、少し緊張した面持ちで言った。
「……別に、そういうのは適当で良かったのに」
「俺が嫌だ」
「え」
「俺だって結婚は初めてだし、ちゃんとしたものにしたかった」
言葉の意味をどう受け取ればいいのかわからなくて、私はとりあえず視線をケースの中に落とした。
「リングのサイズはすでに測らせていただいております」
オリヴィエが微笑みながら言った。
「え、いつの間に」
「先日、奥様がお眠りになっていた際に、侯爵様が――」
「オリヴィエ」
咎めるような声でセヴァンは制した。まさか勝手に私の寝室に入ってきたというのだろうか。不法侵入だ。変態め。
「こちらのリングに石を嵌め込む形になります。どうぞ、お好きな宝石をお選びください」
オリヴィエがケースの中から石の見本を並べていく。どれも息を呑むほど大粒で、光を受けてきらきらと輝いていた。
透き通ったダイヤモンドも良いし、彼の瞳のようなサファイアもいいし、真っ赤に輝くルビーも捨てがたい。
「石言葉からお選びになるのもよろしいかと。例えば珍しいものだと、こちらのアレキサンドライトでございます」
そう言って差し出された石は、翠緑色をしていた。けれどオリヴィエが窓辺に持って行き夕日にかざした瞬間、深い赤へと色を変えた。
「……すごい!」
思わず声が漏れた。
「希少性の高い宝石でございまして、光の種類によって色が変わる性質を持っております。石言葉は『変化の中の真実』。昼の光では緑、夕日やろうそく等では赤く輝きます」
昼と夜で色が変わる石。
(人間にも悪魔にもなりきれない私みたいだ)
そう思ったら、なんだか目が離せなくなってしまった。
「……これにするわ」
「かしこまりました」
オリヴィエが頷いて、リングに石を嵌め込む作業を始めた。しばらく待つと、プラチナの台座にアレキサンドライトが収まった指輪が出来上がった。
「では、セヴァン様。どうぞ」
オリヴィエが指輪をセヴァンに手渡した。
セヴァンは指輪を受け取ると、私の左手を優しく取った。指先が、少し冷たい。
「……動くなよ」
彼はゆっくりと薬指に指輪を嵌めていく。指輪が根元まで滑り込んだ瞬間、嬉しくて息が止まりそうになった。
「うん、似合う」
「……っ、ありがとう」
動揺を悟られないように顔を上げれば、セヴァンが黙ってこちらに手を差し出していた。
彼の手のひらの上には、もう一つ指輪が乗っている。
「……同じの?」
「リリアとお揃いにすると決めてたから」
私は石言葉を頭の中で繰り返しながら、セヴァンの左手を取って、薬指に指輪を嵌めた。
彼の手は大きくて、ごつごつしていて、指が長かった。
「ふうん、まあまあ良いな」
そう言って結婚指輪を満足げに眺めるセヴァンの顔は、力が抜けたようにくしゃりと笑っていて。
(そんな風に笑うなんて……)
本当のセヴァンは、素直で優しくて格好いい人だと何度も小説を読み返したから知っていたはずなのに。
(どうして)
どうして、こんな笑顔ごときで。
私の心臓は高鳴ってしまうのだろう。




