274 箱舟と2人の龍主
――龍の霊廟、その更に奥。
隠されたその道は龍には狭すぎる。
「…こんな道があったのか」
驚き、戸惑いながら進む道を見渡すシュルトリア。
今は人の姿で歩くその道は知る者が本当に限られる道。
少なくとも龍主の候補程度の立場では伝えられる事はなかっただろう。
「何故この道はこの程度の広さしかないの?」
「ブルムンドラでギリギリだな」
その道の狭さに疑問を持つ精霊アリア。
ここは人が歩むには十分な広さがある。
しかし…龍が龍の姿のままで踏み入るには些か厳しい広さ。
まだ若いブルムンドラでギリギリの道。
龍の大事な場の奥にある隠し場所。
なのに大柄の龍は入れない。
「本来、この先にあるモノは龍には必要のないモノだからだ」
そんな道を先導するのは新たな龍主ベルゼルオウ。
彼は得たばかりの人の姿の形態で、自ら歩んで導いていく。
「龍に必要ないものが龍の領域の、それも大事な場所に隠してあるの?」
「あぁ。俺も龍主になって初めて知った。だから見るのはこれが初めてだ」
「それって一体何なの?」
「そっちの、女神の端末なら良く知るモノじゃないのか?」
「ん?ティアが?」
この先にあるモノ。
それはベルゼルオウも初見となるモノ。
勿論彼は龍主として継いだ情報があり、この先にあるモノを知っている。
対してヤマト達は当然知らない。
知らないはずだが、女神の知識を持つ小人のティアだけは『知っているだろう?』と指摘されていた。
「ティア、知ってるの?」
「…はい知っています。残念ながら詳細情報を持ち合わせてはいませんが、この先に何があり、何の用途を持つものかはこの小さな身でも理解しています」
そしてその指摘をティアは肯定する。
「とはいえ、語れるだけの権限を今は持ち合わせていません。なので、語るのでしたら貴方から」
「そうか、じゃあそうするさ」
ただしその小人状態で語れる話ではないらしく、結局この先の出来事を語れるのは龍主ただ一人だった。
「シュルトリア。お前に答えを見せてやる。この先にあるモノは先代たちが守り続けたもの。龍主が魔王勢力と戦うことを拒む、この龍界を出たがらない理由そのものだ」
「この先に、その理由が?」
シュルトリアが求めた龍の決戦参加。
世界を脅かす魔王勢力との戦いへの本格参戦。
それを拒む歴代龍主の継いできた龍の不干渉の方針。
その理由がこの先に待っている。
「――これは、船?」
そんな龍主に導かれ踏み込んだ空間。
待っていたのは…大きな船。
「船?ここ港?でも…海も川にも繋がってない、閉じた場所に何で?」
周囲を土の壁に囲まれた、出入り口は今のヤマト達が通ってきた人用の扉しかない閉じた場所。
そこに保管されていた大きな船。
仮にここで作られたとして、どうやって外に出すのか、そもそも海にも川にも繋がらない場所に何故船があるか、疑問ばかりが浮かんでくる。
「…これが方舟か」
「え、方舟?」
すると同じく初見で、知識だけ継いだ龍主ベルゼルオウがその名をつぶやいた。
目の前の船を〔方舟〕と呼ぶ。
この単語に反応したのはヤマトただ一人。
「ハコブネ?ヤマトは知ってるの?」
「あ、いや、あくまでも御伽噺の類で…」
ヤマトが真っ先に思い浮かべたのは〔ノアの方舟〕。
神の怒りで滅ぶ文明の中で唯一許された救済装置。
神話や御伽噺の存在。
だがその知識は前世のもの。
この世界には存在しない、この場では女神の使い魔ヤマトだけが持ち得る知識。
「これは方舟と呼ばれる最後の手段。この世界の終わりに動き出す保護装置だ」
そしてベルゼルオウが語るのは方舟の役割。
