03. ピットリ、脱走
ピットリが研究所で生まれて三日目。
白崎はピットリのことが心配で、飼育ケースをデスクの上に出して仕事をするようになっていた。ピットリは飼育ケースの中でじっとしていることが多かったが、白崎が話しかけると元気よく鳴いた。
「ピットリ、今日は何を食べる?鳥用のペレット?それとも昨日あげたミルワーム?」白崎は、右手にペレットを左手にミルワームを持ちながらピットリに向けて言った。
ぴっ(ミルワーム)。ピットリはミルワームの方に顔を移し鳴いた。
「こっちか、じゃあミルワームにしよう」
白崎が容器からミルワームを取り出していると実験室のドアが開いた。先輩研究員の代田宗助(四十五歳)が入ってきた。
「白崎、あの混合培養の結果どう——なんだこれ?」代田は白崎のデスクの上の飼育ケースを見て固まった。
「ピットリです。三日前に生まれました!」
「生まれた??って研究所でか?」
「ちょっと実験で……」
「お前また変なもん混ぜたろ!」
「創造的な……」
「その言い訳!聞き飽きたぞ!」
代田が飼育ケースに顔を近づけた。ピットリは代田を見た。代田はピットリを見た。
「なんか……目がかわいいな……」
「そうでしょう、そうでしょう!」
「いやっ!かわいいとかじゃなくてだな!これ研究倫理的に問題があるだろ!新種の生物を生み出したんなら、ちゃんと報告しないと!」
「報告したら没収されますよ」
「当たり前だろ!」
「嫌ですよー」
「おいこら、白崎」
その時。
ケースの蓋が、ちょっと開いていた。
ピットリは、それを見逃さなかった。
ぴゅっ!
「あっ!」
ピットリが飼育ケースから脱出した。羽をばたつかせながら、ふわりと浮いた。いや、正確には「ふわふわしながら漂った」という感じで、まだ飛行は安定していない。しかし確実に空中に浮いていた。
「ピットリっ!こっちこっちっ!」
「捕まえろっ!」
白崎と代田は手を伸ばしたが、ピットリはひらりとかわした。
ぴっぴっぴっ!
楽しそうに鳴きながら、ピットリは実験室の中を漂いはじめた。
「棚に止まった!」
「そっちから追い込め!」
「ぴっぴっぴっ(イヤーダー)!」
ピットリは棚の端から端へと移動し、代田の薄い頭の上にちょこんと着地した。
「おっ、おい!」
「代田さん動かないで!」
ぴっぴっ。
ピットリは代田の頭の上で、ご満悦の様子だった。代田は直立不動で「早く取れよ……」と呻いた。
白崎が静かに近づいていった。
「ピットリ~、おいで~」
ぴっ?
「そう、こっちこっちだよ~」
白崎がゆっくりと手を伸ばしたとき、ドアが勢いよく開いた。
「代田!白崎!昨日頼んだ資料が——」
所長の大黒が入ってきた。
代田の頭の上のピットリが所長を見た。
所長もピットリを見た。
ぴっ!
ピットリが飛んだ。代田の頭から所長の頭へ
「ああぁぁぁ!」
所長が珍しい声を上げた。ピットリは所長の頭の上に着地したのだ。
「あっ、所長!動かないでください!今取りますから!」
「君たちは何をやってるんだ!」
「あっ、あの……ピットリが逃げ出しちゃって……」
「ピットリ?なんだその名前は!いいから早く取れ!」
白崎が椅子に乗って手を伸ばした。ピットリは所長の頭の上で首を傾げている。
「おいで~ピットリ~」
ぴっ!
ピットリはぴょんと飛んで白崎の手に乗った。
「よかったー」
「まったく何をやってるんだ!白崎!そんな生き物はすぐに……」
「所長、よかったです。無事に……」
白崎が所長の顔を見て言葉が止まった。
代田も所長の顔を見て固まった。
所長の頭に変化が起きていた。
というより、頭の上に乗っていたピットリが何かを引っかけてしまったようで……
所長の髪が、ずれていた。
「……所長」
「なんだ」
「あの……」
「だから、なんだと言っとる!」
「……頭が」
「頭が、なんだ!」
代田が目を逸らした。白崎も目を逸らそうとした。しかし、生き物の本能として見てしまう。
所長の黒髪が、右に六センチほどずれていた。
「所長……頭の上のものをちょっと……」
「なに?!」
所長が手を頭に持っていった時、ピットリが白崎の手の上から飛んだ。




