検証
今回は少し長めです!
翌朝。
食堂で朝食を済ませたヤマトは、黒猫亭を出ると街の外れへ向かった。昨日の夜考えた仮説を確かめるためだ。
妖怪の名前を口にすると、その妖怪が現れる。
管狐と敷次郎。二度続けて起きたことを偶然で片付けるには、少し気になる点が多かった。
とはいえ、町中で試すわけにはいかない。何が起きるか分からない以上、できるだけ人目につかず、周囲に迷惑のかからない場所がいい。
そうしてヤマトが向かったのは、町から少し離れた小さな林だった。
ここは冒険者たちが薬草を採取する場所の一つで、魔物が出ないことで知られている。適度に木が生い茂っているため、外から中の様子も見えにくい。
検証するには、ちょうどいい場所だった。
「この辺なら大丈夫そうだな」
周囲を確認してから、ヤマトは林の中へ足を踏み入れた。木々の間から朝の光が差し込み、葉の擦れる音が聞こえる。
人の気配はない。
これなら、多少妙なことが起きても問題ないだろう。
そう思ったところで、ヤマトは足元に気配を感じた。
「……お前、またいたのか」
視線を落とすと、管狐がいつの間にかそこにいた。
こちらを見上げる小さな狐は、まるで最初から一緒に来ていたかのような顔をしている。
「まあ、いいけどさ…」
追い払ったところで素直に離れるとも思えない。
ヤマトは小さく息を吐き、改めて周囲を見渡した。
まずは、一体。
これまでに出会った妖怪とは別の存在で試してみよう。頭に思い浮かべたのは、一つ目小僧だった。
大きな一つ目を持つ、子どもの姿をした妖怪。伝承では人を驚かせるような話も知られている。
今回の目的は、戦うことではない。
名前を口にするだけで、本当に現れるのか。それを確かめるだけだ。
ヤマトは少し緊張しながら、林の奥に向かって声をかけた。
「……一つ目小僧」
言葉が木々の間に消えていく。
しばらく待ってみたが、何も起こらない。
「やっぱり、そんな簡単には…」
そう呟きかけたときだった。
木の陰から、ひょこりと何かが顔を出した。
「……っ!」
ヤマトは思わず息を呑んだ。
子どものような姿。その顔には、大きな目が一つ。
一つ目小僧だった。
「本当に…出てきた」
ヤマトは驚きながらも、すぐに目の前の妖怪を観察し始めた。伝承で知っていた姿と、実際に目の前にいる存在。違いはあるのか。どんな行動を取るのか。そもそよ、こちらをどう認識しているのか。
気になることはいくらでもある。
ヤマトは慎重に一つ目小僧へ近づいた。
一つ目小僧も、逃げることなくじっとこちらを見つめている。
ヤマトが顔を少し傾ける。
一つ目小僧も顔を傾けた。
ヤマトが一歩近づく。
一つ目小僧も、ほんの少しだけ身を乗り出した。
「……?」
なんだか、こちらの様子をうかがっているようにも見える。ヤマトはさらに観察しようと、少しだけ腰をかがめた。
その瞬間。
「わっ!!」
「うわっ!?」
突然の大声に、ヤマトは飛び上がった。
心臓が跳ね、反射的に一歩後ずさる。
そんなヤマトを見た一つ目小僧は、口元を緩め、いかにも可笑しそうな顔をした。
「おい、こら!」
ヤマトが声を上げるより早く、一つ目小僧はくるりと身を翻した。
そして、別の木の陰へと駆けていく。
「待て!」
ヤマトは慌てて追いかけた。
しかし、木の陰を覗き込んでも、そこには誰もいなかった。
周囲を見渡す。逃げていく姿も、隠れられそうな場所も見当たらない。
「……消えた?」
ヤマトはその場に立ち尽くした。
さっきまで確かに目の前にいたはずだ。
どこかへ走り去ったのか。それとも、何か別の方法で姿を消したのか。
結局、何も分からなかった。
「出てくる条件は分かったけど、帰る条件は別か…」
名前を口にすれば現れる。
しかし、現れた妖怪がいつまでもその場にいるとは限らないらしい。
これは、もう少し調べる必要がありそうだ。
ヤマトは気持ちを切り替えた。
もう一度試してみよう。
今度は、呼びたくない妖怪の名前を口にしたらどうなるか。ただ名前を口にするだけで現れるのか、それとも、ヤマトの現れて欲しいという気持ちが必要なのか。それを確かめることにする。
「……鬼婆」
人を襲って殺し、肉を食う老婆の妖怪だ。
目の前に現れたら今のヤマトでは太刀打ちできないだろう。来るな、と思いながらその名を呟いた。
……何も起こらない。
辺りを警戒しながら、しばらく待ってみる。
5分ほど待つが、結局何も現れなかった。
呼びたいと思わなければ現れないのか。それとも、来るな、と思いながら口にしたから現れなかったのか。これはまだ検証が必要そうだ。
今度は、呼び出したいと思いながら口にすることにする。
人や物に化けることで知られる妖怪。
「出てこい、化け狸」
