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狐狩り~あやかしぶん殴ります~  作者: 桐谷雪矢
第二章 獣は獣を喚ぶ
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3.小遣い稼ぎ

 けたたましいインターホンの呼び出し音が爆睡していた俺を叩き起こした。何ごとかと玄関のインターホンモニタを見れば、野間が真っ青な顔をして後ろを振り返りながらカメラを見上げている。

「どうした? なにかあった?」

 寝惚けた声で欠伸混じりに尋ねると『開けて開けてっ』と必死に叫んでいる。寝起きで回っていなかった頭がようやく動き出した。まずい。勇司のことに気を取られて、ゆうべの件がほったらかしになっていた。壁の時計はすでに昼前を指している。

「ちょっと待て、すぐ下りるから。できれば道に出て人目のあるとこで待ってて。車とか気をつけてな」

『ホントだねっ、急いで欲しいんだけどっ』

 エントランスから消えるのを確認して、簡単に髪をとかした。長髪なのにぼさぼさのまま外に出るのは抵抗がある。スマホと財布だけポケットに突っ込んで部屋を出た。

 何度も取り憑かれたように動画に魅入ってしまったくらいなのに、すっかり忘れてしまうとは。勇司に会ったせいかも知れない。俺が自分でも気付いてなかったものが祓われたのだろう。それが野間に向かった?

 エントランスを出たすぐのところで、野間は壁を背に貼り付けて辺りをきょろきょろと見回していた。俺に気がつくとリュックを前に抱えたままでずるりとへたり込んだ。

「しのくんしのくんっ、助かったぁ~。うちにいても外に出ても、ずっとなんか変な気配がして怖くってっ」

「気配? あの動画のと同じヤツ?」

「たぶん、そうかも。よくはわかんないんだよ、僕は。しのくんみたいに視えないしさあ。それでもなんか変って思っちゃうくらいだから、相当ヤバいんだよきっと」

「すまん、勇司は……ゆうべちょっと見つからなくてな。相談出来なかったんだ」

 勇司についても気になるが、あいつは自力でもどうにかなるはずだ。姿も戻っていたから変な夢とでも思っているかも知れない。

「それとね……」

 立ち上がった野間は、言いにくそうにリュックのファスナーをもじもじと弄っている。

「あとで思い出したんだけど、あの動画、おかしいのに気付く前に、リーダーにコピー渡しちゃったんだ。リーダー、酔った勢いで編集なしにネットに上げちゃったんだって。今朝起きたらぷちバズというか、半分炎上っぽくなってたらしいよ。怖くなってすぐ非公開にしてアカウントも鍵かけたけど、今度はリアルで誰かが見てるって脅えてて、それ聞いてしのくんに電話したんだよ。でも出なくて……直接来ちゃった」

 言われてスマホの電源を入れたが、うんともすんとも言わない。そういやゆうべは充電しないで寝てしまった気がする。

「バッテリー、死んでた……」

「几帳面なしのくんでもやらかすんだ」

「几帳面と神経質は違うんだからな。リーダーってのはコスプレしてたゲームの役職かなにかの?」

「『すとすと』の中のリーダーって呼ばれてるキャラやってるからリーダー。今、実家住まいだから、弟くんが夏休みでいっしょにいてくれるらしいよ。ひとりになると怖いって」

「賢明かもな。それで野間、今はなにも感じない? 大丈夫そう?」

「しのくん来るまでは、リーダーのと同じかはわかんないけど、ずっと後を付けられてるような感じで気持ち悪かったかな。今はもう大丈夫っぽい」

 安心したからか顔色もよくなった野間の肩を軽く叩いて、充電して出かける支度が済むまで部屋で待ってもらうことにした。その方が野間もひとりじゃないからいいだろう。

 エレベーターで三階の部屋へ向かう。俺はあまりエレベーターが好きではない。こんな狭い逃げ道のない密室で怪異に出くわしたら、目的の階に着かなかったら、閉じ込められて出られなくなったら。考えただけでも胃がきゅっと締め付けられてパニックを起こしそうになる。閉所恐怖症の可能性もあるが、押し入れの中は平気なので違うと思う。

