牙と棘の対立
交流茶会から一週間後、棘の翼で初めて目に見える衝突が起きた。
事件は棘の翼の訓練場で起こった。
吸血鬼三年生のルーカス・ヴァルハラと、狼人二年生のガルド・クロムウェルが、共同魔術訓練中に口論になり、軽い乱闘に発展した。
原因は些細なものだった。ルーカスが「狼人の魔力は粗暴すぎる」と指摘したのに対し、ガルドが「吸血鬼の優雅さなど、ただの弱さの言い訳だ」と反論したことから始まった。両者は歴史的に因縁があり、血盟条約が結ばれてからも、互いに暗にライバル視している関係だった。
訓練場の空気が一気に張りつめた。
私は女仆長として、すぐに現場へ駆けつけた。
「ルーカス様、ガルド様、両者とも落ち着いてください。私は人形女仆長のリリアーナ・ピノ・ロゼです。この場は私が仲裁いたします。」
ルーカスは銀髪を軽くかき上げ、冷たい青い瞳で私を見た。
「女仆長か。人間の学生たちの好奇心が我々を刺激している今、こんな内輪もめは余計だ。」
ガルドは筋肉質の体を震わせ、牙を軽く覗かせながら低く唸った。
「吸血鬼の貴族様が偉そうに。狼人は力で勝負する。それが我々の誇りだ。」
二人の間に緊張が走る。
アレクサンドル・ヴァルハラもすぐに駆けつけ、冷静に間に入った。
「ルーカス、ガルド、訓練場で私闘は学院の規則に反する。女仆長の言う通り、落ち着け。」
私は二人の間に立ち、穏やかだが明確な声で言った。
「両者とも、互いに敬意を持ってください。ここは共存の場です。歴史的な因縁は理解しますが、学院内での衝突は秩序を乱します。」
ルーカスはため息をつき、ガルドは不満げに牙を隠した。
アレクサンドルは私に軽く頷き、二人をなだめた。
事件は表面上収まったが、訓練場の空気は重く残った。
私はその後、アレクサンドルと少し話す機会を得た。
「リリアーナ、今日の件は氷山の一角だ。吸血鬼と狼人の間には、古くから血の因縁がある。血盟条約で抑え込まれていたものが、人間側の動きで少しずつ表面化し始めている。」
アレクサンドルは疲れたように言った。
「異類内部の対立が激化すれば、学院全体の均衡が崩れる可能性がある。君は両翼を自由に行き来できる。もし何か感じたら、すぐに教えてくれ。」
私は静かに頷いた。
「了解しました。」
胸の奥に、再び説明のつかない重さを感じた。
私はそれを無視し、平静を保った。
人形である私は、感情を持たない。
だからこそ、この学院の秩序を守り続けることができるはずだ。
しかし、異類内部の衝突が始まった今、学院の均衡は、以前より脆くなっているように思えた。
(第11章 終わり)




