路地裏の管狐
ギルドを出ると、アルデンの町は夕暮れから夜へ移り変わる時間帯だった。
通りには荷車が行き交い、露店の店主たちが声を張り上げている。焼いた肉の香ばしい匂いや、見慣れない香辛料の匂いが風に乗って流れてきた。
ヤマトは人の流れに身を任せるように、のんびりと歩き始めた。
エルセアの守り神の話は、思いの外興味深かった。
土地や森を守る、鹿の姿をした存在。いつしか姿を消した。子どもを森に近づけないための戒めとして語られていたという話もある。
「……どこにでも、いろんな話があるんだな」
思わず独り言が漏れる。
この国には、まだまだ知らない土地ばかりだ。そこには、それぞれの歴史があり、人々の暮らしがあり、長い時間をかけて語り継がれてきた話があるのだろう。
そう考えると、これから先の旅がますます楽しみになった。
「お、うまそう!」
通りの一角で足を止める。
露店の鉄板では、串に刺した肉がじゅうじゅうと音を立てて焼かれていた。店主に代金を払って一本受け取ると、ヤマトはさっそくかぶりつく。
「んっ…うまい!」
少し濃いめの味付けに、香辛料の風味がよく合っている。肉も柔らかく、歩きながら食べるにはちょうどいい。
日本にいた頃も、調査先で地元の料理を食べるのは楽しみのひとつだった。知らない土地の食べ物には、その土地ならではの暮らしが現れている。
そんなことを考えながら、最後の一口まできれいに食べ終えた。
串を店先のゴミ入れに捨て、再び歩き出す。
少し先の広場で、祭りの準備だろうか、木材や布を運ぶ人たちの姿も見える。
今まで出会ってきた人たちの話を思い出しながら、町の景色を眺めていた。
そのときだった。
ふと、通りから外れた細い路地に目が向いた。建物と建物の隙間。日の光がほとんど届かず、奥のほうは薄暗い。
そこに、小さな影があった。
見覚えのある、ふさふさとした尻尾。
「……え?」
ヤマトは足を止めた。
影がわずかに動く。
小さな狐の姿。見間違えるはずがない。
「管狐…!」
声を上げた瞬間、その姿が路地の奥へと走り出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
ヤマトは慌てて跡を追った。
細い路地を曲がり、積まれた木箱の脇をすり抜ける。前を走る管狐は、こちらを振り返ることもなく、軽やかな足取りで先へ先へと進んでいく。
「なんで逃げるんだよ…!」
ようやく見つけたと思ったのに。
呼び止めても、管狐は止まらない。まるで追いかけてくるヤマトをからかっているかのように、建物の陰へと姿を消しては、少し先にまた現れる。
追いつけそうで、追いつけない。
それでもヤマトは足を止めなかった。
やがて、いくつもの路地を曲がったところで、管狐の姿が完全に見えなくなった。
「……あれ?」
ヤマトは立ち止まり、周囲を見渡した。
左右には、見慣れない建物の裏側が続いている。表通りの賑やかな声も、ここまではほとんど届かない。
どちらから来たのか、まったく分からなかった。
「……やばい。ここ、どこだ?」
そもそもアルデンの町を歩き始めてから、まだそれほど時間が経っていない。大通りの位置も、細かな道のつながりも、ろくに把握できていなかった。
それなのに、管狐を追いかけることに夢中になって、こんなところまで来てしまったらしい。
「はぁ…。何やってんだ、俺」
額に手を当て、深く息を吐く。
管狐を見つけたこと自体は嬉しい。けれど、また逃げられてしまったうえに、自分が迷子になってしまった。
ひとまず、どこか人通りのある場所に出られないか。
ヤマトは周囲を見渡した。
路地の先には、古びた石壁が続いている。建物の窓は小さく、通りに面した扉も少ない。表通りとは違い、人の気配が薄い場所だった。
そのとき、視界の端にひとつの看板が映った。周囲の建物に紛れるように建つ、小さな店。入口の上の看板には何か描かれているようだが、薄暗さと距離のせいでなんの店なのかはよく分からない。
ヤマトはそちらへ目を向けた。
「こんなところに、店があるんだ」
道を尋ねるにしても、誰かに聞く必要がある。
ヤマトは少し迷ったあと、その店へと近づいていった。
久しぶりに管狐と再開したのに、また見失ってしまった。
路地裏にあるお店っていったいどんなお店なんだろ?




