鍛冶屋ヴァルド
ヤマトは店の前まで歩み寄り、入口の看板を見上げた。
薄汚れた木の板に、剣と槌を組み合わせたような絵が書かれている。
「鍛冶屋か」
こんな路地裏に店を構えているとは、少し意外だった。
入口の扉を押すと、鈍い音を立てて開いた。
「すみませーん…」
店内に声をかける。
返事はない。
誰もいないのだろうか。
ヤマトは首を傾げながら、一歩中へ入った。
そこには、壁や棚に沿って数々の武器が並べられていた。
片手剣、長剣、斧、槍。短剣も大きさや形の違うものが何本もある。どれも飾り立てられた美術品というより、実際に使うことを前提に作られた武器のようだった。
「うわ…すごいな」
思わず声が漏れる。
ヤマトは店の奥へ進みながら、並んだ武器をひとつずつ眺めた。
刃の形状はもちろん、柄の長さや鍔の大きさ、持ち手の素材までそれぞれに違いがある。装飾がほとんどないものもあれば、柄に細かな彫刻が施されたものもあった。
同じ剣でも、ずいぶんと作りが違う。
この世界に来てから武器を目にする機会はあったが、これほど多くの種類をまとめて見たのは初めてだった。
「この短剣なんて、ずいぶん刃が厚いんだな…。こっちは逆に細くて、突くことを重視してるのか?」
誰に聞かせるでもなく、ひとりで呟く。
そのとき。
「触るな」
突然、背後から声がした。
ヤマトは飛び上がるように振り返った。
いつの間に現れたのか、1人の男が立っていた。
背はそれほど高くない。がっしりとした体格で、腕や首は太く、顔には深い皺が刻まれている。短く切った髪には白いものが混じり、目つきは鋭い。
男はヤマトをじろりと見た。
「見るだけなら構わん。勝手に触るな」
「あ、すみません!勝手に入っちゃって…。何度か呼んだんですけど、返事がなかったので」
「聞こえなかった」
それだけ言うと、男は店の奥へ歩いていった。
ヤマトは慌ててその背中に声をかける。
「あの、すみません。ちょっと道を聞きたいんですけど」
「道?」
「はい。大通りに戻りたいんですが、道に迷っちゃって…」
「……なんでこんなところに来た」
「えっと、ちょっと追いかけたいものがあって」
「追いかけたいもの?」
「小さな狐みたいな生き物なんですけど…」
「そんなもの、追いかけるから迷うんだ」
「……ごもっともです」
ぐうの音も出なかった。
男は店の入口を指差した。
「そこを出て右へ行け。突き当たりを左だ。しばらく進めば表通りに出る」
「ありがとうございます!」
「礼はいらん。道を聞かれたから答えただけだ」
冷たい口調だったが、質問に答えること自体を嫌がっているわけではなさそうだった。
ヤマトは改めて店内を見回した。
「それにしても、すごい武器の数ですね。全部、この店で作ってるんですか?」
男は一瞬だけヤマトを見た。
「そういうものもある」
「へぇ…。じゃあ、この短剣も?」
ヤマトは棚に並んだ短剣のひとつを指差した。
「刃が少し厚いですけど、これって頑丈さを重視してるんですか?それとも、何か別の用途が?」
「用途による。刃が厚ければなんでも頑丈というわけじゃない。重さも変わるし、振りやすさも違う。使う人間に合っていなければ、ただの鉄屑だ」
「なるほど…」
ヤマトは目を輝かせた。
男の説明は簡潔で、愛想がない。けれど、質問をすればきちんと答えてくれる。
「じゃあ、こっちの細いものは?」
「刺突向きだ。だが、刃が細いぶん扱いには気を使う。無理にこじれば折れることもある」
「武器って、見た目だけじゃ分からないんですね」
「当たり前だ。飾るために作っているわけじゃない」
男はそう言いながらも、ヤマトの問いを打ち切ろうとはしなかった。
ヤマトもすっかり夢中になっていた。
気づけば、道を尋ねるために店に入ったことなど忘れかけていた。
しばらくして、ヤマトはふと思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。実は俺、護身用の武器を買いたいんです」
「護身用?」
「はい。冒険者になったんですけど、まだ戦いに慣れてなくて。今持ってる剣も借り物なんです。自分用のものがあったほうがいいかなって」
男はヤマトの腰に目をやった。
そこには、ベルン村を出るときに借りた短い剣が下がっている。
「……使い慣れている武器はあるのか」
「いえ、ほとんどないです。だから、できるだけ扱いやすいものがいいんですけど」
「なら、まずは自分の腕を知れ。武器だけ良くしても意味はない」
「それはそうですよね…」
正論だった。
ヤマトは苦笑しつつ、続けて質問をした。
「ちなみに、短剣っていくらくらいで買えるんですか?」
「物による。安い物なら銀貨数枚からある」
「銀貨数枚…」
銀貨数枚といえど、今の自分にとっては決して軽い金額ではない。それでも、最低限の護身用具は必要だ。今後も冒険者として活動するなら、武器は欠かせないだろう。
「自分に合ったものを一から作ってもらうこともできますか?」
「できる。だが、素材も手間も余計にかかる。その辺にあるものより高くつくぞ」
「ですよね…」
ヤマトは棚の短剣を見つめた。
本音を言えば、自分に合った武器を作ってもらえるならその方がいい。だが、今の所持金でどこまでできるか分からない。
「じゃあ今回は棚にある物から選ぶことにします。まだ駆け出しですし、あまり高いものは買えないので…」
「……そうか」
男は腕を組み、しばらくヤマトを眺めていた。やがて、何かを思いついたように口を開いた。
「なら、ひとつ頼みがある」
「頼み、ですか?」
「ああ。少しばかり手伝ってもらいたいことがある」
「俺にできることならいいですけど…」
「難しいことではない。報酬も出す」
男はそこで一度言葉を切った。
「報酬は、お前用の短剣を一本。オーダーメイドで作ってやる」
「……えっ?」
ヤマトは思わず聞き返した。
自分用の短剣。それもオーダーメイド。ついさっきまで、値段を聞いて諦めていたものだ。
「そ、それって、本当にいいんですか?」
「仕事をこなせばな。気に入らなければ断ってもいい」
男は淡々と答えた。
けれどヤマトには、断る理由などなかった。
仕事を手伝うだけで、自分の武器が手に入るのだ。
まさに、願ってもない話だった。
「やります!ぜひ、やらせてください!」
返事は一瞬だった。
男はその勢いに少しだけ目を細めた。
「……まだ内容も話してないぞ」
「あっ…」
ヤマトは口を閉じた。
勢いで返事をしてしまったが、よく考えれば何を頼まれるのかすら聞いていない。
それでも、オーダーメイドの短剣が手に入ると言う話に、心が弾んでしまうのは止められなかった。
男は小さく息を吐いた。
「まぁいい。詳しい話はこれからだ」
そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
「あ、そういえば、お名前を聞いてもいいですか?」
「ヴァルドだ」
「俺はヤマトです。よろしくお願いします!」
路地裏で偶然見つけた鍛冶屋。
道に迷っただけのはずが、思いがけない仕事を引き受けることになるのであった。
鍛冶屋ヴァルドとの出会い。
オーダーメイドで作る剣が報酬のお手伝いって何?!
絶対簡単ではないはず…




