鉱山の異臭
ヴァルドから依頼を受けた翌朝。ヤマトはアルデンの町を出て、指定された鉱山へと向かっていた。
依頼内容は、三種類の鉱石の採集。
魔力と親和性が高い鉄ーー魔鉄。
自然由来の魔力が結晶化した鉱石ーー魔晶石。
そして、魔鉄を上回る魔力との親和性を持つ希少な鉱石ーーミスリル。
どれも武器の製作に使われる素材らしい。特にミスリルは採掘量が少なく、良質なものほど価値が高いという。
「三種類か。見分けられるかな」
採集した鉱石が依頼品と違っていては困る。出発前にヴァルドから見本を見せてもらい、特徴も教わってきた。
あとは、実物を見つけられるかどうかだ。もっとも、ヤマトにとっては初めて訪れる鉱山そのものにも興味があった。
どんな場所で鉱石が採れるのか。どんな魔物が棲みついているのか。
依頼を達成するために来たはずなのに、つい余計なことまで考えてしまう。
やがて、木々の向かうに岩肌が見えてきた。山の斜面にぽっかりと口を開けた坑道。その入口には古びた木材が組まれ、脇には採掘に使われていたらしい道具が置き去りにされている。
人が頻繁に出入りしている様子はない。
「ここか…」
ヤマトは背負ったリュックの肩紐を直し、腰の短剣を確かめた。
まだ新しい武器はない。今回の依頼を無事に終えれば、ヴァルドが約束してくれたオーダーメイドの短剣が手に入る。
それを思うと、自然と気持ちが引き締まった。
坑道へ足を踏み入れる。
数は進んだところで、背後から小さな足音が聞こえた。
「……ん?」
振り返る。
そこには、見慣れた小さな狐がいた。
「管狐!お前!いつの間に……」
管狐はヤマトの言葉など気にする様子もなく、足元をすり抜けて先へ進んだ。途中で立ち止まり、壁の隙間に鼻先を突っ込んでいる。
「また勝手についてきたのか?」
返事はない。そもそも、管狐がヤマトの後を追ってきたのかどうかすら分からない。
ヤマトは苦笑し、後を追った。
行動の中は思った以上に暗かった。入口から差し込む光はすぐに届かなくなり、持参した灯りを頼りに進むことになる。
そして、奥へ進むにつれて、妙な臭いが強くなっていった。湿った土の臭いだけではない。腐った肉と、古い鉄を混ぜ合わせたような、鼻の奥にまとわりつく臭い。
「なんだ、この臭い」
思わず鼻を覆う。
管狐は気にしていないのか、少し先を歩いていた。
引き返すべきだろうか。
そんな考えが頭をよぎったが、今のところ異常は臭いだけだ。依頼のためにも、まずは採掘できる場所を探す必要がある。
慎重に進んでいると、足元の足がぬるりと動いた。
「うわっ!」
慌てて飛び退く。
地面に広がっていたのは、濁った紫色のスライムだった。表面には黒い斑点が浮かび、粘液が糸を引いている。スライムは身体の一部を伸ばし、ヤマトの足元へと襲いかかってきた。
「こいつ!」
短剣を引き抜き、伸びてきた部分を斬り払う。
切断された粘液が床に飛び散った。スライムは形を崩しながらも、すぐに身体を寄せ集めて再び動き出す。
「斬っても駄目かよ!」
何度か距離を取りながら攻撃を繰り返し、ようやく動きが鈍ったところでとどめを刺した。息を整える間もなく、今度は頭上から羽音が響く。
顔を上げると、天井に張り付いていた数匹のコウモリが一斉に飛び立った。
「今度はコウモリか!」
鋭い牙を剥き出しにした魔物が、次々とヤマトへ襲いかかる。ヤマトは短剣を振るい、身体をかがめ、時には壁際へ逃げ込みながら応戦した。
全てを倒すことはできなかったが、何匹かを追い払いどうにかその場を切り抜けた。
「はぁ……はぁ……。まだ奥があるのかよ」
想像以上に疲れる。
それでも、管狐は相変わらず気ままに歩き回っていた。魔物が現れると少し離れたところから眺め、戦いが終われば何事もなかったかのように歩き出す。
「少しくらい手伝ってくれてもいいだろ…」
ぼやいてみたが、やはり返事はなかった。
さらに奥へ進むと、坑道が少しずつ広がっていった。やがて、天井が高く、ある態度の広さがある空間に出た。
「お…!」
壁の一部に、鉱石の露出した場所が見えた。ヤマトは近寄り、持参した見本と照らし合わせる。
魔鉄。魔晶石。
どたらも、ヴァルドから聞いた特徴と一致している。
「よし。ここなら採れそうだ」
周囲を警戒しながら、持ってきた採掘道具を取り出した。慎重に岩を削り、鉱石を傷つけないように取り出していく。慣れない作業に手間取りながらも、少しずつ必要な量を集めていった。
ミスリルはまだ見つかっていない。
だが、焦る必要はない。ここまで来たのだから、もう少し奥も調べてみよう。
そう考えながら作業を続けていたヤマトは、ふと手を止めた。先ほどから、あの臭いが気になって仕方がない。坑道の奥から漂ってくる、腐った肉のような臭い。それに妙な寒気。
気のせいだと思いたかった。
けれど、どうしても頭から離れないものがあった。
昔、どこかで聞いた話。
食べ物を求め、人の前に現れる恐ろしくも悲しい妖怪。食べ物を与えれば去っていく。だが、与えなければーー。
「……敷次郎」
気づけば、その名が口から漏れていた。
その瞬間。
カン……。
暗闇の奥から、硬いものを打ちつける音が聞こえた。
カン…カン……。
まるで、誰かが行動の奥で鉱石を掘っているかのような音だった。
ヤマトの背筋が凍りついた。
全身の爪が剥がれるような、激しい悪寒。
指先から頭のてっぺんまで、目に見えない何かが這い上がってくる。
「……っ!」
これば、まずい。
理由は分からない。けれど、今すぐにここから離れなければならない。
ヤマトは採掘道具を放り出し、リュックを背負い直した。
管狐が、暗闇の奥をじっと見つめている。
そして、坑道のさらに奥から重い足音が響いてきた。
短剣のために鉱山へ訪れたヤマト。
異臭のする坑道の奥にはなにがいるのか?
妖怪、敷次郎とは?




