4話 悪魔バレのピンチ発生!
「あ、あ、悪魔って……」
なんでバレているんだと私は冷や汗が止まらなくなってしまう。悪魔の匂いというのは、悪魔同士では感知できるけれど、人間が嗅ぎ取れるはずもない。
「綺麗な赤い瞳だね。人間の血の色なのかな?」
カイも悪魔狩りだからか威圧感が凄まじい。
殺気に近いオーラに思わず私の足がすくんで動けなくなってしまう。
ゆっくりとした手つきでカイが私の頬に触れた時、ぐっと後ろに引っ張られた。
「リリアに触るな」
気が付けば、セヴァンの腕の中にすっぽりと収まってしまっていた。後ろから抱きしめられるような形で、身動きが取れなくなってしまう。
「俺の妻に悪魔なんて、冗談もいい加減にしろ」
「別に冗談ってわけでもないんだけどな。君がいきなり結婚なんて怪しすぎるし」
カイは胸元のポケットから棒付きのキャンディを取り出して、口の中に突っ込んだ。
「君は手段を選ばない男だからね。悪魔を殲滅させるためなら、悪魔にでも魂を売ると思ったのさ」
(その通りです……)
このカイと言う人は、セヴァンのことを本当に良く分かっているらしい。
「で、このカワイ子ちゃんは悪魔?」
「そんなわけあるか。どう見ても人間だろう」
「まあ、確かに。見た目はね」
悪魔というのは翼やツノが露出しているため、本来であれば一目で判断できる。
ただ、力の強い上位の悪魔になれば人間に擬態することも可能なのだ。
「じゃあ、今日一日一緒に居てもいい?」
「……は?」
低い声が頭上から降ってくる。
真上を見上げれば、セヴァンはカイのことを信じられないくらい睨みつけていた。それをみたカイは、「お~、怖い」と笑い声を上げる。
「ぶっちゃけ、セヴァンは仲間から疑われちゃってるんだよね。ほら、俺が疑いを晴らしてあげるからさ」
そう言って、勝手に屋敷の方向に歩き出すカイ。
セヴァンは、面倒くさそうに額に手のひらを当てて溜息をついた。
「いいか、リリア。絶対に尻尾を出すなよ」
「わかってる」
私が悪魔だとバレれば、私だけではなく匿っているセヴァンまで処刑されてしまう。
小声で会話をかわし、目配せをしたあと、私はカイの元へ駆け寄った。
「二人って同僚なんですよね。結構仲良しなんですか?」
敵を落とすには、味方のふりをすることが大切だ。世間話をするために、そう切り出せばカイは満面の笑みを浮かべてこちらを向いた。
「ううん、俺はセヴァンのこと大嫌いだよ」
カイはキャンディをガリっと噛んだ。
◇
(つ、疲れる……)
カイは、あの後から何をするにもアヒルの子どものように私の後を付けてくる。
こうやって夕食を食べる間も、向かい側からじーっと見つめてくるのだ。
「リリアちゃんって美味しそうに食べるね」
「……それは、どうも」
カイは飄々としていて何を考えているか分からないから、最低限の会話だけ交わす。うっかり変なことを口走ってしまった暁には、彼の腰の長剣で一突きされてしまうだろう。
「というか、敬語やめてよ、リリアちゃん。俺、堅苦しいの嫌いなんだよね」
「……はは、気を付けるわ」
乾いた笑い声を上げて、カイを見つめる。
これはセヴァン以上に厄介な相手に目を付けられてしまったかもしれない。
「奥様、あの方大丈夫ですか。怪しいですよ」
こそこそとメイドのエリーが耳打ちしてくる。
カイも怖いけれど、エリーもカイの一挙一動を見逃すまいと目を見開いている。目が血走っていて、怖い。ホラーかな。
「……はは、そうねぇ」
「何かあったら、私も戦いますので!」
彼女は後ろでお盆の素振りをし始めた。ありがたいけれど、別の問題が発生しそうなのでやめて欲しい。
「カイ、夕食も終わったからいいだろう。いい加減にして帰れ」
食事が終わって、口元を拭きながらセヴァンはそう言った。外はもう真っ暗で、悪魔の活動時間になっていた。
「もう分かっただろ。俺たちは普通の夫婦だ」
「でも、夫婦のわりにはぎこちなくない?」
「俺の一目惚れで結婚したんだ。まだ関係性は深まってないからな」
流石と言うべきか、セヴァンは堂々と嘘を言ってのける。彼は立ち上がると、カイの両脇を抱えて、引っ張り上げた。
「ちょっと何するの」
「帰れ」
「無理」
押し問答しながら、椅子にしがみつくカイをセヴァンが引きはがす。
私はその様子を、固唾を呑んで見守った。カイが帰ってくれないと、私の緊張の糸は張り詰めっぱなしなのだ。
