08. ピットリの日常3
水曜日のこと。
研究室のトイレの入口のあたりに姿見の鏡が設置されていた。身だしなみを整えるための縦長の大きな鏡だ。
ピットリがその前を通ったのは昼過ぎのことだった。
ぴっ?
鏡の中に丸くてかわいい生き物がいた。
ぴっ!
ピットリが近づくと鏡の中の生き物も近づいてきた。
ぴっぴっ!
鏡の中の生き物も「ぴっぴっ!」と言った(ように見えた)。
ぴっ!(ダレ!)
「……あれ?ピットリ、どこ行った?」
白崎が実験室から顔を出した。ピットリの姿がない。廊下を歩きながら、きょろきょろ見回すとトイレ入口の辺りでピットリが鏡に向かって「ぴっぴっ!」とやっている。
「……何してるんだ?」
白崎が近づいて見るとピットリは鏡の中の自分をじっと見て首を傾げていた。自分が首を傾げると鏡の中の生き物も首を傾げる。ピットリがもう一度首を傾げる。また鏡の中の生き物も首を傾げる。
これを延々と繰り返していた。
「ピットリ……それ、お前の鏡に映った姿だよ」
ぴっ?(カガミ?)
ぴっ?!(ボク?!)
ぴっ!(カワイイ!)
「……何か浮かれてないか?」
ぴっぴっぴっ!(ボクカワイイッテイッテ!)
「なんだ?」
ぴっ(カワイイ)。
「??」
ぴっぴっ(カワイイッテイエ)!
「???」
ぴっぴっぴっーーーーー!(カワイイッテイエーーーーー)!
「何を訴えたいんだ……」白崎は脱力した。
それからピットリは鏡の前が気に入ってしまい、一日に何度も訪れるようになった。通りかかるたびに「ぴっぴっ!」と自分の鏡像に話しかけて、鏡像が同じ動きをするのを確認して満足して去っていく。
そして上条が化粧直しをしようと鏡の前に立ち、いざ化粧をしようとすると鏡と上条の間に入り、ピットリがちょこまかと飛び周り化粧をさせてくれない。
「ピットリお願いだから、ちょっとどいてくれる?」
ぴっぴっぴっ!
「ねぇ、ピットリお願い~」上条が手を合わせながら懇願した。
しかしピットリは、なぜか嬉しそうにして飛んでいる。どく気配はまったくない。
上条は、肩を落とし諦めた。溜息を吐きながら出て行った。
ピットリは男子トイレと女子トイレどちらでも入ってくる。人が扉を開けると隙を狙って入ってくるのだ。
これがトイレに行こうとする研究員の邪魔になることが度々起こった。
「ピットリがまた鏡の前にいる」「ちょっとピットリどいて」「ぴっ(イヤダ)」「どいて!」「どけったらピットリー!」というやり取りが日常になった。
邪魔ばかりするピットリであった。