しかし、またしても何も起こらなかった。仮説が間違っていたのだろうか。それとも、すでにどこかに現れているのか。そう考えながら、辺りを見回していると、ふと視界の端に妙なものが映った。
林の中に、あるはずのないものが立っていた。
「……地蔵?」
おかしい。この世界に、こんなものがあるはずがない。石像そのものは珍しくないかもしれないが、見慣れた地蔵の姿が、こんな場所にあるのは不自然だった。
しかも、つい先ほどまで気づかなかった。
ヤマトは地蔵をじっと見つめた。
「なるほど。そういうことか」
化け狸。人や物に化ける妖怪。
これが本物の地蔵でないとすれば、答えは一つしかなかった。ヤマトは警戒しつつも、地蔵へと近づいていく。
「おーい。聞こえてるか?」
返事はない。
「化け狸、だよな?」
そう声をかけると、地蔵の体がぴくりと揺れた。
次の瞬間、地蔵の輪郭が崩れ、目の前に可愛らしい狸の姿が現れた。
「おお…!」
ヤマトは思わず声を漏らした。
本当に化けていた。
名前を口にしたあとに現れ、しかも伝承通り姿を変えている。これでまた一つ確かめられた。
そう考えていた、そのときだった。
化け狸が、ヤマトの目をじっと見つめてきた。正確には、目の奥を覗き込むように。
「どうした?」
ヤマトが問いかける。
化け狸は答えず、ただじっと見つめた。
そして突然、白い煙が立ち上った。
「うわっ、今度はなんだ!?」
煙が化け狸の姿を覆い隠す。ヤマトは慌てて距離をとった。煙はすぐに晴れ始めた。
その向こうから現れた姿を見た瞬間、ヤマトの頭は真っ白になった。
巨大な体躯。
太い腕。
見覚えのある、恐ろしい姿。
「ト、トロール!?」
そこに立っていたのは、かつて鉱山で遭遇したトロールだった。
あのときの恐怖が、一気によみがえる。
「な、なんで…!」
思わず後ずさったヤマトは、足をもつれさせ、その場に尻もちをついた。目の前のトロールは、そんなヤマトを見下ろしていた。
そして。
「ケラケラケラケラ!」
腹を抱えるようにして笑い出した。
「……え?」
ヤマトは呆然とした。トロールが笑っている。
しかも、明らかにこちらを見て笑っていた。
やがてトロールの体が再び煙に包まれた。ヤマトは身構えたがら煙が晴れたとき、そこにはもう何もいなかった。
「消えた…」
風が吹き抜け、葉がかすかに揺れる。
静かな林の中に、ヤマトと管狐だけが取り残されていた。
「なんだったんだ、いったい…」
ようやく立ち上がり、服についた土をはらう。
化け狸は現れた。姿を変え、笑って消えた。
こちらに危害を加えるつもりはなかったようだが、何を考えていたのかは分からない。
「やっぱり、帰る条件はわからないままだな…」
ヤマトはため息をついた。そして、足元にいる管狐へと視線を向ける。管狐は、何事もなかったかのようにこちらを見上げていた。
「そういえば、お前はなんで消えないんだ?」
最初に出会ってから、管狐は何度も姿を現している。勝手にどこかへ行くことはあっても、完全にいなくなったと思えば、いつの間にか戻ってきていることもあった。
一つ目小僧や化け狸のように、突然消えることもあるのだろうか。それとも、管狐には別の事情があるのか。
問いかけてみても、当然ながら返事はなかった。
管狐は小さく首を傾げると、興味を失ったように視線を逸らした。
「まぁ、いいか」
そのあと、何体かの妖怪を呼び出すことを試し、気になることを検証した。
分かったことは四つ。
一つ目。
妖怪の名を口にすると、実際にその妖怪が現れる。ただし、来てほしくないと思って呼ぶと現れないが、その妖怪を強く思い描きながら口にすると現れる。
二つ目。
現れた妖怪は、それぞれ伝承にあるような行動を取る。
三つ目。
妖怪は何らかの条件を満たすことで消える。あるいは、妖怪自身の意思で姿を消す。管狐以外の妖怪は、今のところ全て消えている。
四つ目。
妖怪は必ずしもこちらの都合に合わせて行動するわけではない。管狐は応えてくれることもあったが、基本的には妖怪自身の意思で動いているように見える。
「なるほどな」
ヤマトは小さく頷いた。もちろん、まだ分からないことは多い。今日の検証だけで、すべても理解できたわけではない。
それでも、何も分からなかった昨日までと比べれば大きな進歩だった。
妖怪を呼び出せるが、呼び出した後の行動を制することはできない。この力と付き合っていくなら、そのことを忘れてはいけないだろう。
「よし、今日はここまでだな」
ヤマトは管狐に目を向けた。
「帰るぞ」
管狐は返事をすることなく、先に歩き出した。
その後ろ姿を見ながら、ヤマトも林を後にする。
検証を終え、妖怪を呼び出せることに気づいたヤマト。妖怪を呼び出す機会が増えそうですね。