「例えば、魔王が本当に世界を滅ぼしたとしよう。世界は終わりを迎え、人種族も動物も関係なく全ての生命体が世界と共に終わりを迎える。そんな中でこの方舟は動き出し、生命体を保護する」
「保護、世界が終わっても守ってくれるの?この船が」
「一部だけだな。この大きさを見れば分かるだろう?どれだけ頑張っても全生命種族の代表者全員なんて収まり切れない。こいつは選ばれた種の代表者のみを保護して抱えて世界の外へ避難させる。最悪だけは回避する、そんな無情な装置なんだよ」
その役割はヤマトの知識とある程度似通ったもの。
極々一部ながらも、生物を本当の意味での絶滅から救ってくれる方舟。
それが目の前の大きな船の役割。
「この船で保護された生命は、この世界が終わりを迎え消えても守られ新天地へと旅立つ…らしい」
「不確定なの?」
「実際に動いたところを見たやつはいない」
「あぁまぁ当然よね。これ動く時って世界の終わりって話だし」
世界は続いているゆえに誰もこれが動いた姿を見た事はない。
船の形をしているものの、人の手でも、龍の手でも動かせるものではない。
この世界の根幹に紐づく埒外の世界機構。
「我ら龍種族は、いや龍主は始祖よりずっとこの方舟の守護を託されている」
「もしかして…これが龍が戦わない理由なのか?」
「全てではないが、これが最も大きな理由なのは確かだ」
「…納得できると思ってるのか?」
そんな世界における最後の手段の守護を担い続けてきたのが正に龍主の役目。
だがシュルトリアはその事実に失望する。
最後の手段よりも今の危機。
備えは確かに大事だが、その為に今を危険に晒すのは正しいのかと。
「しなくていい。お前がどう思おうと関係ないからな」
「く…」
だがそんな平凡な反応で、龍主の立場は変わらない。
どういう意見をぶつけられようとも、この方舟は世界にとって大事な存在である事は確かで、それを守るのが始祖から続く龍主の役割の一つである。
ベルゼルオウも新たな龍主としてその役目を継ぐ。
「だから…シュルトリア。お前も龍主になれ」
「ん?…はあぁ!!?」
そんな彼が打診するのは"もう一人の龍主"の役目だった。
「もって、俺に継がせるとかいう話じゃないのか?」
「龍主は俺、そしてお前も龍主。二柱の龍主だ」
「そんなのアリか!?」
前代未聞の二柱制の提案。
常に一人きりだった龍主の役割を持つ者。
その当たり前の常識をベルゼルオウは破ろうとしている。
「俺が龍主としてこれまで通りに龍界を、方舟を守る。で、お前はもう一人の龍主として外に出ればいい。龍の中でお前の意志に賛同する者を集め、余所と協力して魔王と戦ってくればいい」
「賛同って…する奴いるのか?」
「いるな。多くはないだろうが」
二人の龍主制度による役割分担。
伝統を守るベルゼルオウと、新たな道を進むシュルトリア。
龍界の龍たちに「どちらを選ぶか?」を問い、そしてその道の先頭に立ち導く。
「これに不満があるならまた俺に挑めばいい。お前だけじゃない。他の龍も、俺に何か言いたい奴が居ればいつでも挑んで来い。だがその全てを遠慮なくなぎ倒してやるがな。先代たちには怒られるだろうが、今の龍主は俺だ。俺のやりたいようにやらせてもらう。恨むなら俺を次代に選んだ先代に文句を言え」
今の龍主はベルゼルオウ。
伝統を守るも破るも彼次第。
そして選ぶのは保守と革新。
守るべきものは守り、変えるべきと思うところは変える。
「…分かった。やるよ。その役目」
こうして龍界に新たな変化が訪れる。
トップとなる龍主が二体同時に存在するという前代未聞の事態。
そしてこれは世界の命運を決める戦いに大きな影響を与える出来事であるのは言うまでもなかった。




