管狐
「……管狐」
俺がその名を口にした直後、目の前の空気が揺らいだ。
ゴブリンたちが動きを止める。
俺も、剣を振り上げたままの一匹から目を離せなかった。
草むらの中きら小さな影が現れた。
狐だ。
けれど、普通の狐よりずっと小さい。細い体に、つんと尖った耳。ふさふさとした尾まで含めても、俺の両肩で収まりそうなほどの大きさしかない。
「く、管狐…?」
声が震えた。恐怖のせいではない。
ずっと本や伝承の中でしか知らなかった存在が、今、目の前にいる。
管狐は俺を見上げ、鼻先をひくひく動かした。
それから、俺の肩や腕周りをうろうろし、リュックの匂いまで嗅ぎ始めた。
「ちょ、今そんなことしてる場合じゃ…!」
言いかけたところで、ゴブリンの一匹が管狐へ向かって剣を振った。管狐は軽々と身をかわし、木の根を飛び越える。攻撃する気配はない。ただ、興味深そうにゴブリンたちを眺めている。
俺は逃げることも忘れて、その動きを目で追っていた。小さい。速い。そして、伝承に描かれる管狐の姿と重なる部分が確かにある。
「本当に…いるんだ」
その瞬間、別のゴブリンが俺に迫った。剣を避けきれず、左腕に熱い痛みが走る。
「っ、ああっ!」
袖が裂け、腕から血が流れた。痛みで視界が揺れる。ゴブリンたちが耳障りな声で笑った。
管狐の動きが止まった。
さっきまで好き勝手に動き回っていた小さな狐が、じっと俺の腕を見ている。それから、俺を傷つけたゴブリンへと顔を向けた。
その目から、好奇心の色が消えたように見えた。
管狐が地面を蹴る。
小さな体が木々の間へと消える。
「え…管狐?」
呼び止める声は、森のざわめきにかき消された。ゴブリンたちはまだ俺を囲んでいる。俺は血の流れる腕を押さえ、震える手で短剣を握り直した。
突然現れた管狐は、俺を助けてくれないのか。ただ興味を失って去っただけなのか。
答えは、すぐにわかることになった。
1体目の妖怪が登場です。
「管狐」伝承など調べながら読んでいただくとより楽しめると思います!




