4.視ているモノ
野間をひとりにしておくのは心配だったので、勇司も野間も気乗りしていなかったが、とりあえず野間は車で待っていてもらうことで双方が納得した。勇司のアパートの駐車場だからいざとなればすぐに手が打てる。
「なにかあれば躊躇しないで電話してくれ。なんなら防犯ブザーでも鳴らして」
こくこく頷く野間を残し、ゆうべのこともあるので、急いで勇司の部屋へ行く。
「どうした? 珍しく電話して、来いだなんて」
ドアの鍵は開いていた。中では勇司が布団の上で胡座をかいて腕組みをしている。解せぬ、としか言い様がない表情に、つい俺は噴き出してしまった。
「なんてツラしてんだよ。なにかあったのか?」
覚えてるかどうかわからないので、なにも知らないフリで上がり込むと、同じく胡座を組んで勇司の正面に座った。ゆうべとはなにも変わっていない。がしがしと頭を掻き毟って勇司が布団を叩いた。抜け毛と思しき動物の毛がうっすら舞う。
「あったのかじゃねえだろ。アレ、なんだったんだよ」
「あ、覚えてたんだ。寝惚けてたとか夢だったのかとか、適当に自分で思い込んで忘れるかもって思ったから知らないフリしてみただけ。どこまで覚えてんだ?」
勇司は記憶を辿るように視線を巡らせてから、滅多に見せない照れ臭そうな顔をしてぼそぼそ喋った。
「しのが来た時に喋ったのが全部だよ。気がついたら、自分が自分じゃなくなってて、スマホも持てないし操作できないから電話に出られなくて、どうしようって悩んでたらちょうど来てくれて……起きたら朝だった。なあ、アレなんだ? 俺、病気かなにかなのか?」
「病気……ああ、そうかもな、って言ったら納得するのか? ああなったのは、はじめて?」
「ん、はじめて。たまに外で人と動物が交じり合って視えたりしてたの、こういうコトなのかって思った」
「ちょ、なんだそれ。俺でもそんなの視えたコトないぞ」
俺よりも視えてるなとは思っていたが、勇司はいったいいつも何を視ているんだ。
「なんていうのかな。半透明の毛皮頭から被ってるみたいな? しのは視えてないのか。ああ、しの、言ってるもんなあ。視えてるもんが全てだと思わないでください、だっけ?」
確かにそれは言う。ただし、まったく霊感がなくてこちらの注意を聞いてくれない相手に。
いくら止めても廃墟だの怪しい心霊スポットだのに行きたがるヤツに、本当にマズい場所の時は遠回しに止める。そんな時に口をついて出るセリフだ。それを勇司は、人とは違う視え方をしている自覚はあって、そのことを言われていると思っていたのか。
「それで、具合はどうなんだ。調子悪いとかそういう」
「いやあ、それはもう、絶好調? 気分はもやもやしてるけどな。走ったらいつもより早く走れそう。今ならバイクにも追いつけたかも知れないってくらい」
「なんていうか、このパターンだと、覚醒したの?って感じだな。あ。おじさんおばさんには連絡した?」
「なんで連絡すんのさ」
うちと勇司のうちは親同士が親しくしていて、俺の両親が死んでからも勇司のご両親にはよくしてもらっている。
「親ならなにか知ってる可能性高いだろ。まぁ、遺伝だとしたら、二十代半ばになって発覚するってのは遅すぎる気もするけどな」
「遺伝……」
勇司はぽそりと呟いた。遺伝だとしたらおじさんかおばさんのどちらか、もしくはふたりともが人狼なのだろう。そんな素振りはまったくなかったし、そもそも勇司が気付かなかったというのが不思議だった。
「訊きにくいんだったら、俺が電話する。あ、その前に、野間がさぁ。変なのに関わっちゃったらしくて、野間とその連れが困ってんだわ」
言うと、勇司はすん、と鼻を鳴らした。
「こないだのアパートのヤツと同じじゃね? ニオイが似てる。獣臭い」
「はぁ? なんだそれ」
「知らねえよ。しのもゆうべそのニオイさせてたけど、俺がそれどころじゃなかったから言えなかっただけ」
「ゆうべ? 今はどうなんだ」
「今はしない。野間のヤツ、下にいるんだろ? 電話終わったら行く」
助かる、と伝えて、勇司の母親の方に電話をかけた。数回目のコールのあと、留守番電話に切り替わる。
「雅弥です。勇司のことで相談し……」
そこまで言ったところで通話が繋がった。
『やだ、どうしたの? 久し振りじゃないの、まーくんも元気?』
明るく屈託のない声が返ってきた。さすがにそろそろその呼び名は止めて欲しいが。
「えっと、勇司の体質みたいなことで訊きたいんだけど……」
「まだるっこしいな。おふくろ~、ゆうべ毛むくじゃらになっちゃったんだけどさぁ、なんか知ってる?」
横から勇司が割り込んできた。だったら最初から自分でかけろと思いつつ、通話をスピーカーに切り替える。
『あらやだ。おと~さぁん、勇司、目覚めちゃったんだって』
『雅弥くんもいっしょにいるんだったらちょうど良くないか? うちに来てもらいなさい』
奥で喋っているのが丸聞こえだ。俺と勇司は顔を見合わせた。勇司だけじゃなくて俺も? まさか口止めとかでもあるまい。
今から行くと返事をして通話を切った。目覚めちゃったと言うからには、いずれこうなるとわかっていたのだ。勇司を見ると、わけがわからん、と頭を抱えていた。脳筋陽キャ系の勇司らしからぬ顔をしている。
「マジで『覚醒しちゃった、てへ』てヤツか。んな顔してたってどうにもわからないんだから、とりあえず着替えて。あ、それと野間見てやって。俺は先に車に行ってるから」
のろのろと立ち上がる勇司を尻目に、俺は車に戻った。助手席にいた野間は勇司が来るだろうと後ろの席に移っていた。
「おまたせ。なにもなかった?」
「うん、そっちはなにかあったの? ちょっと困った顔してる」
「ん~、ちょっと勇司を実家に送るから、最寄り駅で降ろしていい?」
「だったら途中のモールで。本屋に寄りたいし」
そうこうしていると勇司が窓をノックした。ロックを外すと、後部席の野間の隣に乗り込んだ。
「絆創膏持ってる? 出して」
どちらに言ったのかはわからないが、ダッシュボードから出してパッケージごと後部席に放る。受け止めた勇司はもう片手で自分の髪を数本、指に絡めて抜いた。それを野間の左手小指の付け根に巻き付け、絆創膏の箱を野間に渡した。
「これ、髪の毛の上から取れないように貼っとけ。んと、もうひとりいるんだっけ?」
「うん。リーダー。ねぇこれ、魔除けみたいな効果でもあるの? かっこよくない?」
はいはいはい、と面倒そうに返事をして、勇司はまた数本髪を抜く。
「これ、そいつに渡しておんなじように巻いておくように言って。たぶん、だいじょぶ」
「わ、ありがと。なくさないようにするね」
髪の毛が取れないように絆創膏を貼って固定させると、もうひとつ抜いて、勇司の髪といっしょにティッシュに包んでいる。勇司はするりと助手席に座り直した。
テンションが低い勇司は久し振りに見るなぁと思いつつ、俺は車を出した。