「というか、今日はセヴァンが悪魔狩りの当番日だよね?」
「そうだ。仕事の邪魔だから帰れ!」
セヴァンの言葉に、カイは待ってましたとばかりに、にっこりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、見回りに連れてきなよ、奥さんも」
「は? 危ないだろ」
「そうだね。じゃあ、リリアちゃん。俺と二人留守番しよっか」
ぱちんと私に向かってウインクをするカイだけれど、カイと家に二人きりなんてセヴァン以上に死の予感しかしない。
「それは……ちょっと」
「いいじゃん。俺、カッコいいよ?」
ぱさりと肩の金髪を払うカイは、確かに美形である。高い鼻筋と大きな口が印象的で、セヴァンが夜に浮かぶ月だとすれば、この人はギラギラ輝く太陽のような顔をしている。
だが、別に私は面食いではない。
そんな輝かしい美形なんてどうでもいいから、私は生き延びたいだけなのだ。
素朴な顔の人畜無害男子こそ至高である。
「じゃあ、悪魔狩りにリリアを連れてく」
「……はい?」
「行くぞ」
悪魔狩りに同行しても、カイがいるのなら、うかうか魔法は使えないし、ただの足手まといにしかならない。
普通に悪魔狩りに行くだけでも疲れるのに、正体がバレないようにさらに細心の注意を払わなければならないなんて、本当に最悪だ。
ああ、命がいくらあっても足りない。
◇
石畳に落ちる街灯の光がゆらゆらと揺れる中、私はセヴァンとカイの二、三歩後ろを歩いていた。時折吹く風が路地の奥から腐った匂いを運んでくる。悪魔の匂いだ。
「新婚二人に挟まれて居心地が悪いなぁ」
「じゃあ帰れ」
二人のやり取りを聞き流しながら、私はそっと息を吸い込んだ。
(……悪魔がいる。近い)
「おっと、リリアちゃんは後ろにいてね」
振り返ったカイの顔は、にこにこしているのに目が笑っていなかった。私はうなずいて、さらに一歩後ろに下がる。
「……っ」
角を曲がった先に、それはいた。人間の形をしているが、明らかに異様な雰囲気を纏っている。
街灯の光を受けた肌がてらてらと光っていて、そいつはゆっくりとこちらを振り返ると、にたりと笑った。
「おや、悪魔狩りか。今夜は豪勢だな」
低く、粘り気のある声だった。
人間の言葉を話せるということは、中位くらいの悪魔だろう。悪魔の視線が二人の間を滑って、私のところで止まった。
「……ほう。悪魔狩りに囲まれてお姫様気取りか」
背筋がざわりとした。
悪魔同士なら匂いでわかる。こちらを品定めするような目が、じっとりと私に向いたままになっている。
(私も悪魔だって、気づかれた)
けれど、セヴァンはこちらを見て「大丈夫」とでも言うように頷いた。私を殺す男なのに、なんだか今日はとても心強い。
「行くぞ」
セヴァンの銀の短剣が抜かれる音がして、カイも腰の剣に手をかける。
セヴァンの動きは流石と言うべきだろう。
一歩踏み込むたびに悪魔との距離が詰まり、悪魔が後退していく。カイは逆側から回り込んで逃げ道を塞ぐ。
特に示し合わせたわけでもなさそうなのに、二人の動きは噛み合っていた。
私は物陰から二人の動きを目で追いながら、息をひそめる。
(おとなしくしていれば、すぐに終わる)
そう思った瞬間だった――突然、悪魔の攻撃がこちら側に飛んできた。
攻撃の先にはカイがいるからきっと大丈夫だろうと、そう思っていたのだけれど。
なんと、カイはひらりとその攻撃をかわしたのだ。
(この人、わざと攻撃を避けて――)
飛び立って攻撃を避けるには悪魔に変身しないといけないし、こんなに攻撃が差し迫った状態で、悪魔の気配を消して魔法を発することも不可能だ。
きっとそれが分かっていて、カイは攻撃を避けた。
私が悪魔であるという証拠を掴むために。
ここで、私が悪魔になって逃げれば、セヴァンは処刑される。そうすれば、私の首についた忌々しい首輪も外れて、晴れて自由の身だ。
セヴァンが何を思って私と契約結婚をしたのかは分からない。甘い言葉は全部嘘だし、いずれ私を殺すつもりなのかもしれない。
それでも。
普通に幸せになりたい私のために可愛いウエディングドレスを用意してくれたことも。
悪魔が嫌いなくせに、悪魔の私に寄り添おうとしてくれたことも。
きっと、それ自体は嘘ではないと思うから。
私は目を瞑って、静かに悪魔の攻撃を待った。
「ちょっと、リリアちゃん! なんで避けないの――」
