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狐狩り~あやかしぶん殴ります~  作者: 桐谷雪矢
第二章 獣は獣を喚ぶ
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2.異形

 いくら電話をしても出ない。メッセージは既読にならない。勇司は今スマホを持っていないか、その近くにいないのだろうか。バイトの取り分も渡したいのに。

 あいつは急ぎで用事がある時ほど捕まらない。もうすぐ日が変わるし、バイトはもうなさそうだと言っていたのに捕まらないとなると、もしや女でも出来てしけこんでんのか? まあそれはどうでもいいけど、野間が心配だ。

 捨てても構わない使い古されたスマホで再生する画像は、元の画質より若干解像度が低く、動画は少しがたついて音声がざらついている。なにかヒントはないかと何度も見ていると、見るたびに映像が微妙に変わるのに気付いた。言葉が少しずつ不明瞭になっていく。血飛沫のような噴水も、真っ直ぐに吹き上げていたはずが、なんとなく見ているこちらに向いて来ている気がする。

 何度も見ているうちに、血飛沫が他のなにかに形を変えてきた気がした。

 これは、血のような液体ではなくて……形になってきている? まるで……。

 スライダーの位置を変える時に指が滑ってアプリが終了し、何度も同じところを取り憑かれたようにリピートしている自分に気付いた。もしかしたら延々と見続けておかしくなってしまうのではないか。

 再び勇司に電話をかけた。野間だけではなく、自分も不安になってきた。

 十回、二十回とコールを鳴らす。いくらなんでもここまでうるさければ出るか切るか、反応があってもいいだろう。

 出ない。

 妙な胸騒ぎがして視線を泳がせた。いつもなら「ああもうっ」と後回しにするのだが、今すぐ勇司に会わなければならない気がしてきた。イヤな予感ではなく、ただ、勇司のところへ行かないとならないと思った。呼ばれている感覚に近い。

 先日の物件の隣だったことや、おかしな住人がいたことが脳裏を過る。ひとりで考えていてもどうにもならにない。かえってよくない方へと思い詰めそうだ。

 いてもたってもいられず、動画が入ったスマホとバッグを掴むと部屋を飛び出した。車に乗り込み、深夜なのも忘れて勢いよくアクセルを吹かす。

 今までにもたまに似た感覚に囚われたことはあるが、これほど焦燥感に襲われたのははじめてだ。動画の映像の変化も後押ししていた。

 ものの数分で勇司のアパートに着くと、車のロックも忘れて部屋に向かった。お互いに部屋の合鍵を渡している程度には信頼し合っている。階段を駆け上がって鍵を開けようとすると、中から濁った声がした。

「開け……んなっ」

 くぐもってはいるが確かに勇司の声だ。具合が悪いのか? 慌てて鍵を開け、靴を脱ぎ捨て中へと入る。玄関からキッチンを通り抜けて居室への引き戸を開けた。

「来るなってんだろぉ……っ」

 床に直に置かれたマットレスの上で、タオルケットをすっぽり被った勇司が丸くなっていた。

 様子がおかしい。

 今までどんなに具合が悪い時でも看病に来た人を追い返そうとはしたことはない。そして今の丸くなっている勇司は、タオルケット越しでもわかるほどにがくがくと震えている。

 ただごとではない。

 勇司の言葉を無視して近付くと、被っていたタオルケットを力尽くで剥いだ。

「やめ……っ」

 抵抗らしい抵抗をしなかった勇司の姿に、俺はもぎ取ったタオルケットを足元に落とした。

「な……に、勇司……。それ、コスプレ……じゃないよ、な?」

 そこにいたのは、人間とは言い難い異形だった。

 半袖Tシャツから出ている腕は、短パンから出ている足は、みっしりと毛に覆われていた。

 その形はどう見ても人間の関節を有していない。手足の先は握ったり出来る、まだ人間に近い形状だ。

 その腕が隠すように抱えている頭は、鼻面が伸びて口が耳まで裂けて、いや、耳は人間の頭にある位置にはなく、頭上に生えているので、人間の耳の位置、と言い直すべきか。そしてふさふさの尻尾は股間に挟み込まれている。

 その姿は、狼男、人狼そのものだった。

「えっと……その……」

 かける言葉に詰まって、うずくまる勇司の横に座った。どんな姿をしていようと、勇司なのはわかった。触れていいのか暫し迷ったが、まぁ勇司だし、と思い直して、丸めている背中を撫でた。小さく震えているのが手のひらに伝わってくる。シャツの手触りも服を着せた犬と同じだ。出ている腕や頭にも触れたくなるのを堪えて、なにげなさを装って尋ねた。

「なんかあったのか?」

 勇司は喉の奥から絞り出すように声を出した。

「なんもねぇよ……寝てたら、しのから電話あって、スマホ取ろうと手ぇ伸ばしたら……こんな手で……っ。なぁ俺、このままだったらどうしよ……」

 受け入れ難い現実を見ないように、硬く閉じられた瞼。ひゅうひゅうと引き攣ったような呼吸が漏れている。過呼吸寸前か。

 こんなに弱っている勇司を見るのははじめてだった。事態は深刻だが、どういうわけか違和感がなかった。勇司がこんなに困惑し怯えているのに、俺はどこかほっとしているような落ち着いたような、状況にはそぐわない感情に陥っていた。

「大丈夫、リラックスして、人間の形状を思い出せ。はい、ゆっくりと深呼吸。ゆっくりだぞ」

 リズムを取って背中をぽんぽんと叩く。小さい子を寝かせつけるように。

 いつもだったら文句のひとつも言うだろうが、今夜はおとなしく呼吸を整えている。

 しばらくそうしていると、少しずつ叩いている背中の感触が変わってきた。

 丸みを帯びていた背中が薄くなっていき、シャツの下の毛皮感触が消える。手脚の体毛もなくなって、関節も元に戻っていく。耳や鼻面も見慣れた姿になって、俺は叩いていた手を止めた。

 こんなに関節やら体毛やらが変化して、肉体的な負担はないのだろうか。そう思って勇司を見ると、安心したのか寝息を立てていた。

「なんなんだよ、まったくもう……」

 脱力してそのまま寝転がりたくなったが、車どころか自分の家の鍵を閉めてきたのか気になった。時間も遅い。とりあえず今夜はいったん帰ることにした。

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