 部屋に入った野間が最初に見てしまったのが、机の上にある開いたままになっている封筒の中味だった。勇司の取り分である。

「ちょ、しのくんこれどうしたの? とうとうイケない商売でも始めちゃったの?」

「あ~……それ、バイトの退職金……てところかな」

 寝起きの訪問ですっかり忘れていた。誤魔化すにも咄嗟すぎて、当たり障りなさそうな返事をしつつ、スマホを急速充電器に繋いだ。

「ええ~っ? むっちゃいいバイトじゃん、俺もやりたい~。なになにどんなバイト?」

「不動産関係?」

「しのくん資格持ってたんだ。すごいなぁ」

「あ~……ちょっと違う。ここだけの話だぞ。いわゆる事故物件絡みで、な」

 事故物件っ?と野間は目を輝かせた。怖い話が好きなわけでもないのに、最近見たホラー映画のキャラが気に入ったとか言っていたのを思い出す。

「もう辞めたからな。美味しい話はそうそう転がってないから。それとも野間がなにかそういう物件で気になってるってんなら話は聞くけど」

「自分じゃないんだけどね、えっと、こういうの……」

 取り出したタブレットに映し出されたのは動画配信サイトだった。事故物件やら廃墟やらの探索系チャンネルだという。野間は俺を下から覗き込むようにして、にへら~っと笑った。

「しのく~ん。こういうの、やんないかな? 売れれば印刷代くらいにはなるかな~って」

「うわぁ……」

思わず変な声が出た。サムネイル画像だけでもなにかいるのがわかってしまった。

「ねえ、もしかしてこれ、ホンモノ? いるの?」

「野間ぁ~。コワいの嫌いだって前に言ってなかったっけか?」

「嫌いだけどね、お小遣いは欲しいわけでね」

「あ。野間、もしかして『すとすと』に課金しまくってない?」

 当たり前じゃん、と歯を見せて笑った野間は続けた。

「だってキャラクター監修、ノヴァせんせだよ? ファンとしてはやるしかないよ」

 ノヴァせんせと言うのは、小説家の近野(こんの)葉水(はみず)のことだ。俺たちが知り合ったきっかけも、SNSのノヴァコミュニティだった。ネットでのハンドルがノヴァだったのでファンはノヴァせんせと呼んでいる。異世界もののスマホゲームでキャラクター監修をするというので話題になったが、俺はゲームだけは手を出さない、と決めていた。時間が溶ける。

「配信で稼ぐっての、実際にはどうなんだ? ホントにそんなに稼げるものなのか?」

「人とネタによるんじゃないかな。しのくんと勇司くんで廃墟に行って除霊します、みたいなのだったら、印刷代くらいならは稼げると思うよ。知的イケメンとワイルドイケメンだし」

 ふむ、と俺は腕を組んだ。イケメン云々はどうでもいいが、これ、依頼を受けての配信にしたら、依頼料でまずペイ出来て、さらにおまけも……まで考えて、頭を振る。乗せられてどうする。そもそも勇司は頼っていいのか?

 ゆうべの異形姿の勇司が脳裏に蘇る。本人に制御が出来ないまま、人目があるところでまたあの姿になったらどうなるか、想像は容易に出来てもあまり考えたくはない。

 考え込んだことで脈ありと思ったらしく、どう? やらない?と乗り気になって野間が覗き込んできた。

「やらないって。だいたいその企画だとアバターで誤魔化したりしにくそうじゃないか。やだよ、俺。勇司もやりたがらないと思うし」

 だめかあ、とがっかりする野間を尻目に、充電しているスマホの電源を入れる。動き始めた途端、着信のコールが鳴った。

「勇司……?」

 滅多に向こうからは電話してこない勇司からの電話に、俺は固まってしまった。

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