森に潜むもの
村を出た捜索隊は、草地を抜けて森へと入っていった。先頭を歩く男が周囲を警戒し、その後ろを剣や槍を持った村人たちが続いている。俺も腰に差した短い剣を気にしながら、その列の最後尾に加わっていた。
武器を持っているとはいえ、使い方なんてほとんど知らない。振り回すことくらいはできるだろうが、それで魔物と戦えるとは思えなかった。
「森に入った。ここからは周りをよく見ろ。何か見つけても勝手に動くなよ」
「わかりました」
捜索隊の誰も、俺を特別に気にかけている様子はなかった。たまに後ろを振り返る者もいたが、全員が自分の武器を握り、森の奥や木々の隙間に注意を向けている。俺も武器を持っている以上、最低限の警戒はできると思われているのだろう。
隊列のうしろを歩きながら、俺は周囲を見回した。頭上を覆う木々。足元に広がる落ち葉。ところどころに伸びる、見たことのない草。鳥のような鳴き声も聞こえるが、日本で聞いたものとは微妙に違う気がする。
そのときだった。視界の端で、何かが動いた。
木々の間を横切る、緑色の影。
「……ん?」
葉っぱが揺れただけだろうか。そう考えて前を向き直したものの、気になって仕方がなかった。さっきの影は、葉っぱにしては動きが妙だった気がする。
俺は歩きながら、そっと視線を戻した。すると、少し離れた木の陰で、また何かが動いた。緑色の何かが、木の向こうへと素早く隠れたのだ。
「……なんだ、今の」
姿を確認したい。ただの動物なのか、それとも、この世界特有の生き物なのか。そんなことを考えているうちに、俺の足はいつのまにか止まっていた。木の陰をじっと見つめる。
何も動かない。見間違いだったのかもしれない。そう思い始めた頃、前方から聞こえていた足音が、いつの間にか遠ざかっていることに気づいた。
「……あれ?」
顔を捜索隊がいた方に戻す。さっきまで前にいた村人たちの姿が、木々の向こうに小さく見えた。俺が立ち止まっている間に、隊列が先へ進んでしまったのだ。
「お、おーい!待ってください!」
けれど、返事はなかった。木々に遮られて、もう姿も見えない。さっきまで聞こえていた足音も聞こえなくなった。森の静けさが、急に重く感じられた。
「やばい。完全にはぐれた」
周りに気を取られるあまり、捜索隊から離れてしまったのだ。人を探しに来たのに、自分が迷子になってどうする。
急いでみんなの後を追おうとした、その瞬間。
ガサッ
すぐ近くの茂みが揺れた。
「……え?」
茂みの向こうから、何かがこちらを覗いていた。緑色の肌。尖った耳。小柄な体に、粗末な剣。
「ゴブリン?」
異世界ものの小説や漫画では、何度も見たことのある魔物。だが、もちろん実物を見るのは初めてだ。
ゴブリンは俺の腰に差した剣を見て、俺の顔へ視線を戻した。そして、ニタリと笑った。
「ギギッ…」
背筋が冷たくなる。こいつは、友好的な相手じゃない。そう理解した瞬間、反射的に走り出していた。
「うわあああっ!」
背後から甲高い声が追いかけてくる。枝をかき分け、足元の根を避け、必死に走る。けれど、森の中は走りにくい。
「ギギッ!」
前方の茂みから、別のゴブリンが飛び出してきた。
「うそだろ?!」
慌てて方向を変える。しかし、今度は横からも気配がした。一匹じゃない。二匹、三匹…。気づけば複数のゴブリンが俺を取り囲んでいた。
俺は腰の剣を抜いた。震える手で構えてみたものの、どうすればいいのかまったくわからない。ゴブリンたちは、そんな俺を見て楽しそうに笑っていた。
一匹が飛びかかってくる。
「うわっ!」
とっさに横へ避けたものの、足がもつれた。俺は地面に転がり、肩を強く打ち付けた。
「いっ……!」
起き上がろうとしたときには、もう遅かった。ゴブリンたちが、じりじりと距離を詰めてくる。手にした剣を握り直す。だが、腕が震えてうまく力が入らない。
怖い。頭では逃げなければと思っているのに、体が思うように動かなかった。
俺は、ここで死ぬのか?こんな、何も分からない世界で。
せっかく、知らない世界に来たのに。せっかく、これからいろんなものを知れるかもしれないのに。
頭の中に、いくつもの思い出が浮かんだ。子供の頃、じいちゃんが話してくれた妖怪の話。本で読んだ伝承。いつか会ってみたいと思い続けていた、不思議な存在たち。
その中でも、特に会いたかったものがいた。小さな狐の姿をした、管狐。
子供の頃、俺はその話を聞いて、どうしても会ってみたくなった。家では動物を飼えなかったから、こんな小さな狐ならこっそり飼えるんじゃないか、なんて考えたこともある。本気で竹藪へ探しに行ったことだってあった。
「……じいちゃん」
もう一度、話を聞きたかった。もっと、いろんな妖怪のことを教えてほしかった。そして、いつか自分の目で見てみたかった。
目の前のゴブリンが、ゆっくりと剣を振り上げる。その光景を見つめながら、俺は小さく呟いた。
「……会いたかったな」
幼い頃から、ずっと会いたかった存在。
「……管狐」
その瞬間。森の空気が揺れた。
絶体絶命のピンチ。
ヤマトはどうなってしまうのか…




