黒猫亭
短剣を手に入れてから、ヤマトの冒険者生活はすこしずつ変わっていった。
ヴァルドに作ってもらった短剣は、以前使っていた短剣よりも軽く、よく手に馴染んだ。魔物の討伐も以前よりこなしやすくなり、ギルドで受けられる依頼の幅も少しずつ広がっていた。
とはいえ、無理をするつもりはない。
自分の実力を見誤れば、命に関わる。ヤマトは身の丈に合った依頼を選びながら、着実に経験を積んでいた。
そんなある日のことだった。
ギルドで依頼を探していると、近くにいた冒険者たちの話が耳に入ってきた。
「王都から来たっていう、あの有名なパーティがまた高難度の依頼を片付けたらしいぞ」
「今回もか?相変わらず、とんでもない連中だな」
「個々の実力もそうだが、連携がすごいらしい。あのレベルになると、俺たちとは見えてる景色が違うんだろうな」
ヤマトは依頼書に目を向けたまま、彼らの話を聞いていた。王都の有名なパーティー。高難度依頼をこなせるほどの実力者たち。今の自分とは、まだまだ比べものにならない存在なのだろう。いつか自分も、高難易度の依頼を受けられるようになるのだろうか。
そんなことを考えながら、ヤマトは目の前の依頼者を手に取った。
今は目の前のことを、一つずつこなしていけばいい。
依頼を終えてギルドに戻ったヤマトは、受付で報酬を受け取りながら、ふと思い立って尋ねた。
「この町で、長く滞在するのに向いている宿ってありますか?」
「宿ですか?今はギルドの宿舎を使っているんでしたよね」
「はい、そろそろ別の場所に移ろうかと思いまして」
受付の職員は少し考えたあと、穏やかな表情で答えた。
「それなら、黒猫亭はどうでしょう。落ち着いて過ごせますし、長く泊まる方もいらっしゃいますよ」
「黒猫亭か…」
「町の通りからもそれほど離れていません。初めて利用する方にもおすすめできる宿です。なにより、ご飯も美味しいので人気がありますよ」
「ありがとうございます。行ってみます」
ヤマトは礼を言い、宿の場所を教えてもらった。
それから数日後。
必要な荷物をまとめたヤマトは、ギルドの宿舎を出た。
これまでの生活に不満があったわけではない。ただ、冒険者としての生活にも慣れてきた今、もう少し自分の落ち着ける場所が欲しくなったのだ。
町の通りを歩いていると、足元に小さな影がついてきていることに気づいた。
「……ん?」
視線を落とす。
そこには、管狐がちょこんと座っていた。
「いつからいたんだ、お前」
管狐は答える様子もなく、興味深そうにヤマトを見上げている。
相変わらず、気まぐれなやつだ。
ヤマトは小さく息を吐くと、再び歩き出した。
しばらくして、目的の宿が見えてきた。看板には、黒猫亭と書かれている。
扉を開けると、落ち着いた雰囲気の店内が目に入った。
「いらっしゃいませ!」
明るい声とともに、一人の少女が出迎えた。
年頃は十代半ばほどだろうか。少女はヤマトの姿を見ると、にこやかに微笑んだ。
「お泊まりですか?」
「はい。部屋は空いていますか?」
「はい、空いてますよ!お母さーん、お客さん!」
少女が店の奥に向かって声をかける。
ほどなくして、奥から一人の女性が姿を現した。
「はいはい。いらっしゃいませ」
女性はヤマトを見て、穏やかに微笑んだ。
「宿泊をご希望ですか?」
「はい、しばらくこちらにお世話になるつもりです」
「そうですか。それなら、ゆっくりしていってくださいね」
女性は慣れた手つきで宿泊の手続きを進めていった。
「私はエレナです。この子は娘のミレイ。何か困ったことがあったら、遠慮なく声をかけてくださいね。あと、うちは食事も自慢なんです。食堂の方もぜひご利用ください」
「ありがとうございます。俺はヤマトです。よろしくお願いします」
「ヤマトさんですね。よろしくお願いします!」
ミレイが明るく返事をした。
手続きを終えると、エレナはヤマトを部屋へ案内した。案内された部屋は、必要なものがきちんと揃った、こぢんまりとした部屋だった。窓からは通りの様子が見え、外から人々の話し声がかすかに聞こえてくる。
荷物を置き、腰の短剣を外して机の上に置いた。
「……よし」
ヤマトは部屋を見回した。
ここが、これから自分の拠点になる。
この町で何を知り、どんな人と出会い、どんなものを見ることになるのか。
まだ分からないことばかりだ。
けれど、今はそれでいい。
ヤマトは窓の外を眺めながら、小さく息を吐いた。
黒猫亭に拠点を移したヤマト。
新しい生活がスタートです!




