角のあるウサギ
草の向こうで何かが動いた。
俺は息を潜めて、茂みを見つめた。
出てきたのはーーウサギ、だった。
ただし、普通のウサギではない。額から一本の角が生えている。体つきは自分が良く知るうさぎよりも一回り以上大きく、こちらを見つめる目には野生動物らしい警戒心があった。
「ホーンラビット…?」
異世界を舞台にした物語で、何度も見た名前が口からこぼれた。もちろん、実物を見るのは初めてだ。
珍しい。いや、珍しいなんてものじゃない。こんな生き物が本当にいるのか?
思わず一歩近づいた、その瞬間。ホーンラビットが地面を蹴った。
「えっーー」
一直線に突っ込んでくる。額の角が、まっすぐ俺に向かって伸びてきた。
「うわあっ!」
慌てて横に飛び退く。角が服をかすめ、背後の木にぶつかった。乾いた音が森に響く。
あれをまともに食らったら、ただでは済まない。ようやくそう理解したとき、ホーンラビットは再びこちらに向き直っていた。
逃げなきゃ。そう思ったのに、足がすくんで動かない。
そのとき、鋭い音がした。
ヒュッーードスッ!
ホーンラビットの体がびくりと跳ねた。矢が、その体に突き刺さっている。
「こっちだ!早く離れろ!」
木々の間から現れたのは、弓を持った男だった。男は素早く次の矢をつがえ、警戒を解かずにホーンラビットを見据えている。やがて、ホーンラビットは力なく地面に倒れた。
「怪我はないか?」
「あ…はい。助かりました。」
「森でぼうっとしていると、今みたいになるぞ。そいつはホーンラビットだ。角で突進してくる。見た目に騙されるな。」
男は倒れた魔物を確かめてから、俺の格好に目を向けた。
「見ない服だな。どこから来た?」
「……遠くからです。道に迷ってしまって。」
とっさにそう答えた。違う世界から来たかもしれない、なんて説明できるはずがない。
男は少し怪訝そうにしたが、深く追求はしてこなかった。
「俺はガレスだ。この辺りで狩りをしている。」
「俺は…ヤマトです。」
名乗ると、ガレスは小さく頷いた。
「この辺りに1人でいるのは危ない。村までくるか?ここから1時間ほどだ。」
「いいんですか?」
「放っておくわけにもいかんだろ。」
俺は何度も礼を言い、男の後について歩き出した。
森を抜ける間も、気になるものはいくらでもあった。見たことのない草。妙な鳴き声。遠くの木々の間を横切る影。
そのたびに足を止めたくなったが、さっきのホーンラビットを思い出して、なんとか我慢した。
まずは生き延びること。今の俺に必要なのは、それが何より先だ。
危ういところを助けてもらい、村へ案内してしてもらうことに。
異世界で初めて出会ったのがガレスで良かった。