慌ててカイが駆け寄ろうとする気配がしたけれど、もう間に合わない。
ぎゅっと目を瞑って衝撃を待ったけれど、衝撃は私には来なかった。
代わりに、強い腕が私ごと全部を包んで、ずぶりと鈍い音がした。
(えっ、嘘)
腕の中から見上げると、セヴァンの顔が目の前にあった。
眉間に深い皺が刻まれていて、肩から背中にかけて、じわじわと赤黒いものが広がっていく。
「良い子だから、大人しくしてろよ」
低い声が頭の上から落ちてきて、セヴァンが私から体を離す。
その後、銀の短剣を数本悪魔に向かって投げると、断末魔を上げる間もなく悪魔が霧散した。
一瞬にして悪魔を倒したセヴァンだけれど、怪我の傷は深そうで背中からじわじわと血が滲んでいる。
「ちょっと、大丈夫!?」
さすがのカイも慌てたように駆け寄ってきた。先ほどまでの飄々とした顔が、かなり強張っている。
しかし、セヴァンはカイの方なんて振り向かずしゃがみこんで私の方だけ見つめている。
「怪我はないか?」
「私の心配なんてしてる場合じゃないでしょ……」
ぎゅっと抱きしめられて、血の匂いが私の鼻を掠める。
「馬鹿でしょ、なんで」
本当にセヴァンは馬鹿なのかもしれない。
こんな攻撃で死んでしまったらどうすると言うのだろう。
悪魔殲滅に協力させるために私を生かしているというけれど、自分が死んでしまったら何の意味もないじゃないか。
私は彼の傷跡に手を当てた。
悪魔の魔力を使えば、少しだけ聖女の真似事で治療を行うことができるのだ。
聖女の魔力が時を巻き戻して再生させる魔法だとしたら、私の魔法は無理矢理皮膚を生成しているような感覚だ。
「セヴァン、どうして私を庇ったの?」
魔力を流し込みながらそう問いかける。
だけど、その質問の答えが返ってくることはなくて。
「……良かった」
低く、ゆっくりと。
「リリアが無事で、良かった」
今にも泣き出しそうな声で、甘えるように、縋るように、私を強く引き寄せるのだ。
私を殺そうとしたかと思えば、突然契約結婚すると言い出し、かと思えばこんなに愛しそうに見つめてくるのだから、やっぱり、私には彼の考えはわからない。
傷跡が塞がったことを確認して、私は一息ついた。
(この人は、一体――)
そう思ったところで、上からカイの声が降ってきた。
「じゃあ、俺は帰ろうかな。二人は本当に夫婦だって確認できたし」
「えっ」
「じゃあね~」
振り返ると、カイはすでに背を向けて歩き出していた。
キャンディの棒をくるくると指で回しながら、足音もなく夜の闇に溶けていった。
(誤魔化しきれたってこと……?)
なんだか力が抜けてきて、私はセヴァンにもたれ掛った。
魔力を使い切ったことで、急に悪魔としての欲望が湧き上がってきてしまう。
(駄目よ私。人間は、襲わないって決めたでしょ)
そう思うのに、辺りに満ちた血の匂いに酔わされて、目の前にいる悪魔狩りを食べたくて仕方なくて。
欲望を抑えるために唇を噛むと、ぷちっと血が出た。
「リリア、顔を上げて」
セヴァンは私の肩を掴んで優しく上を向かせた。かと思うと、そのまま噛みつくように唇を重ねてくる。
「……んっ」
私の激しい欲望が嘘だったかのように、全て甘く溶かされていく。
(……やっぱり)
結婚式の時にも感じたけれど、間違いなくセヴァンのキスは私の悪魔の欲望を抑える力がある。
「収まったか?」
唇が離れることが惜しいと思ってしまう。もっと欲しいと思ってしまう。
セヴァンは、そんな私の頭を優しく撫でる。
「良い子なら、いつだってキスしてあげるから」
ああ、最悪だ。このままでは、年下に飼いならされてしまう。
◇◆◇◆◇
「で、どうですか? リリアの様子は」
部屋の中央の、大きい一人用のソファに足を組んだ女が一人鎮座している。悪魔狩りであるカイは、ご機嫌をとるように彼女に紅茶を差し出した。
「うーん、あの二人普通の夫婦だったよ」
「そんなこと、あるわけない!」
そう言って女は、彼の差し出した紅茶を払いのけた。紅茶が零れて、上質なカーペットにシミを作っていく。
「もういいです。私がやりますから」
「民間人に手を出すのは、感心できないなぁ」
「放っておいてください!」
女は立ち上がって部屋を出て行った。
カイは困ったような表情で彼女が出ていくのを見つめている。
「――なんなんですか。リリア・イーキンズは黒幕のはずなのに」
そう言って聖女レオノーラは、部屋の外でひとり呟くのだった。




