管狐の憑きもの
木々の間を、小さな影が駆け抜ける。
一匹のゴブリンがそちらを向く。管狐が目の前を横切った。ほんの一瞬、ゴブリンと管狐の視線がぶつかったように見えた。
直後、ゴブリンの様子がおかしくなった。
「ギギッ!?」
突然、隣にいた仲間へと切りかかったのだ。仲間は驚いて身を引くが、様子がおかしくなったゴブリンは止まらない。まるで目の前の相手が全て敵に見えているかのように、無茶苦茶に剣を振り回した。
「な、何が起きてるんだ…?」
管狐は止まらず、別のゴブリンの周囲を駆け回る。そいつが顔を向けた瞬間、また視線が交わった。今度のゴブリンは、ぴたりと動きを止めた。
手から剣が落ちる。全身が震え、喉の奥からか細い声が漏れた。逃げようとしても足が動かないらしく、その場にしゃがみ込んでしまう。
さらに管狐は三匹目のゴブリンの前を駆け抜けた。ゴブリンがその目を追った、その直後。
「ゲホッ、ゲホッ!」
ゴブリンは激しく咳き込み、腹を抑えてよろめいた。顔色がみるみる悪くなり、立っていることさえ難しそうだ。やがて地面に崩れ落ち、動かなくなった。
混乱。恐怖。そして、病に冒されたかのような衰弱。
俺の頭に、古い伝承の断片が浮かぶ。管狐は人に憑くという。憑きものとして語られ、災いをもたらすこともある。けれど、目の前の現象が伝承そのものなのか、それともこの世界で起きている別の何かなのか、まだ断言はできない。
管狐は敵の間を縫うように走り続けた。立ち止まることなく、一匹ずつ視線を交わしていく。全てのゴブリンに同じことが起きるわけではないようだったが、ゴブリンたちは次第に統制を失っていった。
やがて、残ったゴブリンたちは仲間の異変に怯み、森の奥へ逃げていった。俺はその場に座り込み、荒い息を繰り返した。左腕はまだ痛む。それでも、生きている。
「……すげえ」
恐怖よりも、驚きが勝っていた。管狐が本当に存在した。そして、伝承で読んだ「憑く」という言葉を思わせる、奇妙な力を見せたのだ。
管狐が足元へやってきた。俺がそっと手を伸ばすと、ひらりと身をかわし、少し離れた場所へ移動する。
「待ってくれよ。もうちょっとだけ…」
管狐は一度だけこちらを振り返った。それから、森の奥へ歩き出す。追いかけようとしたとき、遠くから人の声が聞こえた。
「おーい!こっちだ!」
捜索隊の村人たちだった。彼らは倒れたゴブリンたちと俺を見て、驚いた顔で駆け寄ってくる。俺は何が起きたのか説明しようとしたが、うまく言葉にならなかった。
管狐の姿は、いつの間にか見えなくなっていた。
俺は森の奥を見つめる。もっと知りたい。管狐のことも、この世界のことも。知らないことが、あまりにも多すぎる。
管狐が可愛すぎます。
作品によっては使役される妖怪ですが、この物語ではそうではない…?




