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神隠し

最初に感じたのは、頬に触れる冷たい感触だった。


「……ん」

目を開ける。

ぼやけた視界に、緑色が広がっていた。

葉っぱ。

どうやら、俺は草むらに顔を突っ込んでいるらしい。


「なにしてんだ、俺」

体を起こす。

頭が少し痛む。意識を失う直前の記憶を辿ろうとして、頭を押さえようとする手が止まった。


黄泉比良坂。


突然消えた景色。


そして、声。


「……夢じゃ、ないよな」

頬をつねる。痛い。

夢ではないらしい。

周囲を見渡した。

木々が生い茂っている。足元には背の低い草が広がり、少し離れたところには岩場が見える。

森の中。

そう表現するのが一番しっくりくる場所だった。

ただし、見覚えはない。

当然だ。日本各地を巡ってきたとはいえ、すべてをの森を知っているわけではない。

けれど、何かおかしい。

そう思ったのは、空を見上げたときだった。


「……は?」

青い空。

白い雲。

ここまでは普通。

問題は、その向こうに浮かんでいるものだ。

太陽とは別に、淡く輝く光が空の端に見える。

月……?

いや、違う。

形も大きさも、見慣れた月とはまるで違っていた。

目を細める。

見間違いかと思ったが、何度見直しても消えない。


「いやいや、待て待て」

立ち上がり、スマートフォンを取り出した。

画面は点灯する。けれど、電波は圏外。地図アプリを開いても現在地は表示されなかった。

まあ、森の中なら電波が届かないことくらいある。

問題はそこじゃない。

服は黄泉比良坂を訪れたときのまま。持ち物も変わってない。それなのに、空には見覚えのない天体が浮かんでいる。


「まさか…異世界転移?」

口にした瞬間、自分で自分の言葉に笑いそうになった。

そんな馬鹿な。漫画じゃあるまいし。

けれど、他に説明がつかない。

黄泉比良坂。

神隠し。

暗闇。

謎の声。

そして、知らない空。

ひとつひとつを切り離して考えれば、偶然や勘違いで片付けられるかもしれない。だが、全部がつながっているとしたら?


「マジかよ…」

背筋が冷たくなる。

帰れるのだろうか。

家族は。

大学は。

考えれば考えるほど、胸の奥が重くなった。

怖い。当たり前だ。

何が起きたのかも、誰かが助けてくれるのかさえ分からない。

しばらく、その場に立ち尽くしていた。

やがて俺は、深く息を吐いた。


「……とりあえず、人を探すか」

ここがどこであれ、ひとりで考えていても仕方がない。人がいれば、何か分かるかもしれない。

そう考えて歩き出そうとした、そのとき。

森の奥から、聞きなれない音がした。

ガサガサッ。

なにかが動いている。

反射的に足が止まった。

獣だろうか。熊だったらどうする。

いや、そもそも日本の森なのかどうかも怪しい。

見たこともない危険な生物がいる可能性だってある。

逃げるべきだ。

そう思った。

思ったのに。


「……なんだ?」

気づけば、音のした方をじっと見つめていた。

恐怖で心臓が早鐘を打つ。

それでも、知りたいという気持ちが頭をもたげる。

何がいる?どんな姿をしている?

この見知らぬ場所にはどんな生物が存在するんだ?

自分の考えに気づき、思わず苦笑した。


「……俺、ほんとどうしようもねえな」

こんな状況でも、好奇心を抑えられない。

昔からそうだった。知らないものを前にすると、怖くても、どうしても確かめたくなる。

息を潜め、草木の向こうを見つめた。

そしてーー。


ガサガサッ!


「うわっ!」

今度は明らかに近い。

俺は思わず後ずさった。

怖い。めちゃくちゃ怖い。

けれど。

その先に何がいるのか。

それを知りたい気持ちは、まだ消えていなかった。


神隠しで知らない場所へ。

この世界で初めて出会うものとは一体なんなのか?!

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