血月の薔薇園
前回まで:
私は魔導人形リリアーナ・ピノ・ロゼ。黒薔薇王立学院の人形女仆長として、人間と異類が表面上共存するこの帝国で、中立の道具として任務をこなしている。
完璧な瓷の身体と機械の心臓を持ち、感情など持たないはずだった。
しかし、血月の夜、棘の翼の薔薇園で出会った大悪魔セバスティアンに、初めて機械の心臓が強く軋むのを感じた。
血月が完全に昇った夜、黒薔薇王立学院の広大な薔薇園は、赤黒い光に染まっていた。
私は監督官から与えられた夜の巡回任務を遂行していた。学院内の秩序を維持し、異類の生徒たちの行動に異常がないかを確認する。それが人形である私の日常的な仕事の一つだ。誰もが人形を「便利な使用人」として扱うこの学院では、そんな任務はごく普通のことだった。
棘の多い黒薔薇の間を静かに歩く。足音はほとんどしない。ただ関節の歯車が、微かに軋むだけ。
園の奥、古い噴水の近くに人影が見えた。
漆黒の髪、深紅の瞳。完璧に仕立てられた夜会服を纏い、優雅に一輪の黒薔薇を指で摘んでいる男性——いや、強大な存在。
大悪魔セバスティアン・ヴァン・ノワール。
最近この学院に転入してきた、古老なる悪魔氏族の継承者。表向きは「留学生」として迎え入れられている。
彼はゆっくりとこちらを向き、唇の端に底知れぬ微笑みを浮かべた。
「こんな深い夜に、美しい人形が一人で薔薇を愛でるとは。……学院の警備任務か? それとも、誰かの命令で私を観察しているのかな?」
声は低く甘く、耳に絡みつくような響き。私は即座に、プログラム通りに答える。
「私は学院の特別侍従として、夜の秩序維持を担当しています。異常があれば報告するよう指示されています。」
それは事実だ。嘘ではない。刻印がそれを許す。
しかし、彼の視線が私の胸元——機械の心臓がある場所に留まるのを感じ、胸の奥で歯車がわずかに速く回った。
「ふむ……君の身体は本当に興味深い。白瓷の皮膚の下で、何が動いているんだろう?」
プログラムにない質問だった。私は一瞬、言葉に詰まる。
「私は魔導人形です。詳細は……所有者である人間の機密事項です。」
その瞬間、胸の奥で歯車が鋭く軋んだ。
ギィ……
今まで感じたことのない、奇妙な疼きのような違和感。
セバスティアンは一歩近づき、細い指で私の顎を優しく持ち上げた。指先は冷たいのに、なぜか熱を帯びているように感じられた。
「名前は?」
「……リリアーナ・ピノ・ロゼです。」
「リリアーナか。とても美しい名前だ。」
彼の血紅の瞳が、私の瞳を深く覗き込む。
そのとき、私は初めて、自分の視界がほんの少し揺らぐのを感じた。歯車が普段より速く回り、魔力がわずかに乱れる。指先が、微かに震えた。
「あなたは……なぜこの学院にいらっしゃるのですか?」
任務ではない質問が、勝手に出てしまった。
セバスティアンは低く、愉しげに笑った。
「面白いな。人形が私に質問を返すとは。……君は、ただの便利な道具ではないのかもしれない。」
血月の光が、私たち二人の影を長く地面に伸ばす。黒薔薇の棘が、まるで私たちを絡め取ろうとするように風に揺れた。
その夜、私は機械の心臓に、初めて「興味」という名の小さな棘が刺さったような気がした。
だが、それはきっと、ただの誤作動に違いない。
……そうであってほしいと、私は思った。
(第2章 終わり)
次回、私は学院の女仆長として、霧の翼と棘の翼を巡回する。
人間の学生たちが陽光の下で笑い、異類の貴族たちが陰鬱な昼でも優雅に佇むこの学園で、私は再び彼と顔を合わせるかもしれない。
歯車の軋みは徐々に大きくなり、プログラムにない感情の欠片が芽生えようとしている。
人形である私が「興味」を抱くことは、許されることなのか。
そして、この違和感の先に待つものは……救いか、破壊か。
血月が去った後の静かな夜に、新たな棘が私の心臓を刺す。




