瓷の心臓
ノクターン帝国は、永遠の夜と薄い霧に覆われた古い王国だ。
人間の貴族と、吸血鬼、悪魔、狼人などの異類貴族が、血盟条約のもと表面上は共存している。長い歴史の中で、両者は互いの力を認め合い、婚姻や同盟を繰り返してきた——少なくとも表向きは。
その均衡を支える一つが、「魔導人形」だった。
人間も異類も、誰もが合法的に人形を所有できる。学院の女僕、貴族の侍従、街の護衛、舞会の給仕……生活のあらゆる場面で、人形は完璧に機能する中立の道具とされている。人間にとっては便利な労働力、異類にとっては忠実な使用人。誰もがそう信じている。
私はリリアーナ・ピノ・ロゼ。その中の一つ、黒薔薇王立学院に配属された魔導人形だ。
私の肌は白磁のように滑らかで、銀灰色の長い髪は決して乱れない。瞳は淡い金色に微かな血の赤が混じり、関節の内側には細かな金色の歯車が刻まれている。胸の奥には魔力を循環させる機械の心臓が静かに回っている。
「絶対服従」の刻印が、私の核心に深く焼き付けられている。私は嘘をつけない。感情を持つ必要もない。ただ、与えられた任務を忠実に遂行する。それが人形としての私の存在意義だった。
今夜も、私は人間の監督官の前に立っていた。学院の寮の一室、蝋燭の炎が揺れる中。
「リリアーナ、今日の報告を。」
監督官の声は穏やかだ。私は淡々と答える。
「本日、吸血鬼氏族の生徒たちが夜の図書館で小さな集まりを開きました。話題は血盟条約の再確認と、次期血月祭典の準備についてです。大悪魔氏族の転入生セバスティアン・ヴァン・ノワールについては、まだ目立った行動はありません。」
監督官は満足げに頷き、私の肩に軽く手を置いた。その手の温もりは、私のプログラムが「快適」と認識するものだったが、本当の意味で何も感じない。
「よくやった。引き続き、学院内の秩序維持に努めてくれ。」
「はい、了解しました。」
報告を終え、自室に戻る。鏡の前に立ち、自分の姿をじっと見つめる。
美しい。完璧だ。
でも、それは「道具」としての美しさでしかない。
胸の奥で、かすかな歯車の音がする。
トク……トク……
ただの動力源。心臓ではない。
窓の外では、永夜の空に血色の月がゆっくりと昇り始めていた。黒薔薇の花弁が風に舞い、地面に血のように散らばる。
私は人形だ。
人間と異類の共存を支える、中立の道具。
壊れても泣かず、愛しても理解しない。
それが、私のすべてだった。
……そう、信じていた。
(第1章 終わり)
次回、血月の夜。
黒薔薇の棘が囁く薔薇園で、私は初めて「彼」と出会う。
優雅なる大悪魔、セバスティアン・ヴァン・ノワール。
彼の視線は私の機械の心臓を射抜き、歯車はこれまで感じたことのない軋みを上げる。
人形である私が、なぜ彼に興味を抱くのか。
この違和感は、ただの誤作動か……それとも、私の「心」が目覚めようとしているのか。
血月がもたらす強大な魔力潮汐の下、人形の運命は静かに動き始める。




