272 新たな龍主
「――空気が変わった。そろそろか」
見つめるのは友が挑む扉。
門番代わりに待ち続けるのは人型姿の白龍シュルトリア。
「頼むから、真っ当に出てきてくれよ?ベルゼルオウ」
その時が近づき、僅かにある悲しみの可能性も脳裏を過る。
龍主の継承、新たな龍主となるベルゼルオウ。
だがその継承は必ずしも成功するわけではない。
歴代にも少なからず失敗が存在する。
確率、可能性としては低いものだが、やはりその不安はゼロには出来ない。
「…他の龍も集まりだしてるか。外の騒ぎは落ち着いたのか?」
その中で外に感じる気配。
何体かの龍が近づいてくる。
彼らも新たな龍主の誕生の、濃くなって来た予感に集まる。
それは同時にそれだけの余裕が…外で起きているゴタゴタが収まりつつあるという自然の知らせにもなった。
「だけど龍人たちの立ち合いは難しいか」
ただその場に龍人の気配はない。
騒動における一番の被害者。
本来なら彼らの代表者もこの記念すべき場へと、龍界の歴史に残る瞬間に立ち会いたいだろう。
しかし今はそれどころでないのは、来客の話と龍界の空気で分かる。
龍の信者とも言える彼らも流石に今の状況で出迎えを優先はできないだろう。
「あの力まで使って…使わざる得ないほどの脅威。龍界も安全ではないか」
そして龍人たちが奥の手を使用したことも把握していた。
龍人の持つ龍の因子をかき集めて消費するあの力を使えば龍にはたやすく感知できる。
「やっぱりアレを――その前に、いよいよ来るか。新たな龍主の誕生か」
その感覚が知らせるその瞬間の訪れ。
霊廟からのベルゼルオウの帰還。
そして…その予感の通りに開かれる扉。
選ばれた龍にのみ踏み込めるその場所から、新たな龍主が姿を現す。
「――ここは、あぁ、やっと終わったのか…」
現れたのは黒髪の人型。
予期せぬその容姿に驚きを見せるシュルトリア。
「…ベルゼルオウか?人型になれたのかい?それに言葉を」
「ん?あぁシュルトリアか。人型…あぁなるほど。確かにこれの方が効率的だな」
その人型こそが帰還したベルゼルオウ。
人の姿など決して興味もなく得ることもなかった彼は人型で帰ってくる。
その言葉も龍にだけしか伝わらないものではなく来客たちにも通じる言葉。
「ベルゼルオウ、君は本当にベルゼルオウなのか?」
すると容姿だけでなく纏う雰囲気も変化している馴染の相手に基本的な質問をする。
「あぁ、俺はベルゼルオウだ。違和感を感じるならそれは…少々充てられたせいかもな。色々とろくでもないものを見せられた」
「充てられた?見せられたって…先人の?」
「あぁ、歴代龍主たちの話は長いし重いし…本当に疲れた」
その返答はあくまでも真っ当な本人証明。
ただしベルゼルオウ自身にも、自らが受けた影響の自覚はある。
「向こう側で歴代の龍主の意志を継ぐ。文字通りの意味なのか」
「意志を継ぐ?そんな大層なもんじゃない。幽霊じみた爺さんたちが好き勝手言ってくるだけだよ。真っ当な話も、為になる話もあったが中には怨念じみたものもあった。あんなのが先人に混じってたとはな」
龍主となる者の試練の一つとして、歴代龍主の残した意志と対峙する。
その行為を実際に体験したベルゼルオウは思っていたものとは違うその一部の意志に呆れたようだった。
「あぁ、先代にも向こうで会ったよ。こっちは相当な状況だったみたいだな」
本来そこは死した龍主たちの意志と対面する場所。
だがそこには先代龍主のミラジェドラも含まれていたのだから、彼自身も外で起きてた出来事を、その残念な結論には簡単に行き着くだろう。
「新たな龍主、ベルゼルオウ」
そうして試練から帰ってきたベルゼルオウが、新たな龍主となった。
その事実はあえて問わずとも龍には簡単に理解できる。
今目の前に立つ黒髪の人型。
正式に指名され、試練を終え、ここに立つベルゼルオウこそが今代の龍主の座を正しく継承した。
「貴方は新たな龍主としての試練を全て終えました。本来なら先代様が問うべき言葉ですが…今は代わりに私が問います。ベルゼルオウ、貴方は本当に龍主を継ぐのか?」
それは全ての試練を終えた相手へと告げられる最後の確認。
既に引き返せる場所には居ないベルゼルオウ。
それでもこの言葉を問うのが、先代龍主の最後の役目。
しかしそれを果たす事無く去ってしまったために、代理として立ち合い人のシュルトリアが確かめる。
「拒否権なんてないのによく聞く。ここまで来て断れば死ぬだけだってのに」
とはいえ本来の意味での最後の確認は、ここに至るまでに終わっている。
ゆえにこれは了承の意志を示すしかない茶番。
もしここで拒否を示したならば…その時は龍主となる道は拒めるが、同時に龍として生も終わる。
『受け入れる』か『こんな重荷はやっぱり背負えないから俺を殺してくれ』。
責任持てぬ龍主が外でしかないゆえに、この場で密かに介錯する。
対外的には継承失敗と示される。
問いの答えはこの二つのみ、生か死かの二択でしかない。
「安心しろ。そんな汚れ仕事をお前に押し付けるつもりはない。俺は龍主であることを受け入れる」
そんな汚れ仕事を引き受けざる得なくなっていたシュルトリア。
しかしそれが果たされることはなく。
新たな龍主、ベルゼルオウ。
彼は確かに試練を経て、その在り方を受け入れ、ここに龍主の継承を達成した。
ゆえにろくでもない展開は起こらない。
「そうか…良かったよ、ベルゼルオウ。立ち合い人として他より先んじて、新たな龍主の誕生を喜ぼう」
こうして僅かな龍主不在の時間は終わる。
継承完了前に死んでしまった先代龍主の代わりにシュルトリアが見届け、祝いの言葉が贈られる。
「友の介錯なんてロクでもないことを、本当にめんどくさいことをしなくて済んでさ。本当に良かった」
「めんどくさい、程度の認識なのがお前の怖いところではあるよな」
元々めんどくさがりの気質があるシュルトリアは本心から安堵する。
ただしそれの安堵は、人から見れば少々軽く見えるようではある。
「…そうか、外に集まっているのか。なら早速、俺の顔を見せにゆこう」
そんな友人の安堵を余所に、龍主ベルゼルオウの意識は外へと向く。
霊廟の外に集まる龍たち。
その仲間たち、これからは龍主として守るべき者たちの前に顔を見せる為に歩き出す。
「あ、ちょっと待ってくれ。ベルゼルオウ」
だがその歩みを止めるのはシュルトリアの声。
「龍主としての顔見せ前に、一つ話しておかないとならない事があるんだ」
龍主側の用件は既に終わった。
だがシュルトリアにはまだ何かが残っていたようだ。
「そうか、話とはなんだ?」
「……新たな龍主ベルゼルオウ。早速で申し訳ないが、君に決闘を申し込む!その龍主の座を賭けて、シュルトリアがベルゼルオウに決闘を挑む!!」
最後に語るその意思。
決して冗談では済まされない反逆的行為。
〔龍主の座〕を賭けた《決闘》の申し入れ。
龍界の中で行われる戦い、いざこざの中で最も禁忌とも言える戦いを、新たな龍主へ挑むのだった。




