交流の影
学院の均衡が微かに揺らぎ始めた頃、監督官から新たな指示が出された。
「来週、両翼合同の『交流茶会』を行うことになった。人間と異類の学生が互いに理解を深めるための公式行事だ。リリアーナ、君は人形女仆長として、準備と当日の進行を統括してくれ。」
「了解しました。」
私は即座に低位の人形たちを集め、準備を開始した。
交流茶会は、霧の翼の大ホールで開催される予定だった。人間側は明るい装飾を好み、異類側は静かで優雅な雰囲気を望むため、両者のバランスを取るのは難しい作業だった。
準備中、霧の翼のエミリア・ローズウッドが興奮した様子で近づいてきた。
「リリアーナさん! 交流茶会、楽しみ! 棘の翼のルーカス様やアレクサンドル様も来るよね? 近くで話せるなんて、夢みたい!」
周りの人間少女たちも目を輝かせている。
「アレクサンドル様の金髪、間近で見たい……」
「でも棘の翼の人たち、近づきすぎると怖いよね……」
人間学生たちの期待とわずかな不安が混じった声が、準備室に響いていた。
私は淡々と答えた。
「両翼の学生が互いに敬意を持って参加するよう、調整いたします。」
準備を進めながら、私は胸の奥で微かな歯車の音を感じた。
トク……トク……
ここ数日、この音は時折大きくなる。魔力の流れがわずかに不安定だ。
これは誤作動だ。
人形にこんな反応は必要ない。すぐに抑制しなければならない。
交流茶会当日。
大ホールは人間側の明るい花飾りと、異類側が持ち込んだ黒薔薇の棘装飾が混在する、奇妙なバランスの空間になっていた。
人間学生たちは興奮気味に異類学生に話しかけ、異類学生たちは静かに応じている。アレクサンドル・ヴァルハラは異類側の代表として、穏やかだが慎重な態度で人間学生たちに対応していた。
私はホール全体を見渡しながら、低位の人形たちに指示を出していた。
すると、アレクサンドルが私の近くに歩み寄ってきた。
「リリアーナ、準備は完璧だな。君の統括能力は本当に頼もしい。」
「ありがとうございます、アレクサンドル様。」
彼は声を少し低くして言った。
「ただ……人間の学生たちの目が、好奇心に満ちすぎている。今日のような公式の場でさえ、この調子では、将来的に問題が大きくなるかもしれない。」
アレクサンドルの氷藍の瞳には、明確な懸念が浮かんでいた。
私は静かに答えた。
「私の任務は、今日の交流が円滑に進むよう管理することです。両翼の均衡を乱さないよう努めます。」
アレクサンドルは私の答えを聞き、わずかに頷いた。
「君はいつも中立だ。……だが、中立を保つことが、いつか君自身を苦しめることにならないといいな。」
その言葉に、胸の歯車が小さく軋んだ。
ギ……
私は即座に異常を押し殺し、平静を保った。
交流茶会は表面上、穏やかに進行した。
人間学生たちは異類の優雅さに憧れの視線を送り、異類学生たちは静かに距離を保っていた。
しかし、私はその光景を見ながら、学院の均衡が本当に保たれているのか、という疑問を抑えきれなかった。
人形である私は、感情を持たない。
だからこそ、公平に秩序を守れるはずだ。
……それなのに、なぜ胸の機械は、今日も静かに回り続けているのだろう。
茶会が終わった後、私は一人でホールの片付けをしていた。
アレクサンドルが最後に残り、私に声をかけた。
「リリアーナ、今日もありがとう。……何か異変を感じたら、いつでも相談してくれ。」
「はい、了解しました。」
彼が去った後、私は静かに胸に手を当てた。
異常は、まだ続いている。
この学院の均衡が、今後どうなっていくのか。
私は人形として、ただ秩序を守り続けるしかない。
それ以上、考えてはいけないはずだった。
(第9章 終わり)




