偏屈な鍛冶屋
アルデンの路地裏にある鍛冶屋へ戻ると、ヴァルドはいつもの仏頂面で俺を迎えた。
「戻ったか」
「はい。頼まれていた鉱石です」
俺は背負っていたリュックから、採取してきた鉱石を取り出しヴァルドに渡した。
魔鉄、魔晶石、ミスリル。指定されたものを一つずつ確認したヴァルドは、しばらく黙り込んだ。
「……全部揃っているな」
「はい。これで大丈夫ですか?」
「大丈夫どころか…」
ヴァルドは鉱石を手に取り、角度を変えながら状態を確かめている。
「よくこれだけ集めてきたもんだ。鉱山の奥まで行ったのか?」
「ええ、まあ。途中でちょっと大変なこともありましたけど」
トロールとの戦いを思い出し、思わず苦笑いする。
「約束通り、短剣は俺が作ってやる。完成まで一週間は見ておけ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「礼は完成品を受け取ってから言え」
相変わらず愛想のない言い方だったが、約束は守ってくれるらしい。俺は頭を下げた。
これでようやく自分専用の武器が手に入る。
そう思うと、一週間後が待ち遠しくなった。
「あ、そうだ。もう一つ見てもらいたいものがあるんですけど」
俺はリュックの中から布で包んだ鉱石を取り出し、包みを広げた。
「これなんですけど。採取を頼まれた鉱石とは違うみたいなんですが、なんとなく気になって」
白い鉱石を見た瞬間、ヴァルドの表情が変わった。
「おい!これをどこで見つけた?」
「鉱山の中です。崩れた壁の奥にあって」
「そうか…」
ヴァルドは鉱石を受け取ると、食い入るように眺め始めた。普段は何を見ても動じなさそうな男が、明らかに驚いている。
「これは聖鉱石だ」
「聖鉱石?」
「聖属性の魔力が凝縮された鉱石のことだ。滅多に見つかるもんじゃない」
聖属性。
魔法の本で読んだことはあるが、聖属性の鉱石があるのは初めて知った。
「そんなに珍しいものなんですか?」
「珍しいどころじゃない。特殊な素材だ。武器や防具に加工すれば、強力な力を持たせることができる」
「それなら、すごい価値があるんじゃ…」
「ただし、使える人間が限られる。誰が持っても使いこなせるわけじゃない。俺が買い取ったところで売り先にも困る」
ヴァルドは鉱石を俺に返した。
「悪いが、買い取りはできん」
「そうですか…」
初めて手に入れた珍しい鉱石だ。簡単に手放すつもりはなかったが、売れないと言われると、それはそれで悲しくなる。
「じゃあ、お守り代わりに持っておくことにします」
「好きにしろ」
俺は聖鉱石をリュックにしまった。
いつか、この石のことがもっと分かる日が来るかもしれない。
「それじゃあ、一週間後にまたきます」
「おう」
店を出る直前、俺はふと振り返った。
ヴァルドはもう作業台に向かっていた。相変わらずの仏頂面だ。
ただ、一瞬だけ。
ほんの少し、笑ったように見えた。
気のせいだろう。
そう思い、黒猫亭へ戻った。
◇
翌日。
俺は新しい依頼を受けるため、冒険者ギルドを訪れていた。
「おはようございます。今日は何か依頼を受けたいんですけど」
受付の職員に声をかけると、彼女は書類を確認しながら、ふと思い出したように顔を上げた。
「おはようございます、ヤマトさん。ちょうどお話したいことがあるんですが…」
「え?何ですか?」
「昨日、あなたを指名した依頼が出されまして」
「……俺を?」
指名依頼。
特定の冒険者を指名して仕事を頼むことだ。
まだ駆け出しの俺に、そんな依頼がくるとは思えなかった。
「依頼主は、鍛冶屋のヴァルドさんです」
そう言いながら依頼書をヤマトへ手渡す。
「…………え?」
思わず聞き返してしまった。
渡された依頼書を確認する。
「鉱山での鉱石採取ですね。内容を見る限り昨日の依頼と同じようなもののようですが…」
受付の職員は首を傾げた。
「ヴァルドさんといえば、腕利で知られる鍛冶屋さんですが。かなり気難しい方ですよね。あの方が冒険者を指名するなんて、すごく珍しいことですよ」
周囲にいた冒険者たちも、こちらの話が聞こえたらしい。
「おい、今ヴァルドって言ったか?」
「指名依頼らしい。一体誰を指名したんだ?」
「……あの新人か?」
小声だったはずの会話が、すこしずつ広がっていく。俺は嫌な予感がした。
「えっと…実はその依頼、もう終わってます」
「え?」
受付の職員が目を丸くした。
俺は昨日のことを説明した。
鉱石を採取して鍛冶屋に届けたこと。報酬に短剣を作ってもらえること。そして、一週間待つように言われたこと。
話し終えるころには、ギルド内が妙に静かになっていた。
……なんだ、この空気?
顔を上げると、冒険者たちが一斉にこちらを見ていた。驚き。疑い。羨望。そして、なぜか少しばかりの敵意。いろんな感情が入り混じった視線が、俺に突き刺さる。
「あのヴァルドが、自分から武器を作るだって?」
「どうやって気に入られたんだ…?」
いや、俺が聞きたい。
別に気に入られた覚えはない。鉱石を採ってきたら短剣を作ってくれると言われたから採ってきただけだ。それだけなのに、どうしてこんなことになっているんだろう。
「えっと…じゃあ、俺はこれで」
居づらさに耐えられなくなった俺は、適当な依頼を一つ受け、逃げるようにギルドを出た。
外の空気を吸い、ようやく息を吐く。
「なんだったんだ、今の」
昨日鍛冶屋を出るとき、ヴァルドが少し笑ったような気がした。あれは、気のせいじゃなかったのかもしれない。
俺が今日、ギルドでどんな目に遭うのか。ヴァルドは最初から想像していたんだろう。
「…絶対、わざとだな」
もちろん、確かめに行くつもりはない。一週間後に短剣を受け取りに行けば、またあの仏頂面と顔を合わせることになる。そのときは、余計なことを聞かずにさっさと帰ろう。
俺はそう心に決め、受けた依頼主の元へ向かった。
ヴァルドのせい?で目立ってしまったヤマト。
このちょっとした事件がヤマトの生活にどう影響していくんでしょう。